第1章 花屋敷の呪い児13

「おやめなさい。〝銀の使い〟」

 〝紅の君〟の制止により、〝銀の使い〟が動きを止める。

 そのことに内心ホッと安堵しながらも、マオの衣服を丁寧に整えてやった。

「あとは体内に溜まった毒気を抜くのに、薬を煎じてあげましょう。清水と一緒に飲んでしばらくの間は休みなさい」

「わかりました」

(まるで毒専門の薬師のようだな)

 そんなことを思いながらも、〝紅の君〟と〝銀の使い〟は一度薬を煎じてくるとだけ言うと部屋から退室していった。

「マオ……」

 二人きりの部屋に残され、静寂だけが支配する空間。

 そんな中、ついマオの名前を呼んでしまう。

 たった一人の家族だと、〝紅の君〟には告げた。

 だが改めて考えてみればどうだろう。

 血の繋がりはない。ただ、家族同然に過ごしてきたというだけだ。

 血の繋がりは全てではない。じゃあ、俺にとってマオという存在はどうだろうか。

「……。大切な、人」

 自問し自答する。

 そうだ。自分の命すら投げ出してもいいと言い切れるほどの、大切な存在だ。

――恋人。一瞬、そんな言葉が脳裏を過ると、また顔が熱くなる。

 そうだ。もしマオが目を覚ましたら俺の今の想いを伝えよう。

『家族』という枠組みではなく、嘘偽りなく。思いの丈をぶつけよう。

「ゴ、ウ……」

 一人悶々と、そんなことを思っていたその時だった。

 微かな吐息に混じって、俺の名前を呼んだ人物がいた――マオだった。

「マオ……!」

「ゴウ、ゴ、ウ……」

 それはまるで救いを求めるかのように――掲げられた手の平を力強く、安心させるように握り返した。

「ゴウ……いったい……どうしたの? 身体の熱も痛みも、消えてるの」

「マオ、大丈夫だ。もう大丈夫だから……!」

 安心しろ、そう声を掛けながら、俺は意識が朦朧としたままのマオを優しく抱き締めた。

 言葉と言葉を重ねても、手の平と手の平を重ねても、互いの体温を解け合わせても伝えきれないモノがある。それを実感しながら、今はただゆっくりと療養するようにとだけ言葉をかけた。


 ✿ ✿ ✿


 特別に作った煎じ薬を少年と少女に渡し、下層に戻るのを見届けた後、俺は彼女が待つ屋敷へと足を向けた。

 今日は突然とはいえ、複数の来客があった。

 きっと彼女も疲弊しているだろう。

 そう思いながら彼女が待つ屋敷の一室へと足を踏み入れると、其処には柔和な笑みを浮かべた〝紅の君〟が佇んでいた。水盆を見つめるその眼差しは、わずかに慈愛に満ちているようにも見える。きっと、先ほどまでいた二人の少年少女の様子を眺め見ているのだろうと思った。

「さきほどの二人を見つめているのか?」

 静かにそう問いかけると、彼女は静かに頷いた。

「あまりにも、懐かしい言葉を耳にしたものだから。この下層では、ああ言い切れる者はそういないでしょう」

「家族、か」

「フフッ、もしかしたら恋人からいずれ本当の〝家族〟へ転じるかも知れないわね。ヒトは営み栄え衰退していくモノだから」

「そうだな……」

 だが……家族という言葉も、ヒトの営みも、盛者必衰も俺達には無関係なことだ。

 俺には彼女がいて、彼女には俺がいる。ただ、それだけだ。

「それはそうと、お帰りなさい。月(ユエ)鏡(ヂィン)」

「ああ。花(フゥア)猫(マオ)」

 それは呪いを解き終えた後の、ひととき。

 客の前では決して呼ぶことのない真名を互いに呼び合いながら、〝銀の使い〟こと俺――月鏡は、花猫のもとへと歩み寄った。

「相変わらず、歯痒い呼び名だ。〝紅の君〟と呼ぶのは」

「そう? 銀の使いという名も素敵でしょう? 私が名付けた名前が気に入らない?」

「そんなことあるわけないだろう。ただの所感だ」

 そう。彼女――〝紅の君〟こと花猫の名付けた名前に不満などあるわけがない。

 互いを仮の名で呼び合うのは、客の前でだけだ。


『真名を識られることは、魂を握られることと同義だから』


 初めて出逢ったあの日、花猫はそう言った。

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