異世界古民家レストラン『シン』

ゆりぞう

一品目 コカトリスのモモ肉のトマト煮込み

 薄暗い森の中、鬱蒼と生い茂る草を掻き分け、必死に逃げる人間の姿がそこにはあった――。


「はぁ――はぁ――」


 彼の名前はパーモット。中堅の冒険者である。


 そんな彼は今、大森林の中で魔物の群れに襲われて逃げている最中だ。


 この大森林に入るには複数のパーティーを組んで入る事をギルドからは推奨されている。


 ならば何故、彼はソロでこの森の中に入ってしまったのだろうか…。それには彼個人の深い理由があった――。




 彼だって自分の実力くらい分かってはいる。一人でこの大森林に入ったらどうなるかなど…。しかし、それでも入らなければいけない理由がある。



 彼の唯一の家族である妹が、思い病を罹ってしまったのだ。医者に見せた所、大森林の奥に生えている『ウムドレビ』という果実で薬を作らなければ、この病気を治す事は出来ないと言われてしまう。


 仲間を募ろうかと考えた彼であったが、大森林の奥に行くなどはっきり言って、自殺行為である。それなりに知り合いの冒険者や仲間も居る彼ではあったが、個人的な理由で仲間達を連れて行くわけにもいかず、彼は一人で向かう事を決意する。たった一人の家族の妹の為に――






「グオオオオオッッ!!!!」

「ぐっ…!!」


 最初は上手く魔物達の事を撒いていた彼であったが、ついには魔物の一撃を喰らって転倒してしまう。


 急いで立ち上がった彼であったが、時すでに遅し――魔物達に周囲を囲まれてしまっていた。


「くそ…ここまでなのか?何か逃げる方法はないのか?」

 辺りを見回しながら考えるパーモット。


 そんな時、この大森林にあるはずもない物が彼の視界に入ってくる。


「扉…?」


 彼は酒場で酔っ払って話している、冒険者たちをを思い出した――




『あり得ない場所に突然現れる扉の先には、見た事も聞いたことも、そして食べた事もない美味しい料理を出してくれる食堂がある』



 そんな馬鹿な話があるか。当時はそう思っていた彼であったが、実際に周囲を囲んでいる魔物の少し後方に扉が存在している。


 どうせ、このままでは自分は魔物の餌食になってしまう。一か八かあの扉にかけてみよう。そう思った彼は扉に向かい一直線に走っていく。


 突然の行動に驚いた魔物達であったが、すぐに彼に攻撃をしかける――が、どれも彼に浅い傷を負わせるだけであった。


 思い切った行動のお陰で、彼は飛び込むように扉の中に入る事が出来る。そこには、少し驚いた顔をした、30代の男とエルフの女性が居た。


「まさか…あの話は本当だったのか…?」


 先程まで彼は大森林の中に居たはずだ。しかし、何故か今は木の良い香りがする食堂のような場所に居る。


 あの冒険者が言っていた事は本当だったのか…。そう考えていると、店主であろう男に声を掛けられる。


「おーい。お兄さん大丈夫か?」

「あ、いや、すまない。突然の事で気が動転してしまった。ところでここは一体何処なんだ?」

 床に倒れ込んでいる事にようやく気付いた彼は、立ち上がりながら話す。


「あー…そうだな。ここは古民家レストランだ」


 この場所に来てから食欲をそそる様な匂いがしてる事から、なんとなくそうじゃないかと彼は思っていたが、聞きたいことはその事ではない。


 先程まで大森林に居たのだ。それが扉を潜り抜けた瞬間にこの場所に来た。


 これは一体どういう事なのか。再度、聞こうとした彼であったが、



 ぐぅ――



 思い返せば、昼も取らずに大森林を走り回っていたのだ。それが、このような美味しそうな匂いを嗅いでしまえば、お腹が鳴るのはしょうがない事なのだろう。


 恥ずかしさで顔が赤くなるパーモットを見て、店主は苦笑いしながらテーブルに案内してくれた。



「話は料理を食べた後にしようか。悪いんだけど、うちにはメニューはない。完全に俺の気分で、その日の料理が決まるんだけど良いか?」

「ああ…いや、すまないが金を持っていないんだ」


 そう言って断る彼に店主は、


「遠慮すんなって。また来た時にでも払ってくれれば良いさ」

「そんなわけには…いや、ありがとう。次に来た時に必ず払う」


 店主の善意に甘える事にして、彼は水を運んできた女性に視線を向けた。


「これは…失礼だが、あなたはエルフか?」

「ええ。そうよ。そんなにエルフが珍しいのかしら?」


 彼の住むジーランディア大陸では、エルフも存在しているのだが、人間との交流はほとんどなかった。その為に彼は初めてエルフを見たのだった。


 頭をこてんと傾けるその姿は、かなり美しい。


 さらさらの金髪に、大きなくりっとした瞳。形の良い鼻と唇――


 間違いなく彼が見てきた女性の中でもダントツで綺麗な女性であった。


 女性に数秒ほど目を奪われていた彼であったが、すぐに我に返る。


「す、すまない。じろじろ見てしまって…あなたは店主の奥様なのだろう?こんな美しい女性を妻に出来るなど、店主が羨ましいな」

「え?いや、娘ですけど」



 一瞬静まり返る室内。


 彼は言っている意味が分からなかった。店主はどう見てもエルフではなく人間で、まだ30代くらいだ。しかし、今目の前に居る女性は成人をとうに過ぎている、大人の女性に見えたからだ。


 聞くところによると、エルフは見た目と年齢が一致しないという。ならば、この女性も恐らくは外見が20代に見えても、実際は彼よりもずっと年上なのだろう。


 ならば、この女性の父親である店主は一体何歳なのだろう。そう思い、店主に視線を向けると、彼が探し求めていた『ウムドレビ』を手に持っているではないか。


「そ、それは!ウムドレビではないか!?」

 テーブルから立ち上がり、店主の近くに行くパーモット。


「おわっ!ウムドレビ?ああ、トマトの事か?それがどうしたんだ?」

 驚く店主に彼はこれまでのいきさつを話すのであった。



 ◇



「なるほど…そういう事だったのか。だったら森の中に腐るほどあるから何個か持っていくかい?」

「い、良いのか!?これを売ればかなりの金額になるぞ!?」

「別に俺が育てたわけじゃないしな。アイナ、トマトを森からいくつか採って来てくれるか?」

 そう店主は言うとエルフの女性――アイナ――は、玄関を開けて外に出て行った。



「何から何まで済まない。この恩は必ず返す」

「困った時はお互い様だろ?気にすんなって」


「それで、先程から気になっていたのだが、一体なんという料理を作っているのだ?」

「これか?今日は、うちの食いしん坊が獲って来てくれた食材を使った料理『コカトリスのモモ肉のトマト煮込み』だ」

「ッッッ!!!」


 パーモットは絶句した。


 それもそのはずであろう。コカトリスという魔物はBランク上位の魔物である。Bランクの冒険者パーティーが複数集まって、やっと討伐出来るくらいの難易度の魔物である。


 当然、売ればかなりの値段になるのだ。この料理を食べるには一体どのくらいの値段がかかるのか、怖くて聞けないパーモットであった。



「しかし、良くそんなに早く野菜が切れるな…」

 手際よく玉ねぎをみじん切りにする店主を見て、感嘆の声を上げるパーモット。


「まあ、これでも一応料理人だからな。これ位は出来ないとな。あんたは料理とかしたりすんのか?」

「いや、私は料理は得意ではないのでな…」

「見た感じ冒険者だと思うけど、そんなんじゃ野営の時に美味しい料理を作れないだろう?ほら、少し教えてやるからこっちに来いよ」


 最初は断ろうとしたが、野営の時にいつも食べている干し肉を思い出した。


 多少なりとも料理が出来れば、あのような不味い干し肉を食べなくても済むようになるんじゃないか、と。


 店主が教えてくれると言っているのだし、せっかくだから料理を教えてもらう事にした。



「じゃあ、コカトリスの肉を一口大に切ってくれ」

「こうで良いか?」


「そうそう。切ったら、フライパンで焼いていこう。一回焼くことで、うま味を肉に閉じ込める効果があるし、焼き色をつけることでコクが出るんだ。後で煮込むから、ここでは中まで火が通っていなくても大丈夫だぞ」

「旨みやらコクとかについては良く分からんが、これをすれば美味くなるって事で良いか?」


「そんな感じで覚えておけば良いよ。肉に焼き色が付いたら別の皿に肉を移して、にんにくを加えて、香りが出てきたら玉ねぎとしめじを加えて炒めてくれ。具材がしんなりとしてきたら、トマト・コンソメスープ・砂糖・ローリエを入れて、焼いた肉を入れてくれ」

「なんだか、ウムドレビを料理に使うなど少し勿体ないような気がするのだが…」


 ウムドレビは一個でも売れば、数年は遊んで暮らせる程の金額が手に入るのだから、パーモットがそう思うのも無理はない。


「そうか?煮立ってきたら、灰汁を取って、蓋をして中弱火で約10分煮込めば完成だぞ」

「この灰汁?とやらは必ず取らなければいけないのか?」


「灰汁は雑味の原因になるから、出来るだけ取った方が美味しくなるんだよ。後は時々、焦げ付かないようにかき混ぜながら塩、こしょうで味を調えれば『コカトリスのモモ肉のトマト煮込み』の完成だ!」

「教えてもらいながらとはいえ、初めて料理を作ったにしては上出来ではないか?」


 初めて料理を作った事により、パーモットは調理をする事の楽しさを感じれたようである。


 妹の病気が治ったら、自分が何か簡単な料理を食べさせてあげよう――そう心に決めた瞬間であった。




「じゃあ、自分で作った料理を食べてみてくれ」

 笑いながら言う店主の言葉に頷いた彼は料理を食べ始めた。


「ッッッ!!!…美味い。コカトリスの肉から出た旨みと、野菜から出た旨み、ウムドレビ――いや、トマトの酸味が一体になっている。そして肉もパサつかず、しっとりジューシーだ…店主が教えてくれた調理の仕方には、意味のない事なんてなかったのだな」

「まあな。細かい事かもしれないけど、やっておけば一段上の料理になるんだよ」



 この料理はパーモットにとって、生涯忘れる事はない料理になった事だろう。初めて料理を作ったという事もあるだろうが、それ以上に美味しかったからである――





「もう少しゆっくりしていけばいいのに」

「いや、そういうわけにはいかん。今も妹は病魔と闘っているのだ。すぐにでもこのウムドレビで作った薬を飲ませて楽にしてやりたい」


「そうか。じゃあ、妹さんが回復したらこれを食べさせてやりな」

「…良いのか?」

 店主はパーモットに、先程の料理を不思議な形をした容器に入れて渡してきた。


「この恩は必ず返す。…そう言えば自己紹介をしてなかったな。俺はパーモットだ」

「そういえばそうだな。俺は、シン。また機会があったら会おうな――」




 ◇



 扉を開けた先は何故かパーモットの自宅であった。直ぐに玄関の扉を開けてみるが、そこにはパーモットが住んでいる街並みが広がっているだけである。


 まさか夢でも見ていたのか?そう一瞬考えた彼であったが、手に握られている料理を見て、あの出来事は現実だったと理解した。


 考えていても分かるわけがない。そう思ったパーモットは考えるのを止め、妹が寝ている部屋に飛び込んだ。


「バーバラ!大丈夫か!?兄ちゃんがお前の病気を治す薬の材料を採ってきたから、もう少しの辛抱だからな」

「お兄ちゃん?随分早かったのね…それにしてもいい匂い。なんだかお腹が空いてきちゃったわ」


 バーバラは病魔に侵されてから、段々と食欲が無くなっていた。ところが、そんなバーバラがシンが帰りに渡してくれた料理を食べたいという。


「そうか!少し起き上がれるか?兄ちゃんが食べさせてあげるからな」

「ありがとう」

 そう言って、スプーンで掬ってバーバラに食べさせてあげるパーモット。


「美味しい」

「ははっ。それ兄ちゃんが作ったんだぞ?」


「お兄ちゃんが料理なんて作れるわけないでしょ?でも、なんだか心が温かくなる料理だわ――」




 パーモットが作った料理を食べたバーバラは、何故か急に元気になっていった。


 バーバラを医者に連れていったところ、なんと病気が完治しているという。まだ、ウムドレビで調合した薬を飲ませていないのに…。これには医者も首をかしげてばかりだったという。





 その後、パーモットはシンに恩を返す為に、冒険者の実力をつけ大森林を探し回ったが、あの扉を見つける事は叶わなかった。いつか必ず、シンに恩を返す為に自分の子供たちに『薬膳料理人シン』として語り継いでいった。



 しかし、後にパーモットの子孫がシンの元に訪れる事になるのだが、それはまた別のお話―――


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 どうも。ゆりぞうです。

 今回は読者様からリクエストされた料理を書いてみました。

 もし、こんな料理で物語を書いて欲しいなどありましたら、ご気軽にコメント欄に書いて下さい。



 では、ここまでお読み頂きありがとうございました!


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