第2話 不条理な殴打

「なあ、お前朱美のどこが好きなん?」

「どこって言われても、なあ。好きに理由なんてないって良く言うだろ」


 浩太郎に聞かれて、宗助はあっけらかんと返す。田舎人だからなのか何なのか、彼はこうして想定外のことをすんなりと言葉にしてきたりする。彼女への想いを、同じ教室内で、堂々と口に出せるのも、彼の肝が据わっているからに他ならなかった。

 いや、あまり思慮深くはないというか、ここぞという時に気が回らないというか、そういう表現の方が正しくはあるのだが。一応彼の名誉のためにも肝が据わっているということにしておこう。


「もっと詳しく」


 朱美に報告する何かが欲しい浩太郎は、面白いことが聞けない限りここで止まることはない。諦めそうにもない浩太郎の様子を受けて、宗助は手に顎を据えて考え始める。

 数分間たっぷり考えた後、彼は口を開いた。


「…………全部?」

「おい」


 まだ付き合っていないのに、これである。


 流石に宗助とて話す場所を選んではいる。仲の良い男友達と話している内に内輪ノリに移行していってしまい、歯止めが効かなくなるのは多々あることだろう。相手が浩太郎だからこそ、こうしてあっけらかんと言ってのけるのだ。

 だからと言って、ただの意中の人にそこまでの感情を向けるのは余りにも常軌を逸しているが。


 呆れた表情を隠す気配もない浩太郎の様子を見て、何を思ったのか、宗助は更に言葉を重ねる。


「外見ももちろん好みだけどさ、人から求められたものに全力で答えられるのって才能だけじゃ足りないと思うんだよな。朱美さんは才能だけで勉強も運動もできる訳じゃなくて、しかもああやって色々な人ににこやかに話しかけて。あれが努力もなしにできるんだったらこの世の中もっと朱美さんみたいな人で溢れ返ってるだろ? 本当に凄いと思う」

「え、重………」

「おい、お前が聞いたんだろ」


 そもそも宗助は感情性が異常に豊かだ。

 幼少期に森の中を駆け回って生きてきたことが関係しているのか、現代までの人生を全てネットにつぎ込んできたような浩太郎とは違い、人の良い所を見つけるのが信じられない程上手い。それこそ、誰かの良い所を語らせたら小一時間話し続けるだろうという謎の信頼感があった。

 そして相手が朱美ともなれば、その勢いが止まらなくなるのも無理はない。


 確かにこうして人の良さを見つけられるのは宗助の長所ではあるのだが、と胸の内で浩太郎は呟いた。ある意味世間知らずの宗助に対して基本的には受け入れ態勢が整っている彼であったが、流石にここまで気持ち悪いと受け入れがたいと思ってしまう。

 それもそうだろう。今は耐えているが、友人が身内にベタ惚れしているというのは居心地が悪いものだ。


「え、顔好きって言ってたけどどういうときの顔?」

「凄ぇありきたりなこと言えば笑ってる顔」

「うわー、つまんな」


 浩太郎は心底面白くなさそうな表情を浮かべていた。


「あれは最早造形美だろ。なんかこう、ずっと可愛いんだけど、笑ったときの破壊力が波動砲ぐらいある」

「あ、お前が休み時間中に急に吹き飛ぶのって朱美が笑ったときだったの?」

「他に何だと思ってたんだよ。それ以外ねぇだろ」

「いや普通友人が急に吹き飛ぶなんて事態に遭遇しねぇわ」


 宗助が何か変な行動をしていても基本的に「まぁあいつ山育ちだしな」という一言で済ませられてしまうことが多いため、深くその意味について考えたことがなかった。

 偶に学校の雑草を毟って口に入れた始めたり、健康診断で長時間待機させられているとに「こうすると疲れない」と言いながら斜めに傾いた状態で立っていたり、急に奇声を上げて走り始めたりと、宗助の奇行は留まる所を知らない。座らせていれば基本的に真面な人間なのだが、野に解き放つと異様な行動を取り始めるのだから収拾がつかなかった。

 なぜそのような行動を取るのか問いただしても基本的に帰って来るのは「ばあちゃんに教わった!」というセリフと良い笑顔だけ。最初の頃は面食らっていた浩太郎も、今では微塵も気にした様子がない。


 体力が化け物である宗助の笑顔にあてられて、深いことを考えたくなくなるのが原因だろう。


「まあそれはいいとして、ほれ」


 と、浩太郎が顎で宗助の背後を示す。何事かと後ろを振り向いた宗助は、固まった。そしてそのまま身じろぎもせず、たっぷり数秒間は目を瞬かせる。


 彼の視線の先には、ここ最近の浩太郎からのリークのせいで精神状態がおかしくなりつつある朱美だ。どうにかして話しかけようと思ったものの、直前で宗助と目が合うという想定外の出来事ハプニングにより彼女も脳は機能を停止していた。


 二人とも言葉を発することはなく、あわや微妙な空気が流れるところではあったが、宗助が浩太郎の頭をスパコーン!と良い音で殴ったことで、その沈黙は破られた。

 ちなみに彼が浩太郎を殴った理由は、自分の感情を抑えたかったから。極度の緊張のはけ口が丁度直ぐそばに見つかってしまったがために手が伸びたのだった。


「えっと、あの、宗助君」

「は、はい!」


 そしてもちろん、浩太郎の姉である朱美も、弟がどうなろうと知ったことではない。


 こうして、頭を両手で抱えながら撃沈する浩太郎と、少し恥ずかしそうに、それでいて初々しい雰囲気で楽し気に話をする宗助と朱美という、ある種絶妙な空間が生まれた。

 二人とも浩太郎には会話には入ってきて欲しくはないが、それでも二人きりで話せるほどの度胸があるわけでもない。浩太郎という体のいい言い訳が見つかったおかげで、何の恐れもなく話ができる。そして一応は知り合いが近くにいることで、変な緊張をしすぎることもない。

 机に突っ伏した上でも、浩太郎はその役割をしっかりと果たしていた。


 二年三組は今日も平和である。

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