第2話 秋桜


 勉強もダメ、運動もダメ、かといって容姿もこのとおり、寝癖のようなボサボサな髪で目元は隠れ、更には眼鏡。けれどこれで良い。


 目立つことが苦手な僕は、ずっとこうして陰に隠れ生きてきた。


 特に目立たず、その代わりに平穏を。こうしてひっそりと、そこそこの人生を平穏に終えられれば良いなと、そう思っていた。


 けれど、この性格がアダとなった。


 僕が大人しく、反撃をしないと見るや赤名が目をつけた。最初こそは軽い冗談を言ってくる、ごくかるいイジりだったのが、クラスの人間にウケると見るやいなやその行為がどんどんエスカレートしていった。


 今日のように持ち物を取り上げられたり、SNSに写真をあげ拡散されたり。果にはWouTubeの動画で話のネタにされたりと。まあ、他にもあるけどあげだしたら切りがない。


 授業も頭に入らない。気を紛らわせるため、外に視線を移せば、校庭にサッカーボールが一つだけ寂しそうに転がっていた。


(......ただ、静かに学校生活を送りたい。それだけなのに)



 ――キーンコーンカーンコーン



 鐘の音が虚ろな意識を引き戻す。


「やーっと終わったぁ」「ねみい」「さーて、今日は何して遊ぶかなあ」「俺、塾いかなきゃ」「部活部活〜♪」「さぼって買い物いかね?」


 ざわざわと解放感に包まれる教室内。


 僕も携帯を見る。画面に映るのは家で飼っている猫の写真。顔から尾まで真っ黒な姿から、妹が黒介と名付けた。


 その黒介の左上、デジタル表記の時計の横には手紙マーク。


 開くといつものメッセージ。


『春くん、学校お疲れ様!(*˘︶˘*).。.:*♡』


 差出人は、秋乃あきの 深宙みそら。近隣の街にあるお嬢様学校に通う僕の幼なじみだ。


 昔から可愛い顔だと思っていたけど、今やそのお嬢様学校で最も美しいと言われるほどの人になってしまった。


「あ、深宙ちゃんじゃん!」「可愛いー!」


 前の方の席で騒ぐクラスメイト。遠目で微かに深宙の写真が写る雑誌がみえた。


「やっぱ深宙ちゃん綺麗だよね〜」「同い年とは思えないよね」「深宙ちゃんが載ってたら他のモデルの子が霞んじゃうよね〜」


 そう、彼女は雑誌のモデルも務めるほどなのだ。だから街を歩けばかならずナンパされるしモデル勧誘されたり、果ては一目惚れで告白される日もあった。


 が、しかし。彼女には好きな人がいるらしく、みな確実に惨敗を喫するのだが決まって彼女と一緒に歩いていた僕を睨みつけ、「なんでこんなダセえやつと」とボヤいたり罵倒したりして立ち去っていった。


 こんなやつと、なに?別に僕と深宙はそんな関係ではないよ?だって彼女好きな人いるからね?と言い返してやりたい衝動に駆られるが、目立つのは好きじゃない。だから沈黙でやり過ごす。


 それに、僕だってあんたらと同じさ。口にしたか、そうでないかの違いでしかない。ただ、それを口にしてしまうと深宙と僕のこの関係は間違いなく終わる。


 それが怖くて、嫌で、だから。


 この気持ちはずっと秘めておこうと誓ったんだ。彼女の良い幼なじみであるために。僕と彼女、二人の為に。


(......あ、返事かえさなきゃ)


『深宙もお疲れ様。今日はどこ行けばいい?』


 そうメッセージを送ると、すぐに既読がつく。


『今日はスタジオ借りれなかったから、カラオケ行こう!いつもの所で!』


(秒で返ってきた......相変わらず返信早いな)


 深宙はとにかく返信が早い。これはおそらく、友達が深宙だけの僕とは違い、交流関係の広い深宙だからこそのスピードなのだろう。沢山友達がいるとメッセージのやりとりで時間を奪われてしまう。だからこそのこの速度なんだろう。


 いや、もしかしたらこれがフツーなのかもしれないけど。如何せん友達がいないからわからない。っと、返信返信。


『了解。深宙がこの間やりたいって言ってた曲覚えたから、今日合わせてみようか』


『まじ!?覚えんの早くない!?めっちゃ嬉しいいい!!よろしくお願いします٩(๑òωó๑)۶』


『うん、それじゃあまた後で』


『はーいっ!(ㆁωㆁ*)』


 ......その好きな人にもこんな感じで顔文字を使っているんだろうか。そう考えるとなんだか複雑だな。


 僕は、もし彼女から彼氏を紹介されたとして、しっかりと立っていられるのか。膝下から崩れ落ち、泣きじゃくってしまわないだろうか。


 今のうちから想像しておこう。悪いことを出来る限り想像し、保険的対策を考えておく。これが僕の処世術だ。


「......さて、カラオケだったか」


 僕らには行きつけのカラオケ店がある。学校付近にあるお店で、人目につかない場所にある割に潰れないカラオケ屋。でもその地味さがわりと助かっている。あんまり人気店だとクラスメイトが来たりするから、それは困る。


 ちなみにクラスメイトらは表通りのマウントワンで遊ぶことが多いらしくそちらへ行く。中にはカラオケもあるらしく、歌いたくなったときはそこで事足りるようだ。教室で話していたのを聞いた限りだけど。


 廊下を出ると、遠くからギターの音が聴こえた。


「......これは、軽音楽部か」


 軽音楽部。赤名が所属し、ギターボーカルを務める我が校の人気バンド。その演奏は赤名のWouTubeで動画や生放送で配信され、高い人気を集めている。


(......うん、やっぱり)


 彼らの演奏が始まり僕はイヤホンを耳につけ、曲をスタートさせた。


(少なくとも、ギターは......深宙の方が上手いな)



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