第32話 大丈夫



「......んー。はは、赤名、大丈夫かよ」


 夏希は少し引き気味に笑った。確かにこれはちょっと見ていられない、痛々しい空気。


 どんどんと減っていく観客。がらがらになりつつある会場を目の当たりにし、赤名の精神状態は危うくなる。


 ギターもボロボロ、声も上ずり音程もとれていない。他の楽器の音が無いため誤魔化しが効かず、その未熟な実力が露呈してしまっていた。


『――、あ、えっと......♫♪』


「ぐだぐだ」「ひっでえなこれは」「これでよく大口叩けたな、はは」「これ俺のが上手いかもなぁ」「確かに」


 残った観客はおそらく赤名にヤジを入れ楽しむのが目的っぽそうだ。まさか自分がいじられ遊ばれる側になるだなんて、赤名は思いもしなかったんじゃないか。


 自業自得って奴か。事情は知らないけど、バンドメンバーが皆帰ってしまった理由もそんな所にある気がする。


 てか、赤名ファンの女子すらいなくなってるし。


「ま、これにて終了だな。赤名の演奏聴いてるのもあれだし、帰ろうぜ」


「......あれ、でも片付けはしないんです?」


「運営の人がやってくれるみたいだよ」


「ねえ、春くん」


「ん?」


「皆で記念撮影しよー」


「記念撮影か。イイねどこで撮る?」


「そりゃお前のクラスのあれだろ。午前中は時間なくていけなかったしな」


「......撮影用のスタジオなんですよね、春ちゃん」


「あー、うん。そう。よし、それじゃ行こうか」


 赤名が来ないうちに。


 そして一旦持ち物を取りに控室へ戻ろうとした時だった。体育館から出た直後。


「あ、あの!」「うわぁ、カッコいい」


 目の前に飛び出してきた二人の女子生徒。


「サトーさん?私、感動しました!」「歌声すごかった!」


「え、え?......えっと、あ、あはは、ありがとう」


 突然の事にテンパる僕。はっっず!!顔赤くないか僕。


 なんだ?何がおきてる?と、彼女らの後ろがかすかに目に入った。その異様な光景に僕は二度見した。


 大体20人くらいだろうか。人が廊下に溜まっていたのだ。


(な、なんだこれ!?この人集りなに!?これからまだなんかあるのか!?)


「あの、あの!サイン、貰ってもいいですか?」「あたしも!それと連絡先も」


 深宙が口を開いた。


「ごめんなさい、連絡先はダメなんだ。サインだけでいいかな?」


 深宙ガード。早かったな今の。


「あー、やっぱり」「ですよねえ」


 しゅんとする女子二人。


「じゃあサインお願いします!」「します!」


「え、っと、ぼ、僕ので良い?」


 戸惑う僕に夏希がいう。


「『僕ので良い?』じゃなくて、『春のが良い』んだろ。胸張って書いてやれよ、春」


「......うん!」


 ペンを握る僕。しかし筆が進まない。


 いや、サインってどうかくの?


「......あの、ふつーに名前書いてもいいと思いますよ、春ちゃん」


「うんうん、あたしもそれで大丈夫だと思うよ」


「あ、そかそか。気軽にかけよ」


「......わかった」


 僕はフツーに名前を書いた。ただのペンで書かれた僕の名前。けど、貰った二人の女子生徒はとても喜んでくれて、その笑顔が暖かかった。


 本当の意味で存在を許されたような、うまく言えないけど。大きな物を逆に貰ったような感じがした。


「応援してます!」「あたしも!」


「うん、頑張るね」


 二人の対応が終わり控室に向かおうとすると、彼女らの後ろからまた人が押し寄せてきた。


「あ、あの、自分にもサインいっすか」「毎日どのくらい練習してるんですか」「ギター上手いですね」「迫力あるベースでした!すごかったあ」「地声、そこまで高く無いんですね。すごいなあ」「ドラムカッコ良かった!」


(......え。まさか、後ろにいた人達って)


 そのまさかだった。全員がバンドメンバーと話がしたかったりサインを貰いたい人達だった。要するにファンだそうだ。


 僕は初めての事だったから、いっぱいいっぱいだったが、深宙はモデルの仕事でなれているようで、夏希は度胸があるから全然物怖じしない。


 ぎゅ。


 袖が引かれる。僕はそれを外し、手を握る。怖くない怖くないと、優しく伝えるように。気持ちが伝わったようで、冬花が握り返してきた。


(......けど、これは記念撮影むずかしそうだな)


 意図しなかった事だけど、初めてのファンとの交流。大切にしていかないと。





 ◇◆◇◆◇◆




 ......嘘だ。これ、夢だろ。


『......あ、ありがとう、ござ』


 最早残っているのは運営の係だけ。客が一人も居なくなってしまった。


 ......だ、だめだ。くる、うっ。


 ぽたぽた、と壇上に黒い跡が落ちる。この俺が、なぜこんな......惨めに、辛い思いをしなきゃならないんだ。


 姫前は......俺が悲しい時もつらい時も優しく頭を撫でてくれた、あいつは......。


 体育館を見渡してもその姿は見つからない。


 どこに......いったんだ。はやく抱きしめてほしいんだ。俺はお前しか居ないから。



 俺は携帯を見た。メッセージがとてつもない量きていた。



『いやあすごかったなライブw』『さっすが赤名だな?』『いやあいいもんみせてもらったわあww』『泣くなよ。絶対、泣くなよ?ぷっ』『いやあ、目え覚めたわ。おつかれ』『これが墓穴を掘るということですか。勉強なります』


『もう話しかけんなよ』『おまえよりサトーのが歌うめえってサイッコーのギャグだなこれww』『サトーにあやまろ?歌、教えてもらお?』『ばーか』『えらっそうにすんなよ二度と』


『面白かったよ』『良い感じに下手だったね』『もうボーカルやめたら』『大丈夫、皆好きだよ。お前の面白い所』『ユーモア爆発』『事故って怖いね』『久々に笑わせてもらった』




 ......う、嘘だ。



 みんな、なんで。




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