善意すぎる親友が心配でついていったら影ボスと呼ばれるアイツに何故か俺が捕まった〜俺を餌付けしても懐くと思うなよ! 大竹あやめver.

大竹あやめ@電子書籍化進行中

前編 イエスマン翼

 オレの親友は良い奴だ。


つばさくん、彼氏にあげるお菓子、試作したんだけど味見してくれない?」

「いいよぉ〜」

「翼〜、今度の試合、また助っ人頼むよ」

「うん、大丈夫〜」

「翼! 宿題見せてくれ! 今日当たるんだ!」

「分かったよ〜」


 こんなふうに、翼のところには毎日のようにひとがやってくる。内容は様々。だけど翼は嫌な顔せずに即答で「イエス」と言うんだ。


 小さい頃からの仲だった翼は、高校二年生の今に至るまでずっとこんな感じ。ふわふわの、少し茶色がかった髪にかわいい顔して、実は何でもそつなくこなしちゃうすごいやつ。オレは密かに翼を尊敬していた。あ、でもお菓子の試作は羨ましくて、オレも食べたいとか思ったのは内緒な。


 オレ──自己紹介が遅れた、横山よこやま一樹かずきだ──は翼と似たような雰囲気らしく、よく比べられては勝手に残念がられている。……いいんだよ、どうせオレは単純でアホですよ。


 でも、こんなアホなオレでも心配事はある。それは、翼に悪い虫が付かないかってことと、そのお人好しが過ぎる性格でいつか騙されてしまわないかってことだ。


 安心しろ、オレが翼を守るし、いざとなったら助けに行くからな、とオレは心の中で拳を握る。


「あ、川島かわしま鷹嘴たかのはし鷲野わしの、それから鳶川とびかわどこにいるか知ってるか?」


 ある日の放課後、三年生の男子生徒が翼に声を掛けていた。先輩にまで頼られるって、本当に翼はすごいなぁ。


 すると翼は、かわいい唇に細い指を当てて、考える素振りをした。


「んー、多分屋上かと……」

「そうか。悪いけど、アイツら生徒指導室に呼んできてくれねぇ? 俺怖くて……」

「いいですよ」


 翼はにっこり笑って返事をする。ちょっと待て、屋上にいるという三人組の名前、オレも聞いたことあるぞ。


 何でも、園芸部の畑で堂々とくわすきを持って暴れてたとか。ひょっとして、とんでもなく悪い奴らなんじゃ……。しかも生徒指導室って、悪いことをした生徒が行く教室だよな?


「翼? 引き受けちゃって大丈夫なのかよ?」

「あの先輩、困ってたから放っておけないよ」

「オレも名前知ってるくらい悪い奴らだろ? 何されるか分かんねぇぞっ?」

「そうかなぁ?」


 そう笑いながら、翼は廊下を歩いていく。まさか、本当に奴らのところに行くつもりじゃないだろうな?


 オレは必死で止めたけれど、翼は歩みを止めない。……こうなったら、オレも殴られる覚悟で行くしかないっ!


 階段を軽やかに上っていく翼は、屋上への扉を開いた。春の爽やかな風と陽光が、なぜかオレの緊張をピークにさせる。


「先輩方〜、生徒指導室にお呼び出しですよ〜」

「あ? 誰だお前」


 翼が声を掛けたのは、見るからに強面で、金髪や剃り込みが入っていて、ピアスがいっぱい付いている悪そうな奴だった。しっかりと座り込み、スマホを見ていたみたいだ。ああああ、翼、気をつけろよ……。


「僕は二年の川島です。三年生に生徒指導室へ先輩方を連れて来いって言われたんですけど〜」


 翼がそう言うと、坊主頭に剃り込みが入った、眉毛がないひとが眉間に皺を寄せた。眉毛がないから余計に怖いよ! やばい、頼むから穏便に済ませてくれ、翼……!


「生徒指導室だぁ?」


 金髪ロン毛が声を上げた。このひとは口にピアスが付いている。


「あれだ、桜井さくらいだろ? てめぇが呼びに来いよなぁ」


 そう言ったのは刈り上げ頭に耳に大量のピアスが付いた人だった。もう、三人の顔面の威圧感がすごくてオレ逃げ出したい。


 しかしそんな三人を前にしても翼は平然としている。


「さあ? 僕に声を掛けてきたのは、別の先輩でしたから」

「ああ? アイツ人に呼びに来させようとしてたのか!」


 金髪が唾を飛ばす勢いで言った。彼らに睨まれオレは限界で、翼の袖を引っ張る。怖い。もう何でもないです、と言って一刻も早くこの場を離れたい!


「なぁ、もう帰ろ……」


 桜井というひとが誰か知らないけれど、人脈もある翼は知っているひとなのかもしれない。けど、こんな強面の不良たちと面識があるなんて、桜井ってひともきっとろくな奴じゃない!


 オレが翼の袖を摘んで一歩下がると、不良三人組は怠そうに立ち上がった。思わず「ひっ」と声を上げると、坊主頭に睨まれる。……ごめん、ちょっとチビってもいいかな。


「チッ……仕方ねぇなぁ。行ってやる」

「よかったぁ。ありがとうございま〜す」


 不良三人組は立ち上がると、歩き出した。仕方ないとか言いながら、言うことを聞く桜井ってひとは、まさかコイツらをまとめているボス? オレが聞いたことないひとだから、影のボスなのかもしれない。とりあえず殴られなくてよかった。


「おい」


 これで用事は済んだと思ってホッとしていると、坊主頭が振り返って睨んでくる。怖いよ、まだ何かあるのかよ!


「お前らも来い」

「えっ!?」

「はーい」


 さすがイエスマン。翼は即答でいつも通り返事をしている。ほんとマジで、何言っちゃってんの!? 翼!


「つ、つつつ翼、やばいよ帰ろうよ……っ」

「えー? だって先輩たち、困ってるかもしれないし……僕は行くよ〜」


 説得失敗。オレは心の中で本気で泣いた。怖いから付いて行きたくないけれど、翼が心配だから付いて行くしかない。まったく、どれだけお人好しだよ! こんな奴らに付いて行ったら、ライバルグループとの抗争に巻き込まれるに決まってる! た、多分オレより翼の方が喧嘩は強いけど、オレは翼を守るって決めたもんな! 怖いけど!


 そう思いながら、オレは涙目で屋上からの階段を降りた。

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