20.三つの小説

 お茶会を開くにあたって、私は皇帝陛下にお願いをした。


「高貴な方が集まるお茶会で中途半端なものは見せられません。やはりちゃんとした物語を書き直させてください」

「中途半端なものなどではない! 伝達の物語は全て素晴らしいものだ! 私はこれを皆に見せたいのだ!」

「いいえ、その物語は見るものが見れば、自分の身内がモデルになっていることが分かるものです。それではお身内の方を不快にさせてしまいます」

「モデルになったものは栄誉ではないか! 私を楽しませたのだぞ?」

「そうはいきません。何より、毒殺事件に関わっていたイフサーン様を書いた物語が二つもあります」


 この点だけは私は譲れなかった。

 前世でも編集さんに重々言われていた。


「ナマモノは絶対にいけません! 実際にいる方をモデルにすると、その方を傷付けることになりかねませんし、その方のファンや身内から批判が出て先生が炎上してしまいます!」


 最初にアズハル様をモデルにしたのは私だったが、それを皇帝陛下が気に入ってしまって、その後でイフサーン様とイフラース様、ニキアス様、ジェレミア様の小説を書いて、再びイフサーン様とイフラース様の小説を書いて、イフラース様とデメトリオの小説まで書くことになるとは思わなかった。

 これが月の帝国で流行ってしまったら、私は恥ずかしくて申し訳なくて生きていけなくなってしまう。


「その物語は皇帝陛下だけに捧げたものとして、胸に留めておいてくださいませ。新しい作品をお茶会までに必ず仕上げます」

「お茶会で皆で読むのだ、一つの物語では足りぬぞ?」

「何作品必要ですか?」

「最低でも三つの物語を書き上げよ。そして、それを一番に読むのは、私とシャムス。その後で書き写す期間も考えて書き上げるのだぞ?」


 お茶会が開かれるまでは二週間ほどしか時間がない。その間に最低でも三つの物語を書き上げないといけない。

 時間は限られているが、私にはバシレオスという力強い味方がいたし、これまでは毎日一話の物語を書き上げていたのだ。

 一人で手で書いていたときには、一日に四千字くらいの短編に結ばれるまでの課程からエッチまでをぎゅうぎゅう詰めにしたり、イフサーン様とイフラース様の視点を二千字ずつ書いたりしていたが、バシレオスが書いてくれるようになってから六千字から八千字の小説を一日に考えることができていた。

 これも全てバシレオスが美しい文字で、大量の情報を書き写すことができるという特技があるからだった。


 バシレオスがいるのならば、三つの小説を書くのは一週間もかからないだろう。


「期限には間に合わせます。ただ、毎日皇帝陛下にお届けするのは難しくなってしまいますが、よろしいですか?」

「それも仕方がない。ただし、全ての物語を新作にするのだぞ?」


 ネタの使い回しは許されないと皇帝陛下から言われてしまった。

 最初に書いた後宮に送られる貴族と従者との恋の小説はモデルがいないので使いまわそうと思っていたのが当てが外れてしまう。

 それでも、三作品ならば書けないこともないと私は考えていた。


 千里様の部屋を下がるときに、シャムス様が私に声をかけた。


「少しの間、万里殿下を抱っこしていてもらえないか? ハウラ殿下の靴が脱げてしまったのだ」

「よろしいですよ」


 乳母の元へ万里殿下とハウラ殿下を送り届ける任務のあるシャムス様は、万里殿下を抱いて、ハウラ殿下の手を引いて歩いていた。万里殿下を受け取ると、ずっしりと重い。

 抱っこしていると、万里殿下から髪を隠す布を引っ張られた。

 しっかりと留めていなかった私が悪いのだが、万里殿下から引っ張られて髪を隠す布が外れてしまう。


「伝達殿!」

「申し訳ありません!」


 ハウラ殿下に靴を履かせたシャムス様が、素早く布を拾って、私の頭に巻き付けてくれた。


「気にすることはない。私は既に伝達殿の裸も見ている」

「そ、そうでした」


 髪を見られることはこの月の帝国においては、妻となる人物以外にしてはいけないことなのだが、シャムス様は冷たい冬の海に落ちた私を裸で温めてくれた。あのときに私はシャムス様に裸も見られている。


「シャムス様はあのようなことを、誰にでもするのですか?」

「皇帝陛下の妾となる方を死なせるわけにはいかなかった。あのとき、伝達殿は体が冷えていて、死んでいるかと思った」


 万里殿下を私から抱き取りながらしみじみと言うシャムス様に、それだけ緊急事態だったのだと理解する。

 あのときに命を救われなければ、私はここで生きていない。


「イフラース殿の神がかりの件、伝達殿しか思い浮かばないであろうな」

「そうですか?」

「神のお告げとすれば、後宮を解体できる。そんなこと、伝達殿以外思い付くはずがない」


 私の思考を褒められている気がして、私は悪い気はしなかった。

 ずっとシャムス様とは取材と称して行動を共にしてきた。その中でシャムス様とは親しくなれたと思っている。


「後宮が解体されたら、シャムス様はどうされますか?」

「後宮が解体されても、私は伝達殿の取材に付き添っていたいな。伝達殿の考えることは私には計り知れなくて、とても面白い。きっと皇帝陛下も後宮が解体されても伝達殿を直属の吟遊詩人から変えないであろう」


 後宮が解体されても私は皇帝陛下の直属の吟遊詩人のままだったら、私はシャムス様と後宮の外にまで取材に行けるのだろうか。


「後宮が解体されたら、私は月の帝国の城下町に行ってみたいのです。連れて行ってくれますか、シャムス様?」

「皇帝陛下に許可をいただきましょう。皇帝陛下はきっとお許しくださるはずだ」


 自分よりも背の高いシャムス様を見上げて問いかけると、シャムス様は大らかに笑って請け負ってくれる。

 後宮が解体されても私は皇帝陛下直属の吟遊詩人として皇帝陛下のおそばにいることになる。そうなると後宮にいるのと変わらないのではないかとも思うが、後宮という枠を飛び出して町に出られるようになるのは嬉しい。


「シャムス、わたし、もうねむい」

「ハウラ殿下、お待たせして申し訳ありません。お部屋に帰りましょうね」

「シャムス、わたしはつよいおんなだから、おとこをまもるの。でんたつを、おへやまでおくってから、おへやにかえる」

「分かりました、ハウラ殿下は本当にお強い女性です」


 眠い目を擦りながらハウラ殿下はシャムス様の横を歩いて私を部屋まで送ってくれた。


「でんたつ、わたしにもものがたりをかいてね」

「心得ました。皇帝陛下に捧げる物語を書き終わりましたら、ハウラ殿下に絵本をお書きしましょう」

「やくそくよ?」


 右手を出すように言われて、私が右手を差し出すと、ハウラ殿下は私の小指に右手の小指を絡めて指切りをした。

 必ず右手で行うのが月の帝国の指切りのようだ。

 約束をしてから、私は部屋に帰って寝台に横になった。


 目を閉じると、小説のネタが浮かんでくる。


 太陽の国で反乱軍の女性の慰み者になっていた男性を助けた男性の兵士の物語。これは若干デメトリオの話が入っているが、はっきりと書かなければデメトリオとバレることはないだろう。


 大浴場で出会う男性同士の話はどうだろう。普段は妻もいて別々の場所に住んでいて会えないのだが、浴場でのみ会うことができる。そのうちに浴場に頻繁に通うようになって、妻に勘繰られて引き裂かれそうになるが、二人で逃げ出す物語でもいいかもしれない。

 これはプラトニックな恋愛でもよさそうだ。

 皇帝陛下は性行為のないボーイズラブもお好きだった。


 前世でよく見た、ロミオとジュリエットのような、対立する家同士の恋も悪くないかもしれない。

 対立する家同士に生まれた男性が、お互いに出会って恋をするが、家のことを知って絶望する。

 皇帝陛下は基本的に悲劇はお好きではないようだから、最終的に二つの家は和解することにしてはどうだろう。


 これで三つの小説が書けそうだ。

 明日起きたら、バシレオスを呼んで相談してみよう。


 三つの小説のめども立って、私は安心して眠りに落ちて行った。

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