日々~長い人生の中のある日~
@moriko203
第1話
ガタガタと列車が揺れる。
窓の外の河原の桜並木が
満開を過ぎて花吹雪を散らす。
ハラハラと散る桜の
木の根元には
いったいどれだけの屍体が埋まっているのだろう。
50歳をとうに過ぎ
それなりの地位も財産も得て
仕事も今はフリーランスに気の向くまま。
なかば悠々自適な老後のような生活。
なのに桜を見ると
記憶が俺を急に子供にさせる。
初老なのに子供・・・・。
桜を見るたびそんな気持ちになる自分を笑うのも
毎年の事。
桜の下に屍体が埋まっていると聞いたのは
小学校一年生の時。
教えてくれたのはサトシ。
そしてそういう小説があるのを知って読んだ
中学の時。
・・・・・・
俺は亡くなった妻をなぜ桜の木の下に
埋めてあげられなかったんだろう。
今なら
樹木葬も思いつくのに・・・・。
俺の中の桜の思い出はいつも
子供の頃のやさしさや懐かしさと
大人になってからの後悔とが入り混じって
何とも言えない気持ちになる。
願わくば花の下にて・・・・・
人生でもう何度も桜を見た。
そして今年の桜は
俺に何を見せてくれるのだろう。
俺はカバンの中から
サトシからの手紙を取り出して目にする。
もう何度も何度も読み返して
暗記した文面と
住所・・・・。
「久しぶり過ぎて
何から話していいのかわかりません。
私の方から会いに行けばいいのですが
世間から遠ざかって生活しているうちに
いろいろな事が億劫になってしまいました。
出来たら、
カズヤの方から会いに来てくれませんか?
こんなわがままな私を許してください。
ぜひ
カズヤに会いたいのです。」
高校を中退して俺の前からも消えてしまったサトシ。
桜を見るたびに思い出すひと。
いつも探していて
いつも忘れようとして
そして忘れられなかったひと。
それは
娘の婚約者と初めて会うという日。
約束の時間までの軽い時間つぶしで入った
画廊の個展。
この作者の名前は知っていた。
「oto sasigata」
緻密画が有名な覆面画家で
正体を知らないから
すごい小柄な美女だとも大柄で相撲取りのような女性だとも
実は有名芸能人の別名だとも言われ
謎の画家だった。
絵には特に興味があるわけでは無いし
ひいきの画家がいる訳でもない。
昔
サトシが俺をモデルに絵を描いていたな・・・とうい
記憶が懐かしくて
機会があれば
美術館に入ることがあって
今回も
知ってる名前の画家だったから
会場に入ってみただけだった。
大きな絵がいくつも並んでいる。
これだけ大きな紙にこれでもかと細かい模様が描かれている。
圧迫されそうな感じを
和らげているのが
色使い。
こまかい対象物を包み込むように
柔らかな色彩が広がる。
不思議な絵。
不思議な魅力。
好きな人にはたまらないんだろう。
そんな絵が並ぶ中
すみの方に
極端に小さな絵が掛けてあった。
思わず見過ごす人もいたかもしれない。
だけど
大きい絵の中にあるただひとつある小さな絵に
目を止める人もいるだろう。
俺がそうだった。
その小さな絵の前に立つ。
そこに
俺がいた・・・・!
多分・・・・
俺だと思う・・・・!
サトシが描いた中学生の俺・・・。
ソファに横たわっている俺をサトシが描いたことがあった。
その絵と同じ大きさ
その絵と同じポーズで
横たわる人だけが
緻密に細かくいろいろな模様で埋め尽くされた
抽象画・・・。
俺の記憶の中のサトシが描いた絵と
ソファも背景も構図も全く同じで
人物だけが抽象画に変わっている。
一瞬
どういう事なのか
何がどうなったのか
頭の中がパニックになった。
そして
これは
あの時サトシが描いた絵の模写なんだと
認識した。
「oto sasigata」はサトシをよく知る人物なんだと
確信した。
もしかして彼の奥さん・・・・。
まさかね・・・だって名字がサシガタ
俺は
どうしても
彼女と連絡が取りたくなった。
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