アーバン特急の女
瀬戸はや
第1話
スーツを着るのはさしぶりだった。親父が元気だったら俺が出て行くことはなかっただろう。Yは少し前に買った夏物のスーツに腕を投資ながら思った、法事なんて今まではずっと親任せだった。新幹線よりかなりお得だということで大阪までは近鉄を使うことが多かった。特急を使えば乗車時間もそれほど遜色なかった。新幹線の方が2〜30分早いだけだ。それほど急ぐ必要もなかったので、近鉄のアーバン特急で十分だった。指定席に座ると隣に座っている女性がすごく色が白くて、綺麗な娘だなと思った。彼女は文庫本を読んでいた。たまたま昨日呼んでいた本と同じ著者だ。Yは思わず話しかけてしまった。
「この人の本面白いですか?」
「・・・」
急に話しかけられて、彼女は戸惑っていたみたいだった。
「でも、この人は絶対に結婚には反対論者ですよね。そう思いませんか?」
彼女は少し迷っているみたいだった。こんなふうに知らない男から急に話しかけられたことはなかったんだろう。Y自身電車で隣の席に座ったというだけで女性に話しかけたことなんかなかった。彼女が自分の好みでなければ絶対に話しかけなかった。大阪に着くまでの2時間ただ本を読んでいてもつまらないと思ったので、思わず話しかけてしまった。もちろん彼女が自分のタイプでなかったら全ては違っただろう。僕はもともとナンパとか、知らない女性に話しかけるのは苦手な方だった。たまたま今日の気分と持て余していた時間と、色々な事が重なっていつもとは違う行動をしてしまった。僕にはたまにこんな風にフランクに人に話しかけることができてしまう時があった。しかし、これはごくごく稀な例だった。いつもだったら大人しく2時間席に座って、誰とも話さず目的地まで黙っているタイプだった。たまにごくごく稀にこんなことがあるというだけだった。彼女は嫌がらずに僕の問いかけに答えてくれた。
「落合恵子さんお好きなんですか?」
「いや、たまたま昨日読んだからつい話しかけてしまいました。」
「そうなんですか。」
「ラジオはよく聞いていたんですけどね。」
「素敵ですよね、けいこさんのラジオ。」
彼女は僕と同業者だった。彼女は藤が丘の駅ビルの中にある学習塾で働いていた。私立中学校受験の生徒たちを教えていると言っていた。
「僕も私立中学受験の子供たちを教えています。」
彼女とは話が盛り上がった。アナウンスがあってもう降りなければならない駅に近づいたと分かった。僕は慌ててバタバタと降りる準備をはじめた。彼女もちょっと慌てていた。と言うか驚いた感じだった。彼女は次の約束をしないのという感じだった。当然そうくるだろうと思っていたんだろう。僕が慌てて降りる準備を始めた時の彼女の様子からはっきり分かった。僕はごめん、もう降りなきゃと言って慌てて電車を降りてしまった。
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