第43話 好戦的
「まあ、プロで活躍するあなた達ならそうだろうさ。......けど、僕の居場所はそこじゃない」
「......!」
敵意を向けられた伊織の表情が変わる。
「で、あれば......こちらも考えがあるわよ」
「考え......?」
「今まで動画に使用した楽曲の使用料を払って貰うわ!」
「......フッ」
僕は鼻で笑った。何故かって?詰んだからね。笑うしか無いってやつ。
「あの、それはちょっと......どうにかなりませんか?」
「どうにかなるのであればこんな話はしないわね!」
ぐぬぬぬ、ぬ。
「と、まあ言いたいところなのだけど、無理矢理に来てもらっても良い仕事はできないわ。だから、あなたをウチにきたくなるようにする」
「それは無いよ。絶対」
すると彼女はデンモクを使い曲を入れた。流れ出す彼女ら【神域ノ女神】の曲。
そして――
『――♫♪♫』
(――なっ)
歌い出した。最初のワンフレーズで理解した。この曲の核心、これが何を表現しどういう想いを込めた歌なのかが。
(......これがホンモノか。表現力が......情景が浮かぶ程の)
「って、感じ。これがしっかりとしたボイトレ、技術を身に着けた結果よ」
確かに凄い。これが伊織の本気......。
「でもこれは完全じゃない」
「え?」
「あなた達もそうであるように、わたしたちもそう。四人で100%の力が発揮できるわ」
「......!」
ライトが伊織の影を大きくする。僕はその影に呑まれ、彼女の瞳が妖しく揺らめいた気がした。
「今度、わたしたち【神域ノ女神】は自社が企画するサマーフェスティバルに出る」
サマーフェスティバル......毎年やってるあのデカいイベントか!
「あなたたちも来なさい。そこでホンモノを魅せてあげる。あなたはきっと......いえ、必ず。こちら側に来たくなるわ」
有無を言わせない気迫と自信。彼女の歌唱力ちからを目の当たりにし何も言えなくなる。
「そして」
「?」
「もしその勇気があるなら、サマーフェスティバルにあなた達の出演枠を用意するわ」
「は!?」
「そこでわたしたちに完璧に敗れれば、もう思い残すことなく古巣を去れるでしょう?」
......ま、マジで言ってるか、この人。多くが観ているその場で僕らに引導を渡してやるって、そう言っているのか。
けど、このレベルの奴が他に三人も......。
――コンコン
「?」「......?」
部屋の扉がノックされ、見る。するとそこには人影があった。
「失礼しまーす」
「え、あ......深宙!?」
それに、深宙だけじゃない。冬花と夏希も入ってきた。
「店長さんに聞いた。春くんが連れ込まれたって」
伊織が不敵に笑みを浮かべた。
「あなた、ギターの。それにベース、ドラム......勢ぞろいね。もしかして、今の話聞いてたのかしら?」
「......勿論です。随分好き勝手いってくれてましたね」
冬花が睨みつけた。そして夏希がいう。
「お前こそ俺らの力をみくびってんじゃねえぞ。ライブ、生で聴いたことねえだろーが」
伊織は頷いた。
「そうね。だから、生で......ライブで聴かせてちょうだい。その舞台を整えてあげるから」
彼女らは、プロの世界で生き抜いてきた。それもその技術を売りにして、だ。これはそう、勝てない勝負......首を落としてやるから処刑台ギロチンに来いと言っているようなモノだ。
しかしその時、深宙が口を開く。
「その提案、乗るわ」
「......!」
伊織がニヤリと好戦的な表情になる。
「あたし達をそのサマーフェスティバルに出させてちょうだい」
「後悔、しないかしら?」
「どうして?」
「それがあなた達の最後を飾るライブになるかもしれないのよ?怖くないの?」
深宙は首を傾げた。
「最後になんてならないわよ。だって、勝つのはあたし達だもの」
「!!」
「ははっ、イイネ。言うじゃねえか秋乃。そーだよ、誰が誰に負けるって?」
「......そんなの決まってます。【神域ノ女神】《あの人達》が、【無名のバンド】《私達》に負けるんです......」
冬花が伊織に指をさす。
「フッ、フフ......嗚呼、良いわね。サイコー。あなた達を動画で見たときから、素敵な獲物になると思っていたわ......!」
めっちゃ嬉しそう。何この人、もしかして戦闘狂的なあれか......?
「では決まりね」
バチバチと火花が見えそうな視線のぶつかり合い。伊織は僕らの横を通り部屋を出ていこうとした。その時。
とててて、と僕のところに駆け寄ってきた。
「あ、これカラオケの代金。お釣りは要らないわ」
そういって五千円くれた。マジでか。
「それと誰か連絡先教えてくれないかしら。日程組むのに連絡したいんだけど」
「あ、じゃああたしの携帯で」
「わかったわ。これからはあなたとやりとりするわね」
ううむ。しっかりしてるな。ただの狂戦士バーサーカーかと思いきや常識がある。もしかしてこういうところも愛着もたれるポイントだったりするのか?
「これでよし、と。ありがとね、深宙さん」
「あ、いえ、こちらこそ」
「では、その日を楽しみにしているが良いわ!ククク......!」
にたりと悪い笑みをみせ、伊織は部屋を後にした。
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