7 別の侵入者

「迷い込んでしまったんです」と警備員に発見されたときのありえないいいわけを考えながらずいぶん進んできたが、未だ誰にも咎められはしない。監視カメラには写ってるだろうな、とか、帰るときには怒られるだろうな、とか、考えたりするが、一度入ってみたかったのだから仕方がない。公式に領域内に入る手段があれば、そうしている。金と暇が有り余るほどあれば外国に行っていたかもしれない。だが彼の地の領域は生まれ故郷ではなかったし、惹かれるものを感じたのもここだけだ。

 結局、三年近くかけて何とか入れそうな場所を探し、後は覚悟を決めて領域内に進入する。領域の周囲はほとんどがフェンスか壁で囲まれている。そうでないところには検問所のような建物が建っている。

 だが領域の境界というか作用範囲の限界点と呼べる場所が丘や小山の頂上にある場合、領域外の部分から穴を掘って入ることは可能だろうと考えたのだ。もっとも実際に試してみたのは廃棄された私鉄の地下線路と国道のトンネルだが……。前者の管理は特にずさんで進路を立ち塞ぐフェンスが一部破れたまま、ずっと放置され続ける。ペンチでその孔を広げれば潜り抜けられる、というわけだ。

 距離的にはどれくらいあったのだろう。三〇〇メートル強くらい進んで網の張られたトンネルの出口に至る。だが、これも名ばかりの管理しかされていない。申しわけなく思ったが身体が潜り抜けられるぎりぎりの穴をペンチで開け、無事通過だ。後は咎めるものもなく、ここまで辿り着く。

 風景自体はとても懐かしい。実家がこの辺りにあったのは小学生の頃までだが、引越した先も自転車で一時間くらいの場所だから、近くの公園などにはよく遊びに出かけたものだ。

 そして同時に懐かしくない。ただ年月だけによる風化ならば感慨も違ったものになっていただろうに……。

 とにかく『白』だけなのだ。さらに曇天で空までも白い。すべてが白。

 当然のことだがリアリティーがあるので幻想的ではないが、不可思議な気分に囚われる。町全体が白いといっても雪とは違う。雪の白は白い色の白だ。ここの『白』は純粋の白。誰かが言っていたが抽象そのものの『白』だ。だが、そうなると抽象とは一体何なのだろうか?

 しばらく歩くと幼稚園がある。ひどく小さい。記憶の中では、ここまで小さくはなかったはずだ。当時、赤やオレンジや青や黄色に塗られていた山形雲梯や傘型ハントウ棒やボールブランコやFRPスベリ台やコンビネーションがみな『白』に変わっている。建物も門扉も園庭も硝子もレンガもすべて『白』だ。思い出も白く変わってしまうのだろうか?

 実家へと至る路地にネコがいる。白ネコだ! 元から白いのか、侵食を受けたのかはわからたない。お前も何か思いがあってここに来たのか? それとも……。

 実家の形が変わっている。だが見憶えのある箇所も残る。もっともそれは、ある角度から見た燐家の壁だったりするのだが……。

 不思議なもので危険を冒してここまで来たというのに感慨がない。いわゆる、ただの跡地だったからか?

 メッカというのは、もしかしたらこういう場所なのかもしれない。それを作り上げるのは土地そのものではなくて想いということか? けれども領域は指定された場所であり、想いはその中に閉じ込められている。

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