第60.5話 私だって我儘を言っていいよね……?(永井鈴音視点)
――真琴君の馬鹿……。
私は、私の彼氏――真琴君に、部活が終わって一目散に帰宅した後、『今、家に帰って来たよ!』とメッセージを送ったのだが、一向にメッセージが返ってこない。メッセージが返ってこないどころか、既読すらつかないのだ。
付き合い始めたばかりということもあるだろうが、いつもならメッセージを送ったら、遅くとも3分くらいで返ってくるというのに、数時間経っても、返信が来ないことに私は、不安を感じずにはいられなかった。
今まで人に迷惑がかかるからと避けていたスタ爆と呼ばれるものを人生で初めてしてしまったほどだ。
すぐに彼氏から返信が来ないことくらいよくあることだ、と言われてしまえばそれまでなのだが、『今日は、吉井さんと用事がある』と真琴君が言っていたことが気がかりだったこともあり、私をさらに不安にさせた。
――こんなことだったら、真琴君に行かないで、と我儘を言ってみればよかったな……。
私としては、堂々と付き合いたいのに、真琴君曰く、私に好意を寄せている渡辺君に付き合っていることがバレて友情に亀裂を入れたくないという真琴君の我儘に付き合っているのだからそれくらいは、よかったのではないか? とか、真琴君だけ我儘を言っていてずるいなどと考え始めてしまっていた。
「はあ……」
私は、ため息をついた。
――こんなときに、葵ちゃんとかに相談できたらよかったんだけど……。
葵ちゃんが私と真琴君の関係を周りに言いふらすとは思えないが、念には念をと葵ちゃんにも関係を秘密にしている。そのため、相談することができないのだ。
私は、ぼふっと音を立てベットに仰向けになった。
そんな風に葵ちゃんのことを考えていたからか――、
『ブブブ……』
スマホが着信音を鳴らし、『河原葵』とディスプレイに表示していた。
私は、丁度葵ちゃんのことを考えていたため、そのタイミングの良さに動揺してしまい、手に持ったままだったスマホを落としてしまった。
私は、慌ててスマホを拾い上げ、着信を取った。
「もしもし!?」
私は、落ち着きのない声で言った。
『もしもし……? そんな落ち着きのない声でどうしたのよ……?』
怪訝な声で葵ちゃんが応答した。
「あはは……。丁度、葵ちゃんのことを考えてて……」
『そんなこともあるのね』
そう言う、葵ちゃんの声はいつも通りあっさりとしている。
私は、そのいつも通りの葵ちゃんの声を聞いて、心が安らぐのを感じた。
やはり、昔から馴染みのある友達の声は心地いい。
「ほんとにびっくりだよ……。それよりも、急に電話なんて珍しいね……? どうしたの……?」
『そうよ……。鈴音が変な声出すから忘れてたわ……』
「ごめん……。それで……?」
『――今週、様子がおかしかったけどどうしたの……?』
葵ちゃんの言葉に心臓が跳ね上がった。
思い当たる節しかなかった。
真琴君をさっちゃん先輩? から助けたときも、周りのクラスメートたちは、誰にでも優しい私が霧崎君を助けた程度にしか思っていないみたいだが、葵ちゃんのように昔から私のことを知っている人には、私があんなことを滅多にしないことを知っているため、不自然に映るだろう。実際に自分でも、後になってやり過ぎたと後悔しているほどだ。
「え……? 私、おかしかった……?」
『うん……。それは、とっても。月曜日とか、鈴音がキレながら先輩と話してるの見たときはビックリした……』
やはり葵ちゃんの目には不自然に映っていたようだ。
「あ、あれは、好きな人が目の前で絡まれてたから助けたかったからであって……。ほら、前、霧崎君が倒れたとき何もできなかったのが悔しかったから……」
私は、それらしい理由をつけて、誤魔化そうとした。
しかし――、
『はあ……。何年幼馴染やってると思ってるのよ……? 他にも教室での霧崎君への態度があからさまに変わりすぎよ……? 何があったのか正直に話しなさい』
葵ちゃんは、語気を強めて言った。
思った通りだが、私のことなど葵ちゃんには、お見通しだったようだ。
「……」
――どうしよう……。これ、バレてるよね……?
私は、誤魔化しきれないと悟り、内心、パニックになりながら黙り込んだ。
『はあ……。そんなに黙ると、余計深刻な話感が出ちゃうからとっと言ってくれないかしら……? 光瑠は、もちろん、誰にも言うつもりないから安心して』
呆れたような口調で葵ちゃんは言うが、その声から優しさを感じた私は――真琴君と付き合い始めたはいいが、渡辺君が私に好意を寄せていて付き合っていることを隠さなきゃいけないことや吉井さんと用事があると言っていた真琴君から返信がないこと――事情をぽつりぽつりと語り始めた。
私が、事情を語り終えると――、
『全く……。そんな状況、鈴音に耐えれるわけないじゃない……。霧崎君の気持ちもわからないわけじゃないけど、自分勝手過ぎるわ……』
真琴君への避難の言葉を葵ちゃんが語り始めた。
友達に彼氏のことを悪く言われるのは、あまりいい気分ではないが、先ほど自分も『真琴君ばかり我儘を通していてずるい』などと考えていたため、何も言い返せなかった。
黙り込む私を他所に葵ちゃんが続けた――。
『厳しいことを言うけど、どちらか一方が我慢する関係なんて続かないし、鈴音が嫌なことを嫌と言って、霧崎君が聞き入れてくれなかったら、鈴音のことは、それほど大事に思ってないわよ』
瞬間、私の頭に血が上り、思わず声を荒げてしまった。
「そんなわけない! それは、さっき話した状況が真琴君にそうさせているだけで、真琴君が私のことを大事に思っていないわけなんてない!」
私は、霧崎君が『本物の恋人になろう』と言ってくれた日のことを思い出していた。
『とにかく、鈴音のことが誰よりも大切なんだ……。だから、改めてだけど、僕の彼女になってください……』
あのときの真琴君の言葉は、私が今まで彼と接してきた中で一番心のこもったものだった。
あの言葉が嘘だなんて誰にも言わせたくない。
『鈴音、落ち着きなさい……。別に、私だって霧崎君のことを悪い人だと思いたくない……。けど……今、彼が鈴音を不安にしている時点でそこは、ちゃんと見極めるべきよ……』
声を荒げた私に驚いたのか、葵ちゃんの声のトーンが少し暗くなった。
その声に私はハッとし――、
「そう……だね……。ごめん……」
少し決まりの悪い返事をした。
『私の方こそ言い過ぎたわ……。まあ、返信が中々来ないことに関しては、確かに心配かもしれないけど、誰にだって忙しかったり、疲れて寝ちゃってるときはあるし、あまり気にしない方がいいと思う』
「うん……。そうだよね。ありがとう、葵ちゃん……。葵ちゃんのおかげで少し楽になったよ」
私がそう言うと、葵ちゃんは少し照れ臭そうに『そ、そう……。それならよかった……。私でよければいつでも話聞くから……!』と言い、電話を切った。
一瞬、ギスギスとした空気になってしまったが、最終的にいい雰囲気で通話を終えることができ、私は、ホッと胸を撫でおろした。
真琴君のことになると、やはり私は、つい熱くなってしまうみたいだ。
今後、気をつけなければと考えながら、メッセージアプリの真琴君とのトークルームを開く。しかし、まだ既読はついていない。
先程まで、葵ちゃんと話すことで誤魔化していた不安な気持ちが再び胸に湧き上がってきた。
『厳しいことを言うけど、どちらか一方が我慢する関係なんて続かないし、鈴音が嫌なことを嫌と言って、霧崎君が聞き入れてくれなかったら、鈴音のことは、それほど大事に思ってないわよ』
葵ちゃんの言葉が頭を反芻する。
――怖いけど、明日会うとき、真琴君にちゃんと『吉井さんとか上条さんと2人きりで居てほしくない』って言おう。
私は、固く決意をし、未だに既読のつかないメッセージを眺めながら、これは、私と真琴君が幸せにカップルとして過ごすために必要なことであり、束縛などでないと、自分に言い聞かせた――。
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