レスキュー
おばけがでたよ
一.
「私を救ってください」
そう言ったんだその女生徒は。もし本当にそう言っていたならば今ごろは、警察の保護を受け入れ、暗澹たる予感を捨てついにのぞいた太陽に照り輝く水面、水面に映ろう遥かなる山々、そんな溢るる希望の一望を胸に新たなレールをつかみ取っていたでしょう。
彼女はあろうことか私の袖を掴み。
シャツの袖を掴み、「先生」そう言ってにこやかなまま、私の腕の重みまでゆっくりと一緒に引っ張りあげて、持ち替えて、それは彼女の頬にまで運ばれ、そちら側の肩とで挟まれた。
彼女は首をかしげ少し顎の上がった姿でもう一度「先生」と言い、あとは何も言わず私の目を見つめた。女特有のませた色気がどこかから在った。
「どうぞ、私を救ってください」
私にはそう言われたように思えたので、たじろぎ「なんだ」と返したが、私の本心は何も言わずにただ彼女の頬の肉の感じと、女性的な体温を感じたかった。私から彼女への明らかな好意はこの時から生まれ、及びにその時から私の彼女への接近は積極的になったのだった。
ためしに講義の中、私のほうからそのおんなの子に目を向けてみた。意外にも彼女は幾度かに一度しかこちらを見てはくれなかった。目が合った折には、しばらくにもわたってつい彼女を見つめてしまい、あちらも何を思うのか、目をぼうっと離さずにいるので、私のほうから目を逸らした。しかしこれに慣れてくれば、こちらから目を逸らすということは、彼女のあの、お話のはじまりとなった奔放さを、私のほうから与え返すような、酔狂した気分にさえさせてくれた。歳のほどもいかないような女の成りかけに、特別に見つめられる、この果実。その甘美さには日頃の勤労が浮かばれるようだった。
しかしてことに教鞭をとっている最中、永くは見つめていられないのだった。あまり執着を見せては頼り甲斐の無い大人と思われてしまうのではないか。移り気なとしごろのおんなの子にはいつそう思われるのか。
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