「あ、有隣堂YouTubeチャンネル打ち切りです」
佐野
「え?」
「え?」
「え?」
人とミミズクの声が揃った。
鮮やかな羽を持ったミミズクはYouTubeチャンネル『有隣堂しか知らない世界』でMCを担当するブッコロー。
黒髪を後ろに束ね、眼鏡をかけている女性は有隣堂に勤める『文具王になりそこねた女』こと岡﨑弘子。
一人と一匹は次に公開する動画をちょうど撮り終えたばかりだった。
「とりあえず来週に収録する分で最後になりますんで」
広報担当が機材を片付けながらこともなげに言う。
「え、ちょ、そんな、急なこと……」
ブッコローは言いながら隣の岡﨑を見た。彼女も知らされていなかったようで、呆然としている。
「まあ決まったことなんで。あ、来週の集合時間なんですけど……」
「いやいや! 急に言われても困ります! だいたい理由は何なんですか!?」
ブッコローが問いかけると、広報担当は片付けようとしていた三脚をその場に置いて、「はぁー」と大きなため息をついた。
「それは、お二人が一番よくわかってるでしょ」
その言葉にブッコローも岡﨑も、うつむいて、何も言えなかった。
ここ最近の動画再生数はあまり芳しくない。今まではチャンネル登録者数が右肩上がりで、成長の軌跡を記録した本まで出版したのに、今は登録者数が全盛期の半分以下となってしまっている。
どんな企画を考えても数字がでない現状に、ブッコローはYouTube制作チームのイラつきと諦めをひしひしと感じていた。
「でも、そんなねぇ……そんな急に……」
「帰ります」
岡﨑がそう言って突然立ち上がった。そのまま早足で更衣室へと向かっていく。
「あ、岡﨑さん! ちょっと!」
ブッコローが呼びかけても答えず、ずんずんと進んでいく。姿が見えなくなる直前、岡﨑がポケットからハンカチを出したのが見えた。
「私だってこんなこと、言いたくなかったですよ」
広報担当が、ボソッと呟いた。
ブッコローの日課はYouTubeに投稿された動画のコメントを確認すること。今日も木の上に作った巣に寝転がり、スマートフォンを眺める。
『ザキさん久々だー嬉しい』
『なんか昔のほうが切れ味あったな』
『ブッコローさん頭の回転速いよなやっぱ。尊敬するわ』
好意的なコメントは多いが、コメント数は以前より明らかに減っている。
ダラダラとスクロールを続けていたブッコローの手が、一つのコメントを見て止まった。
『ブッコローよりやっぱこっちのがかわいいんだよな』
そのコメントの下にはURLが記載されていた。見なくてもなんのURLかはわかっていたが、タップする。
『KADOKAWAだけが知っている世界』大手出版社のYouTubeチャンネルトップページが画面に表示された。ブッコローに言わせれば二番煎じのパクリチャンネル、だったが、動画に登場する「トリ」という名前のマスコットキャラクターが(ブッコローより)可愛いとネット上で話題になり、チャンネル登録者数が瞬く間に十万人を突破した。それと反比例するように『有隣堂しか知らない世界』の再生数とチャンネル登録者数は減少していった。
「何が『超大手出版社の世界』だよ……」
チャンネル上部に表示されている動画タイトルを見て、ブッコローは舌打ちする。
と、その時、通知音とともに、スマートフォン上部にメッセージが表示された。
『間仁田さん:お疲れ様です』
間仁田はブッコローや岡﨑とともにYouTube動画に出演している有隣堂社員の一人だ。通知をタップしてメッセージアプリを開く。
『来週の収録後、お疲れ様会をやる予定です。時間とかお店とか、希望ありますか?』
お疲れ様会か。「終わると決まれば早いもんだな」ブッコローは一人でそうつぶやきながら、『任せます』と一言だけ返信した。
「間仁田さん! 桜花賞! 見ました!? お・う・か・しょ・う!!!」
ブッコローが間仁田の背中をバシバシと叩く。広報担当が「ブッコローさん飲み過ぎですよ」と嗜めるがお構いなしだ。
最終回の収録をつつがなく終え、有隣堂YouTubeチームは都内の居酒屋に集まった。ブッコローは最初から速いペースで飲み続け、1時間も立つ頃には完全に出来上がっていた。
「いや、そんなことより!」
ブッコローは間仁田をキッと睨む。
「なぁーんでザキさんがいないんすか!!!」
岡﨑はお疲れ様会に出席していなかった。収録が終わったあと、そそくさと荷物をまとめて帰ってしまったのだ。
「ブッコローさん、その質問何回目ですか」
間仁田が苦笑いで答える。
「だぁっておかしいでしょ! 今まで苦楽をともにしてきた仲間じゃないですか!!!」
「まあまあ岡﨑さんにも色々あるでしょうから」
「色々あったって来るべきでしょ! これで最後なんですから!」
「……これで最後」
広報担当はブッコローの言葉を繰り返し、烏龍茶を少し飲んだ。周りのテーブルのガヤガヤとした声だけが聞こえる。
「……ま! 諸行無常ってやつですかね! あはは!」
沈黙に耐えかねたブッコローはそう言って、ジョッキに残っていた生ビールを一気飲みした。広報担当がまた「飲み過ぎですよ」と嗜める。
「大丈夫ですかブッコローさん」
間仁田が肩車しているブッコローに声をかける。酔っ払いすぎて歩けなくなったブッコローは、駅まで間仁田が送っていた。
「だいじょーぶ! にじかい! いきましょ! にじか……おえ、リバースしそう……」
「ええ! やめてくださいよ! 頭の上ではさすがに」
「きぼちわるいれす……」
間仁田が「もうー」と言いながら早足になった。揺れる間仁田の肩の上で、ブッコローはぼんやりと思い出す。
YouTube担当になった直後の不安感、銀の盾をもらったときの喜び、心無いコメントに傷ついた日、岡﨑との掛け合いがうまくいった瞬間の気持ちよさ、……。
ん?
「間仁田さん、ちょっと」
「なんですか? 吐くならリュックに袋が」
「いや、ちょっと止まってください」
間仁田が足を止める。
「前にある店」
「あ」
そこはガラス張りになっている喫茶店だった。窓際の席で本とノートを広げている女性に、ブッコローは見覚えがある。
「岡﨑さん……ですよね」
座っていたのは岡﨑だった。本を見ながら何かを書いて、時々頭を抱え、また何かを書く、ということを繰り返している。
「ザキさん、飲み会も来ないで何やってんすか!」
ブッコローが間仁田の肩から飛び降り、店に入ろうとする。
「あ、待ってください」
間仁田に言われて、ブッコローは振り返った。
「どうしたんすか! ひどいですよ! 一人でこんなとこ来てるくらい暇なら……」
「岡﨑さんには口止めされてたんですけど、あの人勉強してるんです」
「……勉強?」
「勉強です。打ち切りが決まったときから、ずっと」
「なんすか、資格でも取って転職するんすか」
「文具王になるための、勉強です」
「え……」
ブッコローは目を見開き、絶句する。
「だって……」
「そう、文具王なんて何年も前のテレビでやってた企画で、次に開かれるかもわからないのに、あの人ずっと勉強してるんです」
「な、なんで……?」
「もし私が文具王になれたら、YouTubeチャンネルが復活するかもって、そう言ってました」
ブッコローはもう一度岡﨑を見た。集中しているようで、こちらには全く気づいていない。
「ブッコローさんには言わないでって、言われてたんですけどね」
「……はは。馬鹿だなぁザッキーは」
ブッコローは短い羽で目頭を拭った。
「文具王に『なりそこねた』のほうが面白いに決まってんじゃん……」
そう言って、間仁田の方を振り返る。
「僕、帰りますね」
「……二次会は?」
足にグッと、力を入れた。
「帰って企画、考えなきゃなんで」
勢いよくジャンプし、そのまま森の方へと羽ばたいていった。
「今回は金の盾開封動画でぇーす!!」
ブッコローの嬉しそうな声が店内に響く。隣で拍手する岡﨑も満面の笑みだ。
「ほんっとにね、一時はどうなるかと思いましたけど」
「実際どうかなりましたけどね」
「やめてよザキさん! それ黒歴史だから!」
スタッフの笑い声が聞こえる。
今日も収録は長引きそうだ。
「あ、有隣堂YouTubeチャンネル打ち切りです」 佐野 @sano192
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