第53話 すげえな
「はっはっは!」と勝ち誇るような刹那の高笑い。何がそんなに楽しいんだろう。というか、おにーちゃんにつきまとうのって普通なのかな。今どきの妹はみんなこんな感じなの?もうおにーちゃんよくわかんない。
「えっと、それじゃあ刹那。冷凍庫のカリカリくんやるから出てってもらえるかな」
「え?カリカリくんくれるの?」
ん?
「いやお前の狙いはカリカリくんクリームチーズ味じゃ......違うのか?」
「おいおい、人を食いしん坊みたいにいうなよ、おにーちゃん」
いや食いしん坊だろ!
「まあくれると言うなら食べるけどもね」
いや食いしん坊だろ!?
「え、それじゃお前の本命は?さっき言ってた願いって......?」
「それはね、おにーちゃんにしか出来ない事だよ!」
「?、なに?」
「弾き語り!」
にんまりと笑みを見せる刹那。
「あ、ちょっとアイス食べながら聴くから......待っててねー!」
ぴゅーっと部屋を出ていく刹那。いや弾き語りやるとは言っとらんぞ。......って、降参したからしないと駄目なのか。あれ?アイス......ナチュラルに盗られてね?天才かよ。
「たでまー!さあさあ、ベッドにでも座ってさ。聴かせておくれよ、おにーちゃん!」
まるで自分の部屋のようにいいやがるな。
「......リクエストは?」
「んーとね、あれがいいなあ。ほら、お母さんとお父さんが好きな......昆虫の名前が曲名のやつ!」
ああ、あれか。
「わかった」
――♪
曲の前奏。メロディが流れ出す。
父さんがカラオケでよく歌ってた曲。女性ボーカルなのにフツーに高い部分も出てたよな、父さん。
(......母さんが、父さんの歌う曲で一番好きな歌)
そういえば、父さんは地声は低いんだよな。けど上手く裏声を混ぜててすごく綺麗に歌えてた。高音部は空に高く突き抜けるようなファルセット。
僕は声の質的にファルセットを使わなくても出るけど。......けど、イメージ的には柔らかな高音が合う、か?
ギターの波がサビへむかって波打つ。
「――♫♪」
刹那から小さく「わぁ」と声が漏れた。もしかしたら父さんの歌い方に似ていたからかもしれない。ずっと聴いてきた感覚に重なり、しっくりくるというか。
けど、僕はそれだけじゃない、核心が見えた気がした。
(......そうか。高い音が出るから出す......そうじゃ無くて)
確かに迫力は大事だ。ロックバンドなんだからそれは重要。けど、それだけじゃダメなんだ。もっと多彩に繊細に曲のイメージを拡げる。そこに適した歌い方をする。
父さんのように柔軟に、曲の良さを引き立てる......そんな歌い方を。
今思えば伊織の巧さも曲に対する理解を異様なレベルの表現力によって歌唱力の質を上げていたように感じる。
柔らかく、舞うような。
――♫♪
「っと、こんな感じか?」
「わあー!すごいすごい!やっぱりおにーちゃんすごーい!」
ぐっ。なんか妹に褒められると妙な恥ずかしさが。
けど、また一つの気づきを得た。僕には成長の余地がまだある。刹那がリクエストしてくれた曲を歌うことで、父さんの歌を追うことでそのテクニックを理解することができた......この収穫はデカい。
「えーと、それじゃあねえ。次は〜」
「!?、まだやるの!?」
「はは、誰も一曲だけとはいっとらんもんね!」
「......いい性格してるな」
「えへへ、よく言われる!」
誰に?
「んで、何歌うの」
「お次はあれだね、恋の歌!」
「恋の歌って、それもあれか父さんが歌ってたやつか」
「うん!お母さんの好きなやつだよ」
「曲名そんなんじゃないよな」
「でもお母さんも「恋の歌、歌ってー!」ってお父さんにいっとるし」
「あー、ね」
ギターを鳴らし、曲を始める。結構歌のキーは低かったはずだ。けど僕にそれを調節できる程の演奏力は無い。だから原曲キーで歌う。
(さっきの女性キーと違ってかなり低い。選曲の高低差がすごいな......父さんはどう歌ってたっけ。って、地声が低かったから普通に歌ってたなそういや)
あれ、でもこの曲......母さんも歌ってたことあるような。女性が歌うには低すぎるこの歌。どんな感じで歌ってた?
声の出し方は......どんなだった?
――深い海に潜るよう、目を凝らし探す音の光。
そこにあるのは数あるありきたりの恋愛の歌詞だが、それだけに真っ直ぐに力強く輝く「想いの込められた詞」があった。
(......そうだ。多分、テクニックに頼りすぎるのもダメなんだ......必要なのはバランス。技術と想いの)
歌詞を汲み取れ。そこに込められた想いを、今ある技術で表現しろ。
僕にとっては数ある歌唱のひとつ、だけど......こうして聴いてくれてる刹那や観客にとっては違う。それはその場限りの大切な一曲なんだ。
(心を込めろ、熱くなりすぎるな、世界をなぞれ)
大切なのは、人の心に届ける事。
技術や理解、熱や思考はそこに至るためのモノでしかない。
(そういうことだろ、伊織?)
――脳裏で彼女がニヤリと笑った気がした。
歌が終わる頃、妹に視線を戻すと彼女は無言で聴き入っていた。くちをあけ、食べかけのアイスがとけている事にも気が付かず。
「......おにーちゃんすげえな、ほんとに」
「ありがとう。てか、床にこぼしたアイス......拭いて帰れよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます