第11話 それは駄目


 ――月曜日。いつものようにイヤホンで曲を聴きながら通学路を歩く。コンビニなんかの店を通り過ぎるたび、目に入る夏祭りの張り紙。


 去年もその前も、そういうイベント事は特に意識してなかった。ずっと深宙と年がら年中、歌とギターの練習をし遊んでいたから。


(......一応、恋人どうしな訳だし......あ、いや。でも夏祭りなんか行ってクラスメイトに見つかったらヤバいか)


 って、なんで行ける前提で話を考えてるんだ、僕は。ダメだよ。期待なんかするな......期待すればするだけ外れたときの痛みはより大きなものになる。


 それに今はバンドあるんだ。練習するに決まってるだろ。


「お、やっほー、サトーちゃん。元気かあ?」


 校門前、見たくない顔があった。


「......おはよう」


 ペシッと頭を叩く赤名修義。


「声が小さーいっ!!ははっ」


 くすくす、と周囲通りすがる生徒達が僕を笑う。


「なあなあ、サトー。良いこと教えてやるよ!お前、三年の八種やぐさ 鳴子なるこって女知ってるだろ?」


 八種鳴子。この学校で人気のある女子。彼女も確か軽音楽部にいたような......確か、キーボードで。彼女がどうしたんだろう。


「なんと!!この度、俺と鳴子が付き合うことになりましたーっ!!」


 肩に乗せた肘と頭に乗せる手のひら。ぺしぺしと僕の頭を叩く。振り払えば怒りを買いそうで、下手に動けない。


「どーよ、最強のカップルだと思わねえ?おまえが休日を無駄に無意味に消費してる間に俺は鳴子を食ったんだぜ?お前もこうやって人生楽しまなきゃダメよ?ダーメっ」


「うん、そうだね」


 とりあえず適当に同意して、早めの解放を狙う。けれど気分が乗ってきた彼はまだ僕を離してはくれない。


「おまえさあ、そんなんじゃ彼女なんて一生できねえぞ。まあ、何したところで出来やしねえだろうけどな。......俺の女友だち紹介してやろうか?あ、無理だわ、こんな陰キャ......すまねえ、陽キャの王である俺ですら救えねえよ、お前の陰気な性格は。しくしく」


 泣き真似をしながら僕の肩から腕をどく。やっと満足したかと、そう思い胸をなでおろした時。


「......あ、そーだ。こんど学祭あるだろ?お前、個人の出し物でろよ」


「え?」


「あれ俺ら軽音楽部も出るんだわ。お前、その引き立て役。頼むぜ」


「ひ、引き立てやく......?」


「ああ。前座ってやつだよ。なんでもいいぜ?ギターでも歌でも、リコーダーとかウケんじゃね?ははっ」


 む、無理だ。そんな黒歴史つくりたくない。学際の出し物なんて絶対に記録映像が残る。そんなの、嫌だ。


「サトー。お前、逃げんなよ?逃げたら、どうなるかわかってるよな?」


 赤名は笑顔を浮かべていたが、その目は笑ってはいなかった。多分、断れば本気で制裁される。


(......どうしよう)




 ――キーンコーンカーンコーン



 鐘の音が鳴る。


 席につき、授業が始まっても先生の言葉が頭に入ってこない。こういう時の時間の流れは早いもので、あっという間に放課後になってしまった。


 これから練習があるというのに、学祭の事で頭がいっぱいだ。今朝の赤名の言葉がぐるぐると呪いの言葉のように頭の中を回る。


(......あ、行かなきゃ)


「えーっ、サインお願いできるかな!?」「てかなんでいんだろー?」「彼氏でもいたりして!?」「いやいや、ウチの男子みんな芋ばっかじゃん!ないない」「だよねー!あははは!」


 下校したはずの女子が教室に戻ってきた。


(なんの話してるんだ?)


 しかし戻ってきたのは彼女らだけではなく、部活に行ったであろう生徒達も帰ってきた。


「はじめて生でみたわ!あれはヤバい!」「顔めっちゃ小さいな〜」「つか、なんで人気モデルがこんなとこいんだよ!?」「いや知らねえ!けどサインもらおうぜ」「友達でもいんのかな」


 テンション高すぎだろ。てか、モデル?


「サトー、お前も見とけよ!一生縁のない人間だぞ!見とくだけ見とけ!」


「!?」


 ぐいっと腕を引かれ、窓際へ連れて行かれる。いや、そんなの見てる場合じゃない。これから皆とバンド練習しないといけないのに。


 無理やり顔を向けられた校門。そこには人だかりができていて、なにやら盛り上がっていた。


(......あ、赤名もいる)


 デレデレと鼻の下を伸ばし一生懸命何かを話している。


(? 相手は誰だ?)


 その相手は、すぐにこちらに気がついた。そして目が合うと、満面の笑みを浮かべ、小さく手を振る。


 僕を窓際まで連れてきた男子が動じた。


「な、なんで、手を振ってるぞ!?誰にだっ!?」


「え、え、誰に!?」


「深宙ちゃんが誰かに手を振ってる!」


「可愛いい!!」「きゃーっ!」


 み、みみ、深宙ーっ!?なんでいるんだーっ!?


 赤名がきょろきょろと深宙が手を振った相手を捜している。バッと窓下の陰に引っ込む僕。


「あ、なんだ?もしかして、お前......」


 ヤバい!!バレたか!?


「深宙ちゃんの美しさに気圧されちまったのか?わかるぜ。俺もさっき腰抜かしかけちまったからな」


 セーフ!!


「なんで隠れてるの?春くん」


「え?」


 上を見るとこちらを覗き込んでいる深宙がいた。


 アウトオオオ!!


 どよめく教室。窓の外の生徒達も同様に、その騒ぎに駆けつけた教師達も困惑している。「あれは佐藤」「なぜ、佐藤が!?」「どういう関係なんでしょうかね?」と、こちらの様子を伺う。いや、止めろよ!騒ぎを収めよーよ!先生方!


「え、えっと......」


 動揺する僕を見て、深宙は頭上に「?」を浮かべ首を傾げる。そして、ふんわりと微笑む。


「迎えに来たよ。春くん。えへへ」


「あ、あ、ありがとう......」


 どよめきが更に大きくなる。


「春くん!?」「あ?春って誰よ?」「いやいやそこのサトーのことでしょ」「はあああ!?なんであの陰キャ!?」「やべー深宙ちゃんの笑顔可愛すぎる」「ど、どうしてサトーが深宙ちゃんと......」「いやサトーに深宙ちゃんを紹介してもらうという手も」「なんて麗しい人なのだ!!」「いいなあ、いいなあ、サトー!なんであんな美女と」


 やばい、吐きそう!目立ちたくないのにっ!!よろよろと立ち上がる僕。


「だ、大丈夫?春くん」


「......う、うん」


 その時、僕の額に深宙が手のひらを当てた。静寂に包まれる。


「......熱は、ないみたいね」


「――!!!」


 もう何がなんだかわからない。周囲が騒ぎ立て誰が何を言ってるかわからない。誰かに話しかけられたような気もするがいっぱいいっぱいな僕に対応する力は無かった。


 そうしてようやく帰路についた僕と深宙。緊張で身体が重い。


 心配そうな深宙。


「そっか、そうだよね」


「......ん?」


「迷惑かけちゃったね。ごめん」


「いや、大丈夫。でもどうして僕の学校に?」


「だ、だって」


 深宙の視線が泳ぐ。


「早く会いたかったんだもん」


 その一言が全てだった。そうだよね、もっと一緒に居たいよね。いつも気丈に振る舞って、しっかり者のイメージがある深宙だけど、二人きりの時は必ず甘えてきてた。


 昔から知っていた事なのに。本当の彼女は寂しがりで甘えたがりなんだ。


「――おい、サトー」


 ......この声。振り向けば予想通りの男がいた。


「一緒に帰ろうぜ。三人でさ」


 落ちる夕陽に伸びる、彼の影が僕ら二人を包んだ。


「バンドの、練習はどうしたの......?」


「今日は無いんだよ。休みなんだ。察し悪いぞ、サトー」


 と、僕の頭を軽く叩いた。その瞬間小声で「は?」と聞こえたのは気の所為ではないだろう。ちらりと目の端に映った深宙の笑顔。笑っているように見えるが、これはキレてる時の笑みだ。


 なんども喧嘩をした僕にはわかる。これは完全にキレてる。


「......あなた、さっきの」


「あ、俺?そーそー!こいつのクラスメイトなんだよ。赤名修義って言います。今度はちゃんと名前覚えてね?つーかさ、深宙ちゃんはサトーのなんなの?友達?あ、従兄弟とか?」


「あたしは、春くんの......ちょ、えっ?」


 へらへらと深宙との距離を詰める赤名。こいつは狙った女子にはすぐにスキンシップを図る。そして深宙には初めての経験なのだろう、唐突に近づいてくる男に動揺し、笑顔が引きつる。


「その背中のギター?深宙ちゃんもバンドするんだね。へえー、一緒にセッションしたいなあ!」


「......!?」


 深宙の背負うギターケースに手が伸びる。彼女は身構えた。が、赤名の狙いはギターではなかった。すうっと深宙の頭に手が向かう。


「――あ、深宙ちゃん。頭にゴミついてるよ」


 赤名の手のひらが、深宙の頭を撫でる――



「あ?」




 ――直前。僕は赤名の手首を掴み止めた。



「おいおい、お前......どういうつもりだ?」


 睨みつける赤名。けれど、それだけは我慢ならない。


「深宙だけは、ダメだ」


 初めてかもしれない。彼の怒りに満ちた目を見るのは。今にも殴りかかってきそうな雰囲気。けれど、僕は構わない。


 深宙に触れられるくらいなら、殴られた方がマシだ。


 バッと僕の手を振り払う赤名。


「ははっ、なーに言っちゃってんだよ。ゴミ取ろうとしただけだっつーの!マジになんなよ」


 深宙が怯えてる。ナンパに合うことは沢山あったけど、これほど露骨に体を触ろうとしてくる奴は初めてだったんだろう。


「そっか。それじゃあ、僕ら急ぐから......さよなら、赤名くん」


「おー、またなあ。サトー。深宙ちゃんもまたね〜」


 ひらひらと手を振る赤名。その笑みが怪しく映り、一抹の不安を覚えながらも僕らは彼と別れる。



「......例の約束、守れよサトー」



 怒気を孕む声を背に受けた。





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