第42話 居場所



 ――僕は振り返らず、紅さんの手を取り走り出した。


「ふぇ!?ちょ、まっ」


 困惑する紅さん。しかしこの場から一刻も早く立ち去らなければあっと言う間に包囲網を敷かれ逃げ道を消される。


「ごめん騒ぎになるから!場所を変えよう!」


「あ......は、はう、ぃ」


 なんて?とにかく逃げないと!


 そうして僕と紅さんは近くのカラオケ店の一室へ逃げ込んだ。そこは僕と深宙のいきつけのカラオケ店。紅さんの姿を見たとき店長さんがギョッと驚いた顔をしたが、事情をさっしてくれて部屋へ通してくれた。


「ごめんなさい。けど、騒ぎが収まるまでここで隠れていよう......」


「あ、はい」


 と、その時気がつく。僕が彼女の手を握りっぱなしだということに。


「っと!すみません!」


 バッと手を離す僕。


「!......別に大丈夫よ!元はと言えばわたしが原因だものね!こちらこそごめんなさい!」


 素直!


「ありがとうございます。えっと、それで話って」


「ん?ああ、そうそう。話ね!というかあなた歳いくつ?わたしとそれほど変わらない気がするんだけど。敬語いらないわよ」


「あ、了解っす......いや、了解」


 うんうんと満足げに頷く。


(急いでいたからまともに見てなかったけど......やっぱりこのビジュアルは)


 ――帽子の中から現れた、聖なるオーラを宿しているような美しい黄金の髪。さらさらと流れるそれは流動的な川のように肩に掛かり煌めく。


 スッと通る鼻と柔らかそうな紅の唇。瞳は宝石のようで碧に輝き、ビジュアル面でも人気の高い【神域ノ女神】でも一番ファンが多い理由が理解できた。


 まあ深宙のが綺麗だし可愛いけどね!


「そうそう。話というのはね、これよ」


「?」


 そういうと彼女はカラオケのデンモクを操作し始めた。ピピピピと曲の入力が済み、マイクを手渡してきた紅さん。


「あの、え?紅さん?」


「紅さんじゃないわ!伊織と呼びなさい」


「ええっ」


 曲のイントロが始まり、僕は気がつく。あれ、この曲......まさか。そして画面を見た僕は理解した。


(......僕らがあげたカバー曲だ)


 数日前、彼女ら【神域ノ女神】の曲である【一時の幻】をカバーし動画を投稿した。これはあてつけか、もしくは牽制か......勝手に楽曲を使うなよって事を言いたいんだろうな。


 彼女を見ると満面の笑顔で『歌え』と手のひらを差し出した。


『――♫♪』


 ここで断り機嫌を損ねるわけにもいかない。とりあえず彼女の望むままに。


 そうして僕らがアップした三曲を全て歌い終え、曲が終了した。


「ブラボー!ブラボーよ春美!」


「いや誰だよ!!」


 あ、つい突っ込んじゃった。


「あ、え?えっと......春美って?」


「春美がいやであれば春子でも良いわ!もしくは全く別の名前でも良い......そうね、春の花。アイリスちゃんとかどうかしらね」


「な、何がなんだかわからない」


「ん?ああ、ごめんなさい。わたし、いつも思考が暴走しがちでね。わかるようにイチから説明するわね」


「......うん」


 ああ、自覚のあるタイプの狂人か。となんとも失礼な事を思っていると彼女は話しだした。


「また脱線してもあれだから、結論から言うけど。わたしはあなたを引き抜きに来たのよ!」


 意味不明。引き抜きって、引き抜き?


「......誰を引き抜くの?」


「あら聞こえがわるいのね、アイリス」


「いや聞こえとるわ!聞こえた上で聞いてるんだわ!」


 ダメだ、突っ込んじゃう。


「......僕、見ての通り男だぞ?」


「そうね。けれど、歌を聴き直接会ったことで確信したわ。女性よりも美しい高音、中性的歌声、そして整った顔立ち。あなたは最高の美少女になれる......!」


 ど、どういう意味だ?


「もう理解できたわね?」


 出来ないよ!?


「あなたはわたし達、【神域ノ女神】のひとりになるのよ!あなたは5人目の歌姫!!」


 えええ、ええ、え?マジ困惑。どういう事......。



「いや、どう考えても無理でしょ......あ、冗談?」


「いいえ。それが冗談でもないのよ。これはわたしたち【神域ノ女神】で決まった事なの」


「マジで......男をメンバーに入れるなんて、荒れるでしょ。危険過ぎるだろ」


「確かに危険ね。わたしたちはアイドル的側面での人気が高いグループでもあるし、メンバーの一人が男だとバレた時は完璧に終わるわ」


「ええ。じゃあなんで......」


「そのリスクをとっても良いほどの価値があるのよ。あなたの歌声には。気がついて無いかもしれないけど、あなたの歌唱力はわたしたち四人と遜色ない......それどころか見ようによっては勝っている程だわ」


「そんなわけないでしょ」


「あるから、わたしが来たのよ」


 いや、でも。仮にそうだとしても......僕にはバンドが。深宙や冬花、夏希がいる。


「......もしかしてあなたのバンドを気にしているの?」


「まあ」


「確かに彼女達も相当な技術を身に着けているわね。でも正直レベルがあってない」


「......レベルが?」


 頷く伊織。


「あなたの歌声を活かしきれていないのよ」


 彼女は続ける。


「そうね。一般的な上手いとされる演奏レベルをBとした時......まずギターの子、彼女はSあたりかしら。それとドラムもS、ベースの子はまあギリSSかしらね。......そんな中、アイリスだけがSSSレベル。あなたの歌唱力が余りにも飛び抜けてるから、噛み合わないところがある」


「......」


「あなたを活かせる場所はそこではないわ」



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