第75話 引力
僕と深宙ちゃんは同じ学校にいて、まるで別の世界に生きているようだった。僕とは違い、彼女の持つ明るく温かい雰囲気とその魅力的な容姿には人を引き付ける力があった。
沢山の友達に囲まれる深宙ちゃんと、教室の片隅で小説を読む僕。学校、深宙ちゃんとの練習、学校、その繰り返しで僕の毎日が埋まっていく。心の奥にあるもやもやを沈めるように。
そんな最中、初めての中学の文化祭が迫っていた。深宙ちゃんはそこでギターを弾いてみたいと言っていたのだが、結局は参加申請をしなかった。僕と一緒が良いと言ってたのが主な理由かもしれないけど。
まだ......僕じゃ足りない。彼女の隣に並び立てるのは、もっとレベルの高いボーカルじゃないとダメだ。深宙ちゃんの力は最早プロのギタリストに近い。
もっとしっかりとした歌唱力で、彼女が輝けるように。
「春くん」
「ん?」
「話、聞いてた?」
下校中。考え事をし上の空の僕を彼女は咎める。焦った僕は色々な言い訳を考え、あたふたとしつつ、「ご、ごめん......」そう言って結局は頭を下げ謝罪した。
「だーかーらー、文化祭たのしみだねって」
「え、ああ......なんで?」
「だって初めてバンドの演奏がきけるんだよ?」
「......なるほど」
「反応うっす!!」
深宙ちゃん曰く、バンドの生演奏はすごいらしい。確かに僕と彼女は生まれてこの方、ベースやドラム、ギターボーカル等、しっかりとメンバーの揃ったバンドらしいバンドを見たことはなかった。
けど、よくWouTubeやブルーレイとかを鑑賞してるから、大体どんなものかは知っている。プロのアーティストではないけれど、あんな感じの演奏が目の前で行われる。ただそれだけだろ?
「やほー、深宙ちゃん」
通り過ぎようとしていたコンビニ。そこから現れたのは2つ上の先輩。通称アッキー。
「いやあ、偶然だねえ」
「......アッキー先輩。こんにちは」
深宙がニコリと愛想笑いをする。しかし彼はそれが取り繕いだということが理解できていないらしく、僕と深宙ちゃんの間に入り会話を続けようとする。
僕を居ないもののように押し退け、深宙ちゃんの横に立つ。
「あ、あの、あたしたち帰るんで。スミマセン」
「ああ、いいよいいよ、送ってくからさ〜。今度やるライブの事について話しようよ。音楽好きなんでしょ?」
文化祭でライブをやるバンドは3組。その中のひとつにアッキー先輩は所属している。ちなみにギターボーカル。
「え、えっと......」
「なんなら教えてやるよ、ギター。家どこ?近いのかな?」
「だ、だいじょーぶでーす。ギターなら間に合ってますから!」
一生懸命に断ろうとなんども試みている深宙ちゃん。しかしその努力も彼相手となれば無意味なもので、知ってか知らずか執拗に会話を続けようとする。
(......こわい)
僕はただただ怖かった。指の一つも動かせない程。
深宙ちゃんが言い寄られ困っているのに。
僕は、いつからこんなに......臆病になった。
「――あの、何をしてるのですか?」
後ろから声がして振り返る。そこには生徒会長の浅葱先輩がいた。
「なんだ、浅葱か。邪魔だよ邪魔、おまえ今じゃーま。消えろ」
「邪魔?そうですか?君のほうが邪魔しているように見えますが」
「はあ?んなことねーっての。なあ、深宙ちゃん?俺ら楽しくお話してただけだよなあ?」
僕がこのアッキー先輩の事をよく思っていないからか、その笑顔がとてもいやらしいものに見えた。
「あ、あはは、は」
乾いた深宙ちゃんの笑い。それを聞くだけで無力感に襲われ落ちる気持ちに情けなくなる。その時、浅葱先輩の眼鏡の奥の視線を感じた。
「......ふむ。なるほどな」
「おー、やっとわかってくれた?じゃ、さっさと帰れよ」
「あ、いえ、すみません。僕が彼女を追ってきたのは生徒会の仕事を頼んでいまして。なので彼女を君と一緒に帰らせる事はできないんですよ」
「はあ?ばか?生徒会の仕事なんざしるか。かえろーぜ、深宙ちゃん」
「ふむ。そうですか......それじゃあこの件は鬼沢先生に報告しなければなりませんね」
「お、鬼沢!!?」
アッキー先輩の顔が一瞬で青ざめた。それもそのはずで、鬼沢先生というのは『厳しさ』と『強さ』と言う言葉を擬人化したような男で、僕の学校で恐怖の象徴になっている人だ。
アッキー先輩はまえに学校で複数人の生徒と飲み会を密かに開き鬼沢先生に完膚無きまでに沈められた経験を持つ。その恐怖の記憶がいま蘇っているのかもしれない。
「あ、深宙ちゃん、わりい!塾いかなきゃだから!じゃ!」
驚くほど早く、まるで逃げる猫のようなスピードで遠くなるアッキー先輩の姿。
「うん、これでよし。すみません、彼が迷惑をかけてしまって」
「いえ......あ、ありがとうございます、浅葱先輩」
「ははっ、いえいえ。これでも生徒会長なんで」
......深宙ちゃんは手を伸ばせば触れるくらいの距離。けれど二人の雰囲気が、この間が無限に広がっているように感じさせる。
多分、僕はおよびではなく、こうして黙って二人の会話を邪魔しないのがベストな選択なのだろう。またジワリと負の感情が滲む。
「......君は、サトーくんでしたよね?」
急に呼ばれ、体がびくりと動く。
「は、はい」
「ひとつ良いことを教えてあげましょう。いや、悪いことかもしれないですが......」
「?、な、なんですか」
「さっきあのままだったら君は秋乃君を失っていましたよ」
「......え?」
見たくなくて目を逸らしていた。そんな物をふいに目の前に出される。そんな感覚だった。
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