第1話 症例記録(妄想性パーソナリティ障害の一例)

 以下は、A県の某精神科病院に措置入院中の患者が書き記した文章である。

 妄想性パーソナリティ障害の中でも極めて奇特な例であるため、ここに記録する。

 誤解が無いよう先に記しておくが、以下は全て当該患者の妄想である。現実に下記のような事件は発生していない。


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 下記の「新時代における日本の国防体系について」という怪文書がネット上に出回り始めたのは、2020年の春頃と言われている。当時は新型コロナウイルスの感染爆発に関する情報がネット上で氾濫していた時期であり、当該文書は殆ど顧みられず、一部の陰謀論者とオカルティストの間で僅かに話題となったのみであった。

 だが、約1年後の2021年7月、この文書の内容を妄信した数名の人間が中央省庁の施設内に不法侵入し、部外秘資料の一部を外部に持ち出すという事件が発生。それに伴い下記の「新時代における日本の国防体系について」という文書も、特にSNS上で爆発的に拡散され、多くの人に知られることとなった。一読いただければ分かるとおり、単に妄想症患者の世迷い事を書き綴っただけの文章であり、殆どの人は一笑に付すだけで終わった。その一方で、文書の内容が真実であると考える人々も無視できないレベルで増え続けていった。彼等は日本政府に対し「真実を明らかにせよ」と声を上げ続け、遂には国外からも日本政府に対し説明を求める意見が相次いだ。

 看過できない事態であると判断した日本政府は、文書を最初に投稿した人物をつきとめ、風説の流布と煽動罪の疑いで逮捕した。逮捕された時田宗暢(作者註:仮名。原文では患者自身の本名)容疑者は、重度の精神疾患で通院歴があった。無論、政府内の秘密文書にアクセスできる権限など一切持たない一般市民であり、彼の書き記した「新時代における日本の国防体系について」は、完全な出鱈目であることが明らかとなった。日本政府はこの事実を以て、当該文書は単なる一個人の妄想に基づく怪文書に過ぎない、と結論付けた。

 だが、他の多くの陰謀論と同様、このように政府が公式に否定の声明を出したことにより、逆に文書が真実であると信じ込んでしまう人々も続出した。「政府があえて否定したということは、この文書は真実なのだ」「政府は真実を隠蔽するため、告発者を精神病患者に仕立て上げたのだ」「本当にただの怪文書ならば、刑事事件化する筈が無い」等々。パラノイアックな人々が、口々に違和感を口にし、特にSNS上においてお互いの妄想を深め合う、という悪循環に陥った。彼等の中には、上記の中央省庁侵入事件を肯定するばかりか、「陰謀を進める政府と官庁を破壊せよ」とアジテーションを行う者すらいる。

 逆説的な話ではあるが、下記文書に記載されたとおり「精神疾患を有する患者が、SNS上で虚偽情報に踊らされ、互いの妄想を補完し合い、危険な方向に導かれる」という状態が、本当に起こりつつあるのだ。そして現実に、彼等の一部が中央官庁を攻撃するという事件が発生してしまっている。下記文書の中ですら「虚偽」とされた事態に、現実の方が進み始めている。

 これは、記録すべき事件である。そして、未来に残すべき事件でもある。


                 ―記―


新時代における日本の国防体系について


 日本国が進める次世代の国防計画を以下に記す。

 新時代の日本の国防は、神火計画と漁火計画の2つを軸としている。


〇神火計画についての詳細


 究極的レベルでの専守防衛体制。東京都心地下に秘かに建造された直径約10㎞の巨大粒子加速器によって生成された高エネルギーのニュートリノを地球中心核に照射し、原子核レベルでの連鎖反応を引き起こすことにより、地球そのものを破壊、もしくは破壊的状況を作り出すシステム。諸外国の侵略行為により日本の核心的利益が損なわれると判断される場合、3名からなるトップリーダーの合意のもと、発動される。本システムは究極のSuicide Attackであると同時に、本システムの保有により、必然的に諸外国は日本国への侵略行為に対する当事者として関わらざるを得ない(日本国への侵略行為を止めるため動かざるを得ない)というのも、開発目的の一つである。

 本計画の素案は太平洋戦争中に考案され(その当時は日本全土を日本人自身の手で焦土と化し、敵国による簒奪を拒絶するという計画であった)、終戦直後から秘密裏に動き出していた。東京都心地下の鉄道網や地下施設の開発などは、本計画に支障をきたさず、かつカモフラージュすることを大前提として進められている。当然、その開発初期には(当時の日本がGHQの統治下であったこともあり)様々な軋轢があったらしく、俗に国鉄3大ミステリーと呼ばれる奇怪な事件も、そういった政治闘争が表に現れたものだとする説もある。



〇漁火計画についての詳細


 漁火計画は、前述の神火計画の根幹をなすものである。これについて語るためには、戦前から連綿と続く日本の国防の歴史のうち、語られていない裏側に目を向ける必要がある。


 日露戦争の際、旅順攻略作戦において旧日本軍が露西亜帝国の特殊部隊と交戦を行ったという記録がある。部隊名も不明なこの露西亜人兵士の集団は、ロシア科学アカデミーが人体実験により生み出したものであった。アカデミーの科学者は、メスメル理論に基づく人間精神と肉体の相関関係に目をつけ、アラスカのウェンディゴ憑きや中世ヨーロッパの狼男憑きを研究し、それを再現することに成功した。すなわち、人為的に精神疾患を発症させることにより、人間の肉体を変成させ、怪物兵士に変える研究である。また、アカデミーはヤクートをはじめとする露西亜帝国各地に点在する異界的要素を持つ遺構の調査を進め、電磁気とも熱とも全く異なる未知のエネルギーを観測・保存することに成功し、これを応用した兵器の開発(忌むべきことにこの兵器は上記の怪物兵士の身体に「埋め込む」形で運用された)も行った。こうして生み出された怪物たちを集めた特殊部隊は、日露戦争において実践投入されたものの、こと戦場という場所においては精神的な変調が著しく、期待されたほどの戦果を挙げることもなく敗走し、一部は捕虜として日本に連行された。さらに悪いことに、戦争中に起こったロシア革命によりロシア科学アカデミーは事実上の壊滅状態となり、研究内容はすべて焼失してしまった。

 一方で、捕囚により露西亜帝国の秘匿技術を得た日本は、国内における「狐憑き」の症例などと合わせて人間精神とその変調が肉体に及ぼす影響に関する研究を継続して行った。また、シベリア出兵の際などは、極秘裏にロシア科学アカデミーの散逸した資料や、露西亜国内のミステリースポットの探索を行ったことも分かっている。


 終戦の際、千島列島を南下するソ連に対し、日本政府は上記研究成果の提供を申し出ることにより、北海道の手前でソ連軍の進行を止めている(ちなみにこの時ソ連に提供されたのは,あくまで日露戦争当時,ロシア科学アカデミーにて研究されていた段階の資料のみである。日本政府は秘匿技術簒奪後,ナチス等と共同で独自の開発を続けていた)。後年、ソビエト内部で行われていた超能力研究に関する技術の一端は、この時日本側から返還された技術情報を元にしたものである。

 上記事案は、日本国内部に存在する共産主義シンパの行為と日本政府はアメリカに密告。日本政府の目論見はアメリカに日本国内の一部とソ連との繋がりを暗示することで、第二次大戦以降高まっていた共産主義圏への危機意識を植え付けることであった。実際のところ、終戦間際のソ連との交渉や秘密情報の提供など、一部の政治家のみでできることではなく、日本政府の関与があったことは明白なのであるが、結果としてアメリカは、東西大国を天秤にかけた日本政府の賭けに「乗った」。アメリカのこの決断を後押ししたのは、以下の事件の影響が大きい。


 1947年、国籍不明機がアメリカ領空を侵犯するという事件が起こった。ケネス・アーノルド事件、そしてロズウェル事件として知られるこの未確認飛行物体による事件は、日本により引き起こされたものであった。

 アメリカ領空を侵犯した未確認飛行物体の正体は、日本がナチスと共同で開発し、終戦と同時に隠匿されていたステルス全翼機(ホルテンをベースに製造されたと伝えられている)であった。機体には1名の日本人パイロットが搭乗していたほか、もう一つ、日本からアメリカへの贈答品が積み込まれていた。この「贈答品」については後述する。なお、UFO神話として流布されている話とは異なり、ステルス全翼機は墜落せず、そのままロズウェル空軍基地へと着陸している。

 アメリカに対する宣戦布告ともとられかねないようなこの行為は、日本の持つ秘匿技術の価値、そしてそれが共産主義圏に譲渡される危険性をアメリカに認識させるための、いわば日本政府が背水の陣で臨んだ生き残り戦略であった。結果としてアメリカは日本と交渉のテーブルにつき、西側陣営として日本を取り込み、共産主義勢力の影響を排除するため、所謂レッドパージを進めていくこととなる。


 アメリカと日本の密約に伴い、日本政府とGHQ共同で秘匿技術に関する共同開発が実施される。旧日本軍による生物・化学兵器研究の一部は新潟大学のリケッチア人体実験等に利用されたが、これは本来の秘匿技術研究を隠匿するスケープゴートとして利用された側面が強い。アメリカがペーパークリップにより得たナチスの秘密情報と合わせ、ステルス機のほか、ロシア科学アカデミーに端を発する精神変調技術(アメリカは主に洗脳に主眼を置いていた)、複数の細菌を混成した生物兵器、世界各地に点在する物理法則を超越した異界的地区(ミステリースポット)の研究などが行われた。

 先に詳述した神火計画に係る粒子加速器及びそれに伴う都市計画も、アメリカと共同で開発が行われたものである。ニュートリノ発生装置の起動キーを持つトップリーダーの一人が、アメリカ合衆国大統領であると言われている。


 一方で、アメリカと日本とで相容れなかった部分もあったようである。

 ナチスドイツの崩壊後、第三帝国の夢破れたヒトラーは側近により半ば拉致されるような形で、同盟国である日本へと移住させられていた。だがヒトラーは、敗戦のショックと加齢による身体の不調、Uボート航海による疲労で日本に到着する頃には朦朧状態となっており、日本の風土も身体に合わなかったためか、渡日から1年足らずで死去する。ヒトラーの遺体は脳髄と肉体に分けられた後、肉体の方はロズウェル事件においてステルス全翼機に載せられ、米国側に移送された。これが、上記で述べた日本からアメリカへの「贈答品」である。「宇宙人の遺体を収容した」というロズウェル事件のフォークロアは、棺に収められた総統の遺体が日本側からアメリカ側に譲渡されたことが歪められて伝わったものである。アメリカ側は日本が秘匿していた全翼機はもちろん、ヒトラーの遺体を日本側が所持していたことすら知らなかったため、当時の米政府は蜂の巣を突っついたような大騒ぎになったと記録されている。ロズウェル事件については、アメリカ側にとってもあまりにも異常な出来事が続いたため、軍や政府内の記録も極めて混沌としており、当時の米政府の混乱ぶりがうかがえる。

 その後、日本とアメリカが秘匿技術の共同研究に関する交渉のテーブルに着くことは上述のとおりであるが、この「ヒトラーの遺体」事件については、アメリカ側は本気で激怒しており、米政府内の一部では日本再攻撃論も起こったほどであるという。そういった経緯もあってか、ヒトラーに関する事項は日米両国の間ではアンタッチャブルな話題となってしまい、この件に関しては日米両政府の資料でも断片的な情報しか記載されていない状況である。

 なお、アメリカ側に譲渡されたのは身体のみであり、脳髄は(いかなる交渉がアメリカ側とあったかは不明であるが)日本側にて保管されている。保管場所は通産省(現在の経済産業省)の地下資料倉庫の最奥部。経産省が保管場所となった経緯については定かではないが、何らかの政治的駆け引きがあったものと推察される。


 アメリカとの連携を深める一方で、日本国内にて、主に生化学的なアプローチによりヒトラーの脳髄の分析が行われた。すなわち、20世紀最大の怪物と称される稀代のモンスターが、如何なる脳構造により生まれたのかを脳科学の面から明らかにしようとする試みであった。

 結果として、この試みは一切の成果を出せないまま終了した。ヒトラーの脳髄は、少なくとも脳科学的な見地からは、他の人間との差異は全くなかったのだ。

 その一方で、ナチを名乗りながらナチズムとは縁もゆかりもないネオナチ運動の勃興により、ヒトラー、ひいてはナチスという存在そのものの理解を抜本的に変えるべきではないかという意見も研究者から出された。

 すなわち「偶像としてのモンスター」である。ここでいう偶像とは「偽り」と言い換えてもよい。

 ナチスドイツは当時のドイツ国民の不満や鬱憤を巧みに読み取り、支持を広げた。そういった大衆迎合的な姿勢は人々の心を動かしやすいが、同時に大衆が政治家と自己の内面とを同一視してしまう一種の錯視を起こしやすい。すなわち、自分が支持する相手と自己の内面とを過剰に同一視するあまり、支持する対象が人格ある個人ではなく、自分自身の理想を受け止める偶像であるかのように錯覚してしまうのだ。

ヒトラーとは、ナチスとは、当時のドイツ国民が彼らの主張を理解し、支持していたというよりも、自分自身の勝手な理想やイメージを彼等に投影し、それがメディア等を通じて国家規模で拡大してしまったこと、そしてそういった国家的ムーブメントを、連合国側がナチスの独裁的支配によるものとして過剰に悪魔的なイメージを持たせたことにより、当のヒトラーたちの意思を超えてその存在が肥大化し、怪物と化してしまったものではないのかというのが、日本政府の仮説である。ヒトラーもナチスも大衆の不満や欲求を受け止める偶像でしかなく、彼等自身が何を考えているかなど、崇拝者には無関係なのである。偶像化してしまったヒトラーそしてナチスは言ってみれば現代の神話であり、ある種の宗教的価値を得るに至ったのである。そして怪物と化したヒトラーが死に、ナチスドイツが瓦解することで、彼らは「殉教者」となり、一種の宗教として完成したのではないか。

 この仮説を裏付けるため、日本政府は大衆運動とメディアの相関、そしていかにして政府がそれらを戦略的に支配すべきかについて研究を進めた。

 折しもそのころ、日米安保に伴う学生運動が過熱しており、日本政府はこの大衆運動を上記仮説を検証する一種の社会実験として利用した。学生たちの抗議運動(ほとんどの団体には日本政府の手のものがおり、その行動は事実上筒抜けであった)とそれを報じるメディア、政府の対応とそれに対する学生の反応、メディアの報道姿勢やそれに伴う世論の動向を細部にわたって分析・検討し、いかにして過激な大衆運動を世論の反発なく叩き潰すことができるのか、その命題の解決に政府は腐心した。結果として、権力者が力で押さえつけても運動は収束しなかったことから、日本政府は上記偶像仮説に基づく「偶像の破壊」により、事態の鎮静化を図った。つまり、学生団体同士での内ゲバや無関係の市民への破壊活動等を誘導することにより、大衆と偶像(学生運動)との繋がりを断つというものである。偶像は支持者による自己との同一視がなければ偶像たり得ない。仮に偶像が支持者の嫌悪する行為を行い、それがメディアにより日本全国津々浦々にまで流れてしまえば、大衆と偶像との一体感は消え失せ、後に残るのは、単なる少数の反社会勢力のみである。この計画は功を奏し、結果的に日本の学生運動は端から見れば自滅のような形で自然消滅し、日本国内における左派運動に暗い影を落とした。


 その後、日本政府は沖縄密約事件においても同様の手法を用いて国家間の密約に関する問題を単なる不倫騒動にまで貶めることに成功している。日本政府によるメディア監視と情報操作は現在も引き続き行われており、インフルエンサー(現代の「偶像」である)によるSNSの情報発信(老人問題や少年犯罪、イジメ問題など、大衆の関心を引くものが多い)とその拡散により、政府に有利な世論形成も行っている。

 こうしたメディア操作により今後起こりうることとしては、精神疾患を抱えた人々の合法的排除である。SNS上には、統合失調症など、精神的な疾患を抱えた人々のコミュニティが複数あるが、意図的に彼らの妄想を刺激するような書き込みを行い、公共施設等に破壊活動を行わせることで、世論の支持のもと、彼等の人権を大幅に制限しようとする動きが一部である。日本国内の精神科の病床は満杯の状況が続いており、政府としては手っ取り早く、手間と予算をかけずに彼等を排除したいという思惑がある。人権倫理上の問題から迂闊に動けない問題である分、政府としてはなんとしても世論を「そちら側」に持っていきたいのであろう。


 以上が、漁火計画の概要である。

 そして、ここに書かれている内容はすべて、虚偽(フェイク)である。

 計画内容そのものが虚偽であるが、その意図は大きく分けて二つある。


 一つは、防衛省内部における諸外国のスパイ活動に対する対策である。

 日本の情報セキュリティ対策は万全とは言えず、国防に係る秘密情報が過去何度も漏洩している。その対策として、防衛省内部で作成された偽の極秘文書、それが漁火計画である。お読みいただいた方には分かると思うが、その内容は散発的で取り留めもなく、どこか細切れの印象がある。それもそのはずで、この文書は細かく分割され、防衛省内の各部署にてそれぞれ保管されている。重要文書ゆえに、分散して保管するというのが名目上の理由。本当の目的は、漏洩した計画書の内容から、防衛省内のスパイを炙り出すためである。漁火(いさりび)という名前のとおり、本計画文書は諸外国のスパイを引き付け、罠にはめるための「誘蛾灯」なのである。


 もう一つは、兵器という概念の根本的転換である。

 漁火計画は虚偽であり、よってそこに立脚する神火計画も虚偽である。このような文書が作られた理由の一つとして、現代における戦略兵器に実在性は果たして必要なのか? という日本政府の疑問が挙げられる。水爆を含む核兵器は現在の人類が持ちうる最強の兵器ではあるが、一方でその非人道性のみならず、放射能による二次的、三次的な被害を出すことから、その使用は容易な判断では行えない。事実上「所持しているだけで周辺国に対し戦略的優位に立てる」状況なのだ。ならば、その抑止力たる戦略兵器が実在している必要などないのではないか、と日本政府は考えた。これにより、得体の知れない秘密のベールに包まれた虚偽の国防文書「漁火計画」「神火計画」が作成されることとなった。すなわち、フェイク情報を新たな戦略兵器とするのである。日本は被爆国であり、非核三原則をはじめとして核兵器に対する忌避感が極めて強いことから、核兵器の保有は極めて難しい。だがその一方で、国際的な核廃絶の動きは退潮し、中国や北朝鮮も核を保有する状況となった。そのような情勢下で、日本が取りうる国防を考えた際の解の一つが漁火計画と神火計画である。1つ目の理由で述べたとおり、本計画文書は他国への漏洩を想定して作成されている。つまり、日本が核兵器を超える秘密兵器や秘匿技術を保有しているという「虚偽の秘密情報」により、他国に圧力をかけることを最初から想定して作成されているのだ。スパイ活動で得られた文書であるため、諸外国は公にはできず、表立って日本を非難することはできない。外交の裏ルートで非難してきたとしても、虚偽情報であると突っぱねればいい。そして事実その通りの虚偽情報なのだから、日本政府としても痛い腹はない、という訳である。

 また、フェイク情報の戦略性を高めるため、本計画文書は、示唆的・断片的に歴史的事実の一部を織り交ぜて作成されている。これは、文書全体を完全なる虚構で構成するのではなく、一部真実を混ぜ込むことにより、真実と虚偽の境界を曖昧化するためである。真実と虚構の二者択一ではなく、曖昧性の領域に本文書を落とし込むことにより、否定も肯定も難しい「秘密文書」を作り上げたい、という思惑がここにある。


 ここに書かれていることはすべてフィクションである。決して騙されることの無きよう。


 耳障りの良い嘘が真実に勝る時代への警鐘として。

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 以上、「~」で括った内容が、患者である時田宗暢氏(仮名)が書き記した全文である。間違いが無いように繰り返すが、患者が書いた内容は全て妄想であり、現実に上記のような事件は発生していない。

 嘘が嘘であり、それすらも嘘という堂々巡りのような文書であるが、妄想症の一症例として記録すべきものと判断し、ここに記す。

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