第1章 花屋敷の呪い児10
「本当に、できるのか?」
「〝紅の君〟が仰ることは絶対だ」
〝銀の使い〟と〝紅の君〟。
その二人の正体は、正直不明だ。
どんな関係性なのか、どうしてマオの身体の症状が呪いからくるモノだと看破できたのか。
そして初めて〝銀の使い〟と出逢った時に呟いた、『見つけた』という言葉の真意はなんなのか。それはどれも点と点ばかりで繋がりようがない。
それでも心の何処かで、『もしかしたら』と祈る存在があった。
それは――『花屋敷』。
地獄層にまことしやかに流れる噂話。
どんな呪いも解いてくれるという、信じがたい〝店〟が存在することを、地獄層に住まう人間の誰もが知っている。だが、事実は無根。半信半疑。理想は夢想であるがまま普遍不動に続いていく。
そう諦めている者がほとんどで……事実、俺もその部類だった。
だが今こうして、〝銀の使い〟と呼ばれる青年や浮世離れした仙女のような少女の姿を目の当たりにすると『花屋敷』の噂が真実味を帯びてくる。
シンとした沈黙が降りる中、少女はまるで宣誓を行うかのように両手を揃えると声高く告げた。
「貴女に掛けられた呪いのすべてを、溶かして、解かして、説かしてあげましょう」
〝紅の君〟は、しずしずとマオの傍に歩み寄るとその衣服の釦に手を掛けるとゆっくりと外していく。マオの白い肌が露わになり、しっとりと汗ばんだその姿が、そこはかとなく色香を醸し出していた。
(……っ、何を考えてるんだ。馬鹿か、俺は)
視線を逸らし、なるべくマオがこれ以上恥ずかしい思いをしないように配慮しようとする。だが、〝紅の君〟は無情にも『目を逸らしては駄目』と言ってきた。
「ご覧なさいな」
「え……」
〝紅の君〟はそう言って指さした箇所に視線を向けると、そこには青紫色に変色した黒い何かがあった。
「痣? いや、これは――」
「呪いよ、これは蛇の呪いね。……全身を蛇の痣が這い回り、その痣が首に到達した時、この少女は死に至るわ」
「な……!」
「これは……蛇(だ)蠱(こ)の仕業でしょう」
「蛇蠱?」
「蠱毒という呪いについては知っているかしら。壺や瓶の中に複数の毒虫を入れて喰らい合わせ、最後に生き残った蟲を呪術の〝蟲(こ)〟として扱うの。最も歴史ある馴染み深い呪いの一つなのだけれど」
「それは……」
少しだけ、訊いたことがあった。
ありとあらゆる呪いが蔓延するこの階層都市の中でも、呪術師という輩はいくらでもいる。
それこそ、そこらの市にいる者から上層階である人間層と呼ばれる層では、わざわざ専門のお抱え呪術師がいるほどだという。
そしてその呪術師の中に分類される者に、蠱(こ)師(し)と呼ばれる存在がいる。
その蟲師が使う術を、通称蠱毒と呼んでいた。
「貴方はなにか知らないかしら。この娘の人間関係について」
その言葉にふと、一緒に朝ご飯を食べていた時に話していたことを思い出す。
「……そういえば、最近厄介な客が通い詰めてるって話をしていた」
「痴情のもつれというモノかしら」
「いや……。マオは客をとれないんだ。けど、ある客がやたらとマオに執着していて――その客と俺は会ってる……色々とマオについて不愉快なことを言ってきたモンだから、つい殴りとばしちまったんだ……」
「なんだ。結局はそうなのではないか」
「う……」
〝銀の使い〟の指摘に、思わず言葉が詰まる。
俺と〝銀の使い〟の会話に耳を傾けながら、〝紅の君〟は興味なさそうに蛇の鱗状の痣に注視する。
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