第一章 3 廟の夜
「師匠……どうして、村の人たちは亡くなったんでしょうね……」
少し離れたところに置いた燭台が揺れる。
風が吹くたびに扉がギッ、ギッと音を立てていた。すっかり日が暮れる頃になると雨が強くなり、天井から滴が落ちてくる。屋根に穴でも空いているのか、その顔を伝う滴が涙のように見えた。
廃村になり、人が絶え、ただ一人この場に取り残された『彼女』はその虚ろな瞳で何を見続けているのだろうと、悲哀の感情が胸を過る。
「さあな……明日調べてみなければ何もわからないさ」
膝を抱えた玉蘭は懐から包みを取り出す。余っていた焼き餅を持ち帰っていたらしい。それを一人、うまそうにパクッと頬張る。ジト目で見ていると、仕方ないとばかりに一つだけ「ほら」とくれる。
「いただきます。といっても僕がお代を払ったんですけどね……」
「ケチくさいことを言うやつのところには嫁も来ないぞ」
「余計なお世話です」
「ああ、そういえばお前には、許嫁がいたんだったな」
玉蘭はこちらを見て、ニヤッと笑う。その瞳が楽しそうに煌めいていた。
「…………断りましたよ。とっくに……あの人も、もう僕なんて待っていません。きっと、今頃……誰か他に……いい相手が見つかっていますよ……」
ふわりと長い髪を靡かせて笑っていた少女の面影を思い出し、雲秀は目を細める。
その顔がすぐに曇り、緩んだ唇を強く結んだ。
もう、会うこともない人のことを考えても仕方ない。自分にできるのは、ただ彼女の幸せを遠くで願うだけだ。
「僕なんかが願わなくても幸せになっているか……」
そんな自嘲まじりの呟きが口からポロッとこぼれた。きっと、自分ではない別の、もっと立派な相手が、彼女を幸せにしてくれるだろう。そのほうがよかったのだと、自分の心に言い聞かせる。
「未練たらたらという顔だぞ……そんなに女々しく想い続けるくらいなら、残っていればよかったのだ」
澄ました顔で、玉蘭は二つ目の焼き餅を頬張ってる。
「未練があるわけじゃない……ただ、心残りがあるだけです」
「それを、未練と言うんじゃないのか?」
どう違うんだと、玉蘭は首を傾げる。
「違いますよ……」
力なく答えてから、「そう、違わないけれど……」と小さく漏らした。
「だから言ったのだ……私なんぞにくっついてきても、人生を棒に振るだけだと」
「そうかもしれません……でも、僕はそうしたかった……」
その結果、妹のように思っていた長差馴染みの許嫁を、置き去りにして、ひどい振り方をした。傷つけた分だけ恨んでくれていい。
そう思うのに、彼女は悲しげに笑っていただけだった――。
だから、この胸がいつまでもうずき続けるのだ。
優しさが呪いになることもある。
それが一番もしかしたら、残酷な仕打ちなのかもしれない。
恨まれることで果たそうとした贖罪すら、させてはもらえないのだから。
「面倒くさいやつめ……」
玉蘭は呟いて、粉の付いた手を軽く払う。そして、ゴロンッと横になってしまった。
まったくだと、雲秀は一までも眺めていた焼き餅を口に押し込む。昼間、茶店で食べた時には柔らかかったその餅は、もうすっかり硬くてあまり美味しくはなかった。
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