第66話 play


 ――ざわめく、音ゲーコーナーの一画。


「すげえ」「うますぎるだろ」「......プロかよ」


 一階、アニムイトのフロアでほっぷんぽっぷんのコーナーを彷徨う夏希だったが、ようやく二階のゲーセンへとあがりドラムの達人をプレイし始めた。


 すると瞬く間に人が集まり、彼らが歓声を上げ始めた。スコアを重ね、モニターに映し出される『Excellent!』の弾幕。涼し気な顔で彼女はそのドラムスティックを音の先へと運ぶ。


(すごいな......夏希のドラム、始めてまともに見たけど......こんな風に演奏していたんだ)


 素人目でもわかる。恐ろしい程の底知れないテクニック。これは深宙が惚れ込むのもわかる。そしてゲームが終わり、フルコンプの派手な文字が大きく表示されていた。


「ふう、楽しかったぁ」


 夏希はドラムスティックを元の場所へ戻し、椅子から腰を上げつつ言った。


「お疲れ様」


「ありがと。なんかあれだよな、やっぱゲームのは音が軽いよな」


「そう?かなりリアルよりだと思うけどな」


「あー、まあ、リアル寄りではあるけど。てかゲームだし仕方ないところはあるか......春もやってみるか?」


「え、ぼ、僕?」


「案外、お前も楽しめるかもしれないぜ」


 そう言い彼女はニコッと笑う。まあ夏希のプレイしてる姿をみていたら、ちょっと興味は湧いてきた......けど、この状況でやれるほど肝が座っているわけもなく。あたりは夏希の神がかったスコアを眺めるギャラリーばかり。それを消してまでやる勇気は僕に無い。


「んー、また今度で......はは」


「ん。わかった。またのデートでな」


 そういえばデートなんだった。


「ほい」と彼女が手を出し「ん」と僕が繋ぐ。


 これは結構らしくなってきたんじゃないか?割と周囲から見てもそれっぽく見えているはず。そう思い僕は周りを何気なしに見渡す。するとわかったことが一つあった。


 あの、これ......多分他の人に僕が見えてないっすね。みんな夏希ばかりみている。男女関わらずどちらも、全ての視線を集める美女。


(......ここまでくると並んで歩くのが恥ずかしい、なんてもう思わないな。だって僕の存在消えてるし)


 でも、改めて見ると......この人、美人だよな。背の高い夏希。少しだけ見上げる形になる横どなりに彼女の笑顔が咲いている。喋らなければただの美人、喋れば口の悪い美人。


 けれどどちらもカッコいい美人。


 眺めながら歩いていると、「おいっ」と言って突然夏希が体当たりしてきた。「うおっ」と軽くよろける僕。


「びっくりした。突然どーしたの」


「いや、おまえまた......何こっち見てんだよ」


「あ、ごめん」


「恥ずかしいからあんまじろじろこっち見るなよ」


 確かに顔をじろじろ見られるのは恥ずかしいよな。前に一度、深宙が僕の顔を携帯で撮ろうとした事があった。その時に感じた強烈な視線。あれは中々の恥ずかしさだった。


(......なるほど、今の夏希はあのときの僕と同じ思いをしているわけか)


 だがしかし、と僕は思う。これってカップルの練習でしょ?じゃあ照れてちゃダメなんじゃね?


「夏希はさ」


「ん?」


「カップルって見たことあるの」


「?......あるけど?」


「どんなだった?夏希がみたそのカップルは」


「どんなって......そりゃ、くっついて仲良さげにいちゃいちゃと......いちゃいちゃと!!?」


 彼女が答えにたどり着いだ。


「そう、世のカップルと言うのは見つめ合うだとかでは恥ずかしがらない......どころか、そうして大衆の前ですら、まるで見せつけるかのようにいちゃいちゃするんだよ!」


「......」


 ゴクリと夏希の唾を飲む音がした。


「つ、つまり、俺達もそうならねば......って事か?」


「いや、そこまでする必要は無いかもしれない。けれどカップルとしてのクオリティは確実に上がるんじゃないだろうか......」


 夏希が黙り込み、顎に手を当て考え始めた。そして僕もふと我に返る。「あ、これあおってるけどやるの僕もなんだ」と。やべえ、という焦りが急速にせり上がってくる。


 それと同じように夏希の顔も赤く染まってくる。多分それを想像しているのだろう。目が潤んでる。


(......頼む、断ってくれ)


 手を繋いだだけでかなりの前進だろ。僕が悪かった。調子乗った発言してごめんなさい。


「......あー、いやでもさぁ」


 よし!でもさぁ、ってことは拒否の流れ!!そうだ夏希は嫌なことはちゃんと断れる子だもんな!!


「いや、けど......まてよ」


 待つなよ!!なんでだよ!!


「......」


 真剣な眼差しで再び考え込んでしまう夏希さん。その表情は先程よりも恥ずかしさの色合いが無く、何処か辛そうだった。......僕のせいでめっちゃくちゃ悩ませてるな。


 てか、こんな事を迫って受け身で待つとか卑怯の極みだよな。


「夏希、ごめん。やめとこう」


「へ?」


 目を丸くする夏希。


「いや、やり過ぎかもってさ。手を繋ぐだけでもそれっぽく見えるよ」


「あ、ああ」


 なぜかしゅんとしている彼女。多分僕のせいで悩み疲れたんだと思う。ほんとにごめん。


「まあ、練習一回目だしな。焦る必要はねえか」


 ニッといつもの笑顔を見せる夏希。


「うん」


「今日も夕方から練習あるし。そろそろ飯食って帰るか」


「だね。何食べる?」


「ラーメンでいんじゃね?」


 こうして僕と夏希の練習デートが終わった。てか一回目って、これ一回目なんだ。二回目あるんだね。


 ちなみに手を繋ぐのが自然と出来るようになったのがクセになり、夕方の練習終わり。ふつーに夏希と手を繋ぎ、深宙と冬花にギョッとされてしまった。




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