第9話 嘘
「――......はっ、もしやブラフ《ハッタリ》!?」
有栖さんが一つの可能性に行き着いた。
「ブラフ!?嘘って事か!......でも確かに「あたし彼氏はつくらないよ〜」って言ってたからな、秋乃は」
「ですです」
「いや、嘘じゃないし!彼氏つくらないって言ったのは春くんいるからだし!」
そう深宙がいうと、二人から舌打ちが聞こえたような気がした。怖っ。
「さ、話は後!スタジオ使える時間は限られてるんだからね〜!他にも合わせてみよう!」
「う、うん!」
「......わかった」
「あいよー、っと」
各自持ち場に戻る。深宙が曲を提案し、黒瀬さんのカウントがスタート。演奏が始まるとさっきは気が付かなかったけど、皆しっかり顔を見合って互いにアイコンタクトを取っている。
黒瀬さんは目が合うと、頷いてくれた。有栖さんは、微かに口角があがる。深宙は白い歯をのぞかせ、満開の笑顔を見せる。
(......仲間に、なれるかもしれない。僕もこの人達と)
そしてオリジナルとカバー6曲を練習し、その日はスタジオを出た。ふと見あげた空。入る前に見た雨雲はなく、清々しく風が流れていた。
「さーて、どーするこれから?」
黒瀬さんが「んーっ」と背を伸ばしながら聞く。それに深宙が反応した。
「えーと、13時か......ご飯食べよっか。何食べたい?」
確かにお腹は減ったな。僕ひとりなら適当にファーストフードで済ますけど、皆はどうするんだろう。
「......ここは、祝いましょう!」
いつの間にかまた僕の袖を摘んでいる有栖さんが言った。こうしてないと不安なのかこの子。
「ん、あ、そーだな。新しいメンバーが来たんだし。となるとどこにするか」
「......あるじゃないですか、良いところ」
「いや、遠くねえかウチは」
「ウチって?」
と、僕が聞くと深宙が説明してくれた。
「夏希ちゃん家はお寿司屋さんなんだよ。老舗の名店。テレビとかWouTubeでも紹介されてて、雑誌でも三ツ星つけられたり」
「え、マジで......凄いな」
「......ちなみに店名は『華魅鮨はなみずし』と言います、お兄様」
「は、華魅鮨!?」
ここら一帯で一番美味いと言われる名店。そして、一番高額とも言われている高級店だ。
「ちょ、は、恥ずかしいから叫ぶなよ」
「ご、ごめん、ビックリして」
黒瀬さんの実家って凄いんだな。
「うっし、それじゃあ新しい仲間を祝ってウチで飯食うか!」
「「おーっ!!」」
黒瀬さんが言うと深宙と有栖さんが拳を天に掲げた。ノリノリの二人である。一方の僕はというと。
「あ、あの」
「ん?どした?用事でもあったか?」
「いや、僕......お恥ずかしながら、手持ちが」
ってか、普通にそんな高級店で食事できる金は無い。
「ああ、いや気にすんなよ。家で食事するだけだからな。だからそれは考えなくても良いよ」
ニカっと笑う黒瀬さんがカッコ良かった。
そして黒瀬さんの家につき、店前で並ぶ行列のお客さんを横切り玄関から中へ。お邪魔しますと、上がればそこには着物を着た綺麗な女性がいた。
「あ、母さん。ただいま」
「おかえり、夏希......お友達の皆さんも、よくきましたね。どうぞごゆっくりし、え?」
僕と目が合い固まる黒瀬母。いや、そりゃそうか。急に見知らぬ男が現れたらそうなるか。
と、そんな事を考えていたら急にぱたぱたと黒瀬母は走り去っていった。遠くできこえる「お父さん、夏希が彼氏連れてきましたよ!」「か、かか、彼氏!?本当かっ!?」というセリフ。
その瞬間、黒瀬さんが「おい!ばか!ちげえよ!!」と走っていった。
「......元気ですね、夏ちゃん家の人々は」
有栖さんが言うと「ね」と深宙が同意した。確かに賑やかだ。ちなみにこの華魅鮨というお寿司屋さんは宿と一体化しており、宿泊可能な旅館でもある。
「とりあえず夏希ちゃんの部屋行こっか。こっちだよ〜」
案内を始めだす深宙。それに追従する有栖さんが僕の袖を引っ張り、こっちと促す。あ、はい。
(なんか有栖さんにお散歩させていただいている犬みたいだな、僕)
和風に彩られている黒瀬家。廊下を歩いていくと、高そうな花瓶、それに生けられている花。着物が飾られ、額縁に達筆な字が書かれている。
びくびくしながら進んでいくと、ついに夏希とネームプレートが掛かった部屋に辿り着く。その時、遠くから「いや、まておまえらああっ!!」と叫びが聞こえた。が、しかし、有栖さんは聞こえていてか聞こえてなかったのか、容赦なく扉を開けた。
微かに笑みが見えたのは気の所為だろう。いたずらっ子め。
と、ぎりぎり僕らの前に黒瀬さんが割り込み、素早く部屋の扉を締めた。そんなに見られたくなかったのか、ぬいぐるみだらけの乙女な部屋を。
「みた!?」
詰め寄られる僕。ここは空気を読もう。
「あ、えっと、大丈夫」
ホッとしたような黒瀬さん。
「ニャン兵(※部屋にあったぬいぐるみ)って可愛くて僕も好きだよ」
「バッチリ見てんじゃねえかあああッ!!くそがああッ!!」
黒瀬さんが頭を抱え膝から崩れ落ちた。なんで?
「おい有栖!おまえわざとあけてみせたな!?」
「......ごめん、面白そうだったから」
「コノヤロー!!お前は今日はかっぱ巻のみだ!!」
「......すみませんでしたぁ......!!お兄様がどうしても気になるからって......!!」
「おい!!言ってないよ!?」
罪を擦り付けようとする有栖さん。思わずツッコんでしまう僕。綺麗な流れだ。
「ごめん、夏希ちゃん。案内したのあたしだから......ごめん、オールかっぱ巻は許してあげて」
超青ざめている有栖さんが流石に気の毒になったのか、深宙が助け舟をだしはじめた。でも面白そうだったからで見られたくない部屋をみられた黒瀬さんのほうが気の毒だと思うけど。
いや、口は災の元だからな。ここは......黙っとくか。
つーか、気の強そうな黒瀬さんがあたふたしてるの可愛いな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます