AI婚活のススメ ~運命の相手は同性でした!?~
長月
第1話 はじめまして、運命の人。
「私の運命の人が、女性……?」
狭い会議室の中、半ばパニックになりながら呟く私に、目の前の女性が「はい」と迷いなく肯首する。
いやいや、待ってくれ。25年間で付き合ったのは男性ばかりで、女性にときめいた記憶なんて一度もない私に、それはどういう冗談だ? そんな真面目な顔して、実は壮大なドッキリを仕掛けてきているのか?
「驚かれたとは思いますが、我々としては是非とも会ってほしいと思っています。なにせ──」
その続きは聞かなくたってわかっている。私だって、気にならないわけがないし、興味はめちゃくちゃあるのだから。
なにせ、AI婚活史上最高の相性値。幻だ伝説だと言われ、存在すれば運命とまで言われてる相性値90オーバーの相手が見つかったのだ。
半年前に彼氏と別れ、もう出会いから始める恋愛なんて面倒だと婚活に走った私としては、一も二もなく飛びつきたいですとも。
──その相手が、同性じゃなければ。
※ ※ ※ ※
人類の叡智の結晶である人工知能──AIは20世紀に生み出されて以来、日進月歩で成長し続けたが、21世紀中盤に生み出されたとある技術は世界中を震撼させた。
人体埋没式情報収集特化型AI。通称『Smile』と名付けられたその極小のAIチップは、人体に埋め込むことでその人物のありとあらゆる情報を蓄積する。健康状態や位置情報はもちろん、性格、性的指向、行動パターン、何を好んで何を嫌うのか、その全てを記録していくのだ。
当然、最初は人権無視だプライバシーの侵害だと叩かれたそうだが、とある国が全国民への埋め込みを義務付けたことから流れが変わった。劇的に下がった犯罪率、健康維持、QOLの向上等、各方面の問題が一気に解決へと向かったのだ。
これを受け、他国も続々と『Smile』の導入を開始。日本は反対派が根強く、他の先進国よりかなり遅れたものの、最終的には全国民への埋め込みを実施した。
これが、私──水門有希(みなと あき)の生まれる5年前のこと。
そして、先日25歳の誕生日を迎えた私は、この『Smile』を利用したある行政サービスを申請出来るようになった。
「へー、アイコンってこんな感じなんだ」
『Smile』で蓄積されたデータを元に、相性の良い相手を紹介してくれるAI婚活、俗称『アイコン』のサイトを眺めながら、私はタブレットの画面を下までスクロールした。
入力欄は少ない。それもそのはず、必要なデータのほとんどは『Smile』がすでに収集済みなのだから。希望する相手の性別、年齢の上限、相手の居住地の範囲等が事前に絞り込めるようになっているようだ。どんなに相性が良くても、北海道在住の人に沖縄の人を勧めたところで会うのは難しいため、申請時に自分で相手の地域を選べるようになっている。
「いい人紹介してよねっ、と」
最後に申請ボタンを押して完了。あとは、相性の良い相手に紹介してもいいか確認の通知が行き、期間内にOKが出た相手を紹介してもらえる。と言っても、お互いに開示されるのは、年齢、性別、住んでる大まかな地域程度くらいだが。
とにかく、これで無事に申請手続きは終了。来週には未来の伴侶候補を何人か見繕ってもらえることだろう。楽しみだなぁ、イケメンだといいなぁ。
……なんて、浮かれていたのも1ヶ月以上前のこと。
「なんで連絡ないのー!?」
あれ以来、私のもとには何の音沙汰もない。三月初旬に申請したというのに、もう来週からは五月になろうとしている。
もしかして申請ミスったかとも思ったが、受理したとの自動返信は届いているし、そもそもミスするほどの難しい工程はなかった。ならば行政側のシステムトラブルで遅れているのかと調べてみても、そういうわけでないらしい。
なんで!? もしかして、私に紹介できるような好相性の人が存在しない!? 一生独り身か!?
いっそ問い合わせてみようかと考えるも、まだ1ヶ月。結婚にがっついてると思われたら嫌だな、なんて躊躇していたところに、その連絡は届いた。
『ご連絡が大変遅くなり、申し訳ありません。申請頂きましたサービスについてお知らせしたいことがあります。つきましては、近日中にお時間をいただきたいのですが、ご都合はいかがでしょうか?』
本当はもっと長ったらしかったが、要約するとこんな感じだ。最初は詐欺かと思ったが、そういうわけではないらしい。たかが婚活で、お役所から呼び出しがかかるって何? そんなの聞いたことありませんけど。
これはあれか。あまりにも相手が見つからなくて、おひとり様の人生プランを提示されるやつか。ごめんね、母さん。孫の顔を見せるのは妹に期待して下さい。
そんな覚悟を決めた2日後、呼び出された先の会議室で私を待ち受けていたのは、やたらとにこやかな一人の女性と『水門有希 AI婚活の結果と今後について』と表示されたモニターだった。
うん、意味がわからないけど、婚活結果を踏まえた上での今後についてってことは、やっぱりおひとり様人生の指導を受けるのだろうか。
「えっと、説明してもらってもよろしいでしょうか?」
モニターから顔を上げ、担当を名乗るスーツ姿の女性──間(はざま)さんにそう言うと、「勿論です」と見事な営業スマイルが返ってきた。
「まず、ご連絡が遅くなりましたことをお詫び申し上げます。不安になられたのでは?」
「いえいえ、そんなこと~」
ありましたけどね。
「申し訳ございません。これから遅くなった理由を説明させていただくのですが、先に結果をお伝え致します。水門様と相性がいい方を検索しましたところ、最も好相性の方との相性値が92でした」
「はっ!? 92ですか!!?」
アイコンの結果は0から100までの相性値で出されるのだが、ほとんどの人は一番高くても50後半から60台だ。
60あれば良し。70あれば結婚しとけ。80あれば絶対逃すなと言われている、このアイコン相性値。90以上が出たら運命の相手と言われているが、未だ出たことはない。確か、歴代最高値は88だったはずだ。
「すごいじゃないですか。是非、紹介していただきたいです!」
「ええ、こちらとしても是非お会いしていただきたいのですが、水門様の希望条件からは少し外れておりまして……」
「相性値92の人なら、少しくらい歳が離れてたり遠くに住んでたとしても、一度お会いしたいです」
「それは良かったです。では、こちらの資料をご覧ください」
なんだ、もう用意してくれていたのか。それなら勿体ぶらずにさっさと見せてくれれば…………うん?
資料が表示されたモニターにウキウキと目を向け、お相手の情報──と言っても、必要最低限である年齢・性別・居住地・相性値しか書いていないそれを見た私は、笑顔のまま凍りついた。
年齢:28
性別:女性
居住地:神奈川県
相性値:92
「……女性?」
「はい、女性です」
確かに、それだけが希望条件から外れていたが、まさかのそこか。え、まじで? いくら昔と違って同性婚が出来るとはいえ、そこ勧めてくるの?
私の恋愛対象、男性なんですけど。
「私の運命の人が、女性……?」
「はい」
こうして冒頭の状態に戻ったわけだが、あまりにも予想外な結果で、さっきまでのノリノリだった気持ちはどこかに飛んでいってしまった。
「驚かれたとは思いますが、我々としては是非とも会ってほしいと思っています。なにせ、史上初の相性値90台ですから」
「言いたいことはわかりますけど……ちなみに、2番目に好相性の人はどれくらいなんですか?」
「48です」
「低いですね!?」
うっわー、約半分じゃないか。
アイコンの相性値で48なんて珍しくもない数字だし、もしこれが一番高かったなら少しガッカリしつつも会おうとしたんだろうけど、92なんていうレア中のレアな値を聞いてしまった後だと全然魅力を感じない。
「会えば即結婚ってわけじゃありませんし、一度会ってみませんか?」
「ううぅん、そう……ですねぇ」
正直、興味はある。凄くある。
これまで歴代最高値だった夫婦が、インタビューで「初めて会った瞬間、一生隣にいてほしいと思いました!」なんて言ってたくらいだ。92なんていう嘘みたいな相性値の相手に会った時、自分がどう感じるのか。気にならないわけがない。
「じゃあ、会ってみます」
「ありがとうございます! それでですね、強制ではないのですが、会うにあたってお願いがありまして」
そう言って、また間さんの手元の機器を操作してモニターに表示されたのは、私の『今後』について。そういえば、タイトルにそんなこと書いていましたね。
その内容を簡単に説明すると、『謝礼は出すから、全部報告してくれ』だった。
「嫌に決まってるじゃないですか!」
「そこをなんとか! 相性値92なんて、今後いつ現れるか分からないんですよ!」
「だからって、プライバシーってもんが……よく見たら、学会で発表するかもって書いてるし! 絶対いやー!!」
「お願いします! お願いします! 謝礼金額は可能な限り交渉させていただきますのでーー!!!」
結局、恥も外聞も投げ出した間さんのしつこい懇願に負け、先方の許可を得ることと、どうしても報告したくないことは伏せて報告しても良いという条件で報告を引き受けることになった。
提示された金額はなかなかのもので……いい臨時収入でした。
※ ※ ※ ※
相手が同性とはいえ、一応はお見合いだ。新緑の美しい五月晴れの午前11時、初めての顔合わせはホテルのラウンジで行われた。
約束10分前に着き、ラウンジのスタッフに声をかけると、相手はもう着いていると言われ、案内されたのは入り口からやや離れた窓際の席。ゆっくりした足取りで近づいた私を、彼女は少し驚いたように見つめた。
「はじめまして、水門有希です。今日はよろしくお願いします」
「あ……亀岡瑞希(かめおか みずき)です。こちらこそよろしくお願いします」
慌てて立ち上がりお辞儀を返した彼女は、やはり驚いたような顔をしたままだったが、気持ちはよくわかる。実は私も、彼女を見た時から驚きが隠せないでいるのだ。
亀岡さんは垂れた目元が優しげで、穏やかそうな印象の女性だった。身長は私と同じくらいで、客観的に見て特別に美形というわけではない普通の容姿。
それなのに、目が離せない。初めて会うはずなのになぜだか懐かしく、ずっと会いたかった人にようやく巡り会えたような気持ちにさせられた。
これが相性値92の相手か。今なら、彼女が前世の恋人や伴侶だったと言われても信じるかもしれない。それくらい、彼女から感じる引力は強烈だった。
「……こんなことってあるんですね」
「本当に」
お互い、言わんとすることは同じだろう。主語のない私の唐突な一言にも、当然のようにすぐ返事が返ってきた。
「正直、相性値の影響力をナメてました。あ、逆か。こういう状態になるくらい相性がいいから、92なんていう数字が出るんですよね」
「あはは、ビックリしましたよね、92なんて」
「そうですよね。お相手が女性だって聞いて、更にビックリして、もう何が何やらって感じでした」
「大変でしたね。担当の間さんが、また個性的な人ですし……」
どうやら亀岡さんも間さんのお願い攻撃に遭ったらしい。その時のやりとりを思い出したのか、優しげに細められていた瞳からスッと光が消えた。えっ、ちょっと間さん、何やらかしたの?
「と、とりあえず注文しましょうか! ほら、ここでの飲食代は全部経費になるそうですし、値段は気にせず頼みましょう! いやぁ、他人のお金で食べるお高いランチ、最高ですね!」
冷え込んだ空気をかき消すように、テーブルの上のメニューをずずいと差し出す。そうだ、経費で出してくれると聞いてお見合いの場所にこのホテルのラウンジを選んだのだから、目的は達成しなくてはならない。
「私、ここの名物のショートケーキ食べてみたかったんです。一切れ5500円って、自腹じゃなかなか勇気出なくって」
亀岡さんも食べましょうとデザートのページを見せたら、メニューと私の顔を見比べ、彼女は耐えられないとばかりに勢いよく吹き出した。……私、そんな笑われるようなこと言った?
「あはっ、あはははっ、ごめんなさい! もう、おかしくて! 相性良いのにも程があるっていうか……あー、こんなに笑ったの久しぶり」
そう言って笑い涙を拭う亀岡さんの、少し照れたような笑顔がなんだかすごく可愛く見えて、不覚にも胸がキュンと鳴った。
いやいや、ちょっと待て私。そんなつもりなかっただろう。今のはナシだ、ナシ。
「えっと、何がおかしかったんですか?」
「ああ、ごめんなさい。実は私も前からここのケーキ食べたいって思ってて。今日ここで会いませんかって言われてからずっと、絶対これ食べよう! って楽しみにしてたんです」
気が合いますねと微笑まれ、また胸が鳴る。いや、だから違うって。
「水門さんもスイーツお好きなんですか? 良かったら、食べながら色々お話ししましょう」
「ええ、私ももっとお話ししたいです」
そうしてアレコレと話してみてわかったのは、私たちはとにかく好みが似通っていて、驚くほどに馬が合うこと。
好きなアーティストも好きな作家も同じ。コーヒーより紅茶、ビールより日本酒。食べ物の好き嫌いは少ないが、辛いものは苦手。旅行とライブとスイーツが大好きな二人だった。
「ライブを見るだけなら自宅でのバーチャルビューイングで十分なんだけど、やっぱり生に勝るものはないっていうか……」
「わかる! どんなに技術が発達しても、あの臨場感は再現できないよねー」
「そうそう。それに、現地じゃないとコールアンドレスポンス出来ないもん! 特にバースデーライブとか節目のライブでは、直接おめでとうって言いたいし」
「ホントそれー! おかげで、地方ライブにまで行くようになって、すっかり旅行好きで現地の美味しいスイーツ探すようになってさぁ。遠征費もバカにならないのに」
同じアーティストを推す者同士、最初は探り探りだった会話も次第に熱が入り、いつの間にかタメ口で話すようになって、デザートを二つ食べ終わる頃には長年の付き合いのように盛り上がった。
これ、誰がどうみてもお見合いではなく、ライブ帰りのファンのオフ会だ。ライブ会場近くの夜の居酒屋やファミレスでよく見るやつ。残念ながら、私にライブ友達はいないので未経験だが。
「あー、今日来て良かった。亀岡さんとの出会いに感謝!」
「あはは、大袈裟だよ」
「大袈裟じゃないよー、こんなに気の合う人初めてだもん。さっすが相性値92!」
とっても良い気分で、冷めた紅茶に手を伸ばす。さすが高級ホテルのラウンジ、冷めても美味しい。
「もっと早く会えたら良かったのに。普通に友達としてさ」
とはいえ、こうして縁あって出会えたわけだし、これから仲良くなれたら良いな。一緒にライブ行ったり、スイーツ巡りしたり。亀岡さんとなら、絶対に楽しい。もっと彼女のことが知りたい。いっぱいお話ししたい!
「……私はこの出会い方で良かったと思ってるんだけどな」
ぽつりと、亀岡さんがつぶやいた。
え? と反射的に尋ねると、視線を落としたままの彼女が、テーブルの上の小さな拳に力を込めた。
「この出会い方だったから、友達以上の関係になる可能性がある……しかも相性値の高い相手として水門さんに会えたから。学校や職場で普通に知り合って友達になってたら、きっと私は何も言えないと思うし」
「えっと、それってつまり……」
震える声から、亀岡さんの緊張が伝わってくる。俯き加減の顔は真っ赤に染まり、いくら私でも彼女が何を伝えようとしているかは理解できた。
ぐっと唇を引き結んだ彼女が覚悟を決めたように顔を上げる。潤んだ瞳でまっすぐに私を見つめ、はっきりと言った。
「好きです。結婚を前提に、私とお付き合いしてください」
その言葉に、今日一番の胸の高鳴りを感じた。
私がチョロいのか、それとも相手が亀岡さんだからなのか。理由なんてわからないけど、同性との結婚なんて考えたこともなかったはずの私が、彼女にときめいているのだけは間違いなかった。
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