第52話 犬猿の仲


「テストやめ!」


 寺川先生の声を合図に教室にいた生徒が全員、手を止めた。


「後ろの席から前に解答用紙を回せー」


 先生がそう言った途端、中間テストの最後の科目が終わった解放感からか、解答用紙を後ろから回しながら生徒たちが『この後、昼一緒に食いに行こうぜ』など、各々話始めているのが聞こえ始めた。


 僕がぼんやりと周囲の会話を聞いていると、後ろの席から解答用紙が回ってきた。


「お疲れさま……!」


 周囲に聞こえないボリュームでゆきちゃんが言ってきた。


「うん。ゆきちゃんもね」


 僕は、の笑顔を浮かべて言い、前の席に座る秀一に解答用紙を回した。


 僕が鈴音を選ぶと決めてからはや1週間が経過していた。


 僕はこの1週間、いつも通りを装い続けて、みんなをだまし続けている。


 いつも通りゆきちゃんと朝一緒に登校したり、秀一たちと放課後に勉強会をしたりしていた。


 テスト期間だったこともあり鈴音と2人で会う時間を中々取ることができず、僕は、まだ『本物の恋人になろう』と言うことができずにいる。


 しかし――、


 僕は、今日、鈴音に気持ちを伝えるために鈴音の部活が終わった後、2人で会う時間を取っている。


 きっと、僕は、これからもみんなをだまし続けることになるだろう。


 ――でも、覚悟はもうできている。


 僕が、そんな風にこれからのことを考えていると――、


「お前ら、静かにしろー」


 先生が苦笑いをしながら解答用紙の枚数を数えていた手を止めて、がやがやと話をする生徒たちを注意する声が聞こえてきた。


 先生の苦言により一時的に静まり返ったもののすぐにまた、声のボリュームを抑えて皆が話始めた。


 全く……と、呆れた顔をしながら先生は、解答用紙の枚数を数える作業に戻った。


 それから数分経って、先生が解答用紙を数え終えた。


「よし、これで中間テストは終わりだ。中間テストが終わって早々だが、入学オリエンテーションのときに学年主任の上谷先生が話していた校外学習が2週間後に迫っている」


 先生が中間テストの終わりを告げ、校外学習の説明をし始めた。


 すると――、


『待ってました!』


『どこ行くですかー!?』


 などと、生徒たちが騒ぎ始めた。


「まあ、落ち着けって……。行き先は、噂で知っているやつもいると思うが、鎌倉・江ノ島エリアだ」


 先生が再び騒ぎ始めた生徒たちに呆れたような表情を向けながら言った。


『えとね、もう何回も言ったことあるよーって感じかもしれないけど、鎌倉・江ノ島エリアになったみたいだよ。みんな行ったことある土地の方が、生徒が友人関係を深めやすいだろうっていう学校側の配慮だと思う! 多分!』


 僕は、入学したばかりのときに、秀一たちとした会話を思い出した。


 ――疑ってたわけじゃないけど、ガチネタだったんかあれ……。


 正式に発表される前から情報が漏洩ろうえいしていたことに心の中で苦言を呈していると、先生が口を開いていた。


「まあ、グループ行動が基本なんだが、ある程度、時間が経ったら各自自由に行動していいことになっているから、まずは、さっさと5人組のグループを組んでくれ。決まったやつらから後で報告に来てくれればそれでいい。それじゃ、そういうことで解散!」


 寺川先生がいつも通りの雑な説明をして、教室を出て行った。


「真琴! 一緒にグループ組もうよ!」


 前の席に座る秀一が先生が出て行くなり、すぐに声をかけてきた。


「もちろん……!」


 僕はすかさず返事をした。


「俺もいいか……?」


 横から樹もおそるおそる声をかけてきた。


「何言ってるの……! 最初からこの3人は確定でしょ!」


 秀一がいつもの爽やかな笑顔を樹に向けながら言った。


「う、うん……。そうだね」


 樹は、どこか照れ臭そうに言った。


 最近、気づいたことだが、樹の出会ったばかりの頃に見られた辛辣な態度が見られなくなってきている。


 それだけ、僕と秀一に心を開いてくれているのだろう。


「とりあえず、この3人は確定だけど……。後、2人どうする……?」


 先生が言っていたように、5人のグループを組まなければならず、後、誰か2人に入ってもらわなければならない。しかし、秀一と樹は、女子に人気があり、男子に毛嫌いされているため、誘える男子がいない。その上、2人が女子を誘うとなると波風を立てることになるため女子を誘うこともできない。


 さらに悲しいことに僕も、秀一と樹の他に誘える男子の友達はいない。


 完全に八方塞がりだ。


 僕がそんな風に思考を巡らせていると――、


「えーっと……真琴……。横からものすごく熱い視線が……」


 秀一が苦笑いをしながら言った。


「横……?」


 僕はそう言い、横を向いた。


 すると――、


 頬を膨らませながら愛理が僕のことをじっと見ていた。


「えっと……愛理さん……?」


 僕は、おそるおそる声をかけた。


「……ってあげてもいいわよ……?」


 愛理がボソッと何かを言った。


 愛理が何て言ったか聞き取れなかった僕は――、


「えっと……なんて……?」


 きょとんとしながら言った。


 すると――、


「だから、あなたのグループに入ってあげてもいいわよって言ってるの……! ほら、私、霧崎君くらいしか頼れる友達いないから……!」


 愛理が顔をほんのり赤らめ、慌てながら言った。


 ……これはさすがに断れない……。


 一瞬、鈴音のことが頭をよぎったが、愛理のこの切実な様子を見て、断るなんて選択肢はすぐに消え去った。


「愛理、ありがとう……! ぜひ、入ってよ!」


「ええ……!」


 愛理は、嬉しそうな表情を浮かべながら言った。


「えっと、そういうことになったんだけど、いいかな……?」


 僕は、勝手に話を進めてしまっていたことに気づきおそるおそる秀一に聞いた。


「もちろん! 知らない人じゃないし、大歓迎だよ! 上条さんよろしくね……!」


 秀一が言った。


「ありがとう……。霧崎君ともどもお世話になるわ」


 愛理が秀一と樹にペコリとしながら言った。


「これで、後1人か……」


 樹が、少しため息まじりに言った。


 ……やっぱり、人気者はグループ決めで苦労するものなのだな……。


 人気者である樹の困ったような顔を見て僕は思った。


 ――鈴音の方はどうなってるかな……?


 僕は、人気者という言葉で鈴音のことを思い出し、鈴音の方をチラッと見た。


「鈴音ちゃんと河原さん一緒に回ろー!」


「いやいや! 俺たちと是非!」


 鈴音が普段クラスで話している女子生徒や鈴音とお近づきになろうとしている男子たちがドッと鈴音のところに押しかけていた。


 ……おお。相変わらず大人気でいらっしゃって……。


「はいはい。男子は退散」


 河原さんが、しっしと、下心丸出しの男子たちを追い払っていた。


 予想通りだが鈴音も鈴音で苦労しているみたいだ。


 僕がそんなことを考えていると――、


「あら、じゃあ、私が入ってもいいからしら……?」


 僕の後ろから声がした。


 僕が振り返ると、ゆきちゃんがニコニコと笑顔を浮かべながら僕たち4人を見ていた。


「俺は、全然いいけど……」


「俺も構わないが……」


 秀一と樹が苦笑いをしながら言った。


 僕は、どこか歯切れの悪い2人が気になり、2人の視線の先を追った。


 すると――、


「私は反対よ……! 女狐は退散しなさい……!」


 愛理がぐぬぬと歯をくいしばっていた。


「女狐だなんてとんでもない……! 私は、ただ男子だけじゃ上条さんもやりにくいかな……って思っただけなのに……。上条さん、仲良くしましょ……?」


 ゆきちゃんは、愛理と対照的にニコニコしながら言った。


「そんなの絶対ごめんよ!」


 見ての通り、愛理とゆきちゃんは、犬猿の仲だ。


 当然のように2人の間にバチバチと火花が散っている。


「当日、俺たち持つかな……?」


 秀一が心配そうな表情を浮かべながら言った。


「真琴、なんかあったら頼むよ」


 樹がニヤニヤしながら言った。


「善処するよ……」


 僕は、苦笑いをしながら言った。


 その時だった――。


 突然、鋭い視線を感じ、悪寒がした。


 おそるおそる視線を感じる方を見ると――、


 鈴音が張り付けたような笑顔を浮かべながら僕のことを見ていた。


 ……後でちゃんと謝ろう……。


 僕がそんなことを考えていると――、


「真琴、どうした……?」


 秀一がきょとんとした様子で聞いてきた。


「あ、ううん! 何でもないよ……!」


 僕は、慌てて返事をした。


「そっか……! まあ、とりあえずメンバー決まったし、部活始まる前に職員室に寄るからその時に先生に伝えておくよ」


「ありがとう……! それじゃ、頼むよ……!」


 こうして、僕たちは、なんとか5人メンバーを集めてグループを作ることができた。


 しかし――、


「グループには仕方ないから入ってもいいけど、あなたと馴れ合うつもりはないわ!」


「そう言わずに仲良くしましょ……?」


 愛理とゆきちゃんの争いは未だに平行線だった。


「それじゃ、俺は、部活あるからお先に……」


「俺も部活あるから……」


「ちょっ……! 2人とも!」


 秀一と樹は、そそくさと足早に教室を去っていった。


 これ、本当にどうしよう……。


 僕は、言い争う愛理とゆきちゃんを見ながら頭を抱えた。


 秀一と樹に1人取り残された僕は、その後、2人の仲裁に入るものの結局何もできず、2人が落ち着くのを待つことしかできなかった。

 



 


 



 






 


 








 


 





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