サイドストーリー 山賊3人組

 これは、俺たちが、変な猫耳族の女と会ってから、1週間ほど経った頃の話だ。

「あいつ、どうしてるかな。元気にやってるかな」

「レーオン、またあの女のこと考えてるのか」

 俺が声をかけると、木の上で寝ていたレーオンは下に降りてきた。

「まあ、気になるっしょ」

「そんなにか?」

「俺は気になるの!有鱗族を怖がらない奴なんて初めてだし。ヒゼキヤだって、最初は俺の事を怖がってただろ」

「あれは、仕方ないだろ。普通の反応だ」

「まあ、そうなんだけどさー」

 俺たちはいつも通り、昼は適当に野草詰んだり、狩りしたり、昼寝して過ごして、夜になったら旅人から食料を奪う生活をしていた。今は、ボスが目ぼしい旅人を探している。

 レーオンは、あの女に会ってから、たまにあの時のことを思い出してるみたいだ。有鱗族は、酷い差別を受けている種族だ。俺だって、レーオンと出会うまでは怖さを感じていた。これを言ったら失礼かもしれないが、レーオンを普通の人間として最初から扱うのはボスとあの女くらいだろう。レーオンはあの時泣いていた。魔族として生まれた俺には普通に接してもらえるのが、どれだけ嬉しいのかわからない。魔導学院で落ちこぼれになるまでは、俺は両親や友人から普通に扱われていたから。

「帰ってくるの遅くないか?」

 レーオンが言った。

「確かに。何かあったのか?」

 俺たちはボスを探しに2人で野営地から離れることにした。ボスを探してる途中で、帰ってきても良いように、葉に文字を書いて残した。

 森の中を探すと、声が聞こえた。聞こえた方へ2人で行くと、ボスと大きな人型のモンスターがいた。トロールだ!

「ボス!」

 俺たちは叫びボスの所へ駆け寄る。

 トロールの棍棒がボスへと振り下ろされた時、俺よりも動きの早いレーオンがボスを突き飛ばした。レーオンはボスの代わりに棍棒で吹き飛ばされ、木に衝突した。

「レーオン!」

 俺とボスは同時にレーオンを見る。レーオンの口からは血が流れていた。トロールは、レーオンの所へ歩いていく。

 俺は手のひら大の杖を取り出し、詠唱をした。

「くそっ!火球よ……ファイアボール!」

 俺の放つ小さな火の玉は、トロールの体に当たるが、トロールはそこを掻くだけで何のダメージも与えられなかった。俺は落ちこぼれだから、魔法の威力が低く、全く効いていなかった。

「や、やめろー!」

 ボスが叫んだ瞬間、トロールはレーオンにもう一撃を食らわした。ぐちゃと嫌な音がした。

 ボスはトロールの足元に縋り付き、レーオンから引き離そうとする。俺は恐怖で動けなかった。レーオンが死ぬ?

 まず、俺たちが今まで森で生きていられたのは、奇跡だった。強いモンスターにも会わず、強い冒険者を襲うこともなかった。自分たちが無事に山賊稼業をやってこられたのは、運が良かったからだ。

「ボス……逃げ……」

 レーオンは、その一言を発した。

 俺はドキリとした。ボスを逃がさないと。

 俺はボスの所へ行き、トロールから引き離す。トロールは、レーオンにまた棍棒を振り下ろす気だった。

「何をする!」

「ボス、逃げましょう!俺たちじゃ敵いませんよ!」

「レーオンは!?」

「レーオンは……もう」

 レーオンは血にまみれ、内蔵が飛び出て、腹は酷く凹んでいた。鱗が飛び散っている。俺は何故かそれを1枚拾った。

「逃げましょう」

「……できない!ヒゼキヤ、お前だけ逃げるんだ」

「それはできません。レーオンの遺言ですから」

「遺言だなんて言うな!」

 ボスが叫んだ時に、ぐちゃりと音がした。トロールの方を見ると、トロールの頭はなくなっていた。下を見ると頭が落ちていて、人が立っていた。

 トロールは、大きな音を立てて後ろに倒れ落ちた。

「大丈夫か?」

 男はこちらを見て、そう言った。

 顔の幅くらいの太さを持つ剣を握っている。緑色の血がべっとりと付いている。

「レーオン!」

 ボスはそう叫び、レーオンの傍に駆け寄る。レーオンは、呼吸してるようには見えなかった。もう死んでしまっているのだろう。俺は駆け寄りもせず、男に話しかけた。

「あんたは?」

「俺は……」

 言葉を聞く前に、数人の男たちがやってきた。皆、男と似たような鎧を着ている。

「隊長!1人で勝手なことしないでください!」

「良いだろ。1人は助けられなかったが、2人は無事だったんだから」

「すぐ人助けしようとするんだよな、この人は」

 部下と思われる男がため息をつく。

「ああ、俺はスヴェン。近くの街で警備隊を務めている」

「警備隊がなぜこんな所に?」

「街で領主が出したお触れにより秘宝を取りに行った者たちの中で、まだ街に戻っていない者たちを探しに来た。君たちは……」

「俺たちは山賊だ」

 ボスがそう言い、こちらにやって来た。

「ボス……」

「レーオンは死んでいたよ。俺を庇って死んだんだ」

 ボスの目には涙があった。泣くような人じゃなかったのに。

「お仲間のことは、ご冥福をお祈りする。君たちは秘宝を探した者たちではないようだな」

「そうです……。助けていただいて、ありがとうございます」

 俺は深く頭を下げた。この人がいなかったら、ボスも俺もやられていたかもしれない。

「そうか。さて、君たちはこれからどうするんだい?」

「え?」

「ここは、最近モンスターが増えてな。街に来るモンスターも増えている。危険ではないか?」

「そうなんですか」

 モンスターが増えたのか。今までより会う回数は多くなったとは感じていたが、もうここでは暮らしていけないかもしれない。

「そこで提案なんだが、私は領主の孫でだな。君たちさえ良ければ、街で働かないか?働き場所なら私が提供しよう」

「本当ですか?」

「もちろん。宿舎で手狭だが、部屋も用意しよう」

「また、隊長の悪い癖が出てる」

 部下の1人がまたため息をついた。

「ボス!」

 俺はボスに駆け寄った。これは、良い提案かもしれない。ここで生きていくのには限界があると常々思っていた。レーオンのことを考えると、街へ行こうとは安易には言えなかったが、今は状況が変わった。レーオンには悪いが、俺は安全な街で暮らしたくなっていた。

「確かに良い提案だ。だが、俺たちは山賊として生きていく」

 ボスは何を言っているんだ?街で暮らせるチャンスなのに?しかも、領主の孫なら待遇も良いだろう。この森に来るまでも何回か危ない目にも合ってきた。これを機会に街に行けばいいのに。

「レーオンは街では生きていけない。レーオンが死んでしまったからと言って、街に行く訳にはいかない。レーオンのためにも、俺たちは」

 ボスが全てを言い終わる前に、話さなくなった。

「そうか。ならば死ね」

 スヴェンは、ボスの腹に剣を突き刺していた。その剣を引き抜き、血を布で拭う。

「ボス!?」

 ボスは膝から崩れ落ち、俺はそれを支えた。ボスの体からは止めどなく血が流れる。

「もう話せないだろうが、よく聞け。私の前で山賊を名乗るな。山賊を続けると言うな。山賊に襲われ、金品や食料を奪われた者をたくさん見てきた。私は今、お前たちに罪を償うチャンスをあげたんだよ」

 ボスの呼吸はどんどん浅くなってきた。俺はスヴェンの言葉を聞きながら震えた。

 こいつ、正義感が強い。山賊であると明かした時から、殺すことを考えていたんだ。俺も殺される?

「そう。私は慈悲深い。労働という罪を背負うか、死ぬか選ばせてやったのに……。残念だよ」

「ボス……」

 ボスは俺の手の中で死んだ。もう呼吸することはなく、話すこともできない。俺は大切な人たちを2人も失ってしまった。

「君はどうする?」

 俺の体は震えたままだった。

「お、俺は……」


 朝日が眩しく俺を照らした。森の中では、少ししか浴びれなかった光の中で俺は生きていた。

 俺は、あの後街へ行き、スヴェンの元で働いている。魔法は威力の低いものしか使えないので、肉体労働だ。だが、前より良いものを食べているのし、筋肉もついたので、苦痛ではなかった。警備隊の人たちも俺に優しくしてくれた。隊長がまた人助けしに飛び込んだとか、愚痴を聞かされることもあった。

 俺は生き延びてしまった。そして、ボスを殺した奴と一緒に働いている。罪悪感がないと言えば嘘になる。あの時、死んでおけば良かったのか、今生きていて良かったのか悩む日もある。でも、俺の生活は充実していた。

「やあ、ヒゼキヤ。調子はどうだい?」

「隊長。とても良いですよ」

「それは良かった!そうだ。聞いてくれ!」

 スヴェンは家族の話をよくする。とても大事なのだろう。シェリーという妹がいて、前は病気で動けなかったのだが、今では元気に走り回っている。

 前に紹介された時、懐かれてしまって、よく遊び相手をしている。スヴェンはそれが羨ましいらしく、俺にシェリーの話をして、俺にも嫉妬させようとしているらしい。もう1人の妹のアンネリーは俺のことが嫌いらしく、シェリーと一緒にいるとすぐに引き離されてしまう。

「ということなんだよ。良いだろ?」

「そうですね。じゃあ、俺はまだ仕事がありますので」

 俺は、スヴェンの長話に付き合っていたが、そろそろ仕事をしないと怒られそうなので、切り上げた。スヴェンは嬉しそうに、手を振り俺を見送った。

 俺は、その笑顔をいつか失意のどん底に落とすのを夢見ながら、手を振り返した。俺はボスを殺したのを許せてはいなかった。

 あの時、俺が震えていたのは恐怖からではなかった。怒りだったのだ。ボスを殺し、そして、レーオンをわざと見殺しにしたと知ったあの時から!

 部下から聞いたのだ。あの時、俺たちがトロールに襲われているのを見つけたが、レーオンがやられている所をただ見ていただけだと。スヴェンたちは有鱗族に対する偏見を持っていた。レーオンのことは、元々助ける気はなかったのだ。

 必ず、お前の大切なものを奪ってやる。それか叶うまで俺は死ぬ訳にはいかなかったんだ。

 ボスやレーオンが知ったら、絶対に止めるだろう。でも、俺は必ずやり遂げてみせる。必ずスヴェンを死よりも辛い目にあわせてやるんだ。

 俺はレーオンの鱗をいつも持ち、それを胸に今日も労働に勤しんだ。

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