第53話 悪魔


 校外学習のグループ決めでひと悶着あった後、僕は、テスト期間が終わりすっかり人気がなくなった図書室に1人で4時間近くこもって、本を読み、鈴音の部活が終わるのを待っていた。


 僕がふと図書室の壁にかかっている時計を見ると、時刻は18時7分だった。


 校舎には放送部による下校放送が鳴り響いていて、『家に帰ろう』ということをこれでもかと主張してくるおそらく有名な曲が流れている。


 ちなみに僕は、この曲を知らない。


 廊下を通り過ぎていく男子生徒たちが大声で歌いながら通り過ぎていくことから、やはり、かなり有名な曲みたいだ。


 あるいは、彼らは下校放送を毎日のように聴いているから歌えるのだろうか。


 僕がそんな風に考えても仕方のないことを考えていると――、


 図書委員の当番の生徒以外誰もいないからとはいえ、一応、サイレントモードにしておいたスマホのスクリーンが光った。


『今、部活終わったよ! どこにいる?』


 鈴音からメッセージが届いていた。


『図書室にいるけど、図書室で合流したら人目につくから、裏門で待ってるね』


 僕は、慣れた手つきでスマホに文字を入力し、鈴音に返信をした。


 僕が返信をするとすぐにウサギのキャラクターがサムズアップしているスタンプが届いた。


 僕は、鈴音からの返信を確認するなり、スマホをポケットにしまい、読んでいた本などを片付け図書室を後にした。


***


 図書室を後にした僕は、下駄箱へ向かおうと廊下を歩いていた。


 しかし――、


 ……あ、先生に課題出すの忘れてた……。危ない……。


 僕は、帰る直前になって担任の寺川先生の受け持つ英語の授業のテスト勉強に向けたワークの提出を忘れていたことを思い出し、職員室へ回れ右をした。


 危うく月曜日にまた寺川先生に呼び出しを食らうところだった……。


 僕は、ホッと息をついた。


 幸い職員室は、あまり遠くなかっため歩いて40秒くらいでたどり着くことができた。


「失礼します……」


 僕はやや緊張気味な面持ちで職員室に入った。


 僕が入室するなり、僕に気づいた寺川先生が『こっちに来い』とハンドサインをしてきたため、僕は、寺川先生の元へ歩いていった。


「また課題サボりかと思ったぞ……。もちろんやってあるんだよな……?」


 僕が先生の前に立つなり、先生は心配そうな顔をしながら言ってきた。


「それはもちろんです……! さっきまで図書室で本を読んでて帰ろうとしたら思い出して……。危なかったです……」


 僕は苦笑いをしながら言った。


「まあ、期限には間に合っているからいいが……。今後は、もう少し余裕を持った行動をするように。校外学習はグループワークがあるから迷惑かけないようにそこのところしっかりな……!」


「はい……!」


 僕は、そう言うと、課題を先生に手渡した。


「よし。とりあえずテストお疲れ。しっかり休めよ」


 先生は、そう言いながら個包装のチョコレートを僕に1つ持たせた。


「ありがとうございます……! それでは、失礼します」


「おう。また月曜日にな」


 僕はチョコレートを握りしめ職員室を後にした。


***


 職員室を後にした僕は、下駄箱へと走った。


 ――もう、鈴音来ちゃってるかな……?


 職員室に立ち寄ることを鈴音に連絡し忘れていたため、裏門に僕がいなかったら鈴音が困惑するだろうと思い、僕は先を急いだ。


 しかし、下駄箱へ向かって廊下を走っていると――、


「あれ……? 真琴……?」


 聞き慣れた声に呼び止められた。


 僕は、慌てて振り返った――。


「秀一と……谷口さん……?」


 僕を呼び止めたのは、秀一と谷口さんだった。


「霧崎君、やっほ! お久しぶり!」


 相変わらずの元気な声で谷口さんが言った。


 ――急いでるときに限ってなんでこんなことが……。


 僕は、自分の悪運を呪った。


「谷口さん、お久しぶり……! 前に朝、3人で遅刻しかけたとき以来だよね……?」


 話しかけてきたのが秀一と谷口さんだったため、僕は、テキトーにあしらうことができなかった。


「そうそう! あの後、担任に呼び出し食らって、結局遅刻扱いになって、反省文書かされたんだよ!? 酷くない……!?」


 谷口さんは、思い出すだけで嫌だというような表情を浮かべていた。


 僕は、寺川先生が担任でよかったと心の底から思った。


「あはは……。それは、災難だったね……」


「ほんとだよー! ところで霧崎君は、何でこんな時間に学校にいるの……?」


 谷口さんは、僕ができれば聞かれたくなかった質問をしてきた。


 ここで鈴音と待ち合わせしてたなんて言えないし、仮にと待ち合わせしてたと言ってごまかしても、このままだと友達も一緒に4人で帰ろうという流れになるのが目に見える。


 どうする……。考えろ……。


 僕は、これまでにないほど頭を働かせた。


 そして――、


「英語の課題をやるの忘れちゃってたから、その居残りで……」


 僕は、居残りで課題をしていたわけではないが、英語の課題を出し忘れていたことを思い出し、やっていなかったことにした。


「真琴、また忘れてたの!? また樹に呆れられるよ?」


 秀一が少し苦笑いをしながら言った。


 よし……。なんとか誤魔化せた……。


「あはは……。数学の心配ばっかしてたから……」


「確かに勉強会のときも数学が鬼すぎるとか言ってたよね」


「うん……! マジでテストは赤点じゃなきゃいいなー」


 こんな風に僕が秀一たちと会話をしていると――、


「あれ……? まこ――霧崎君……と渡辺君……?」


 鈴音が後ろから歩いてきた。


 ――鈴音、今、僕のこと『真琴君』っていいかけたよね……?


 僕は、気づかれていないか心配で秀一と谷口さんの様子を見たが、特に気づいた様子はない。


「私もいるよー!」


 僕がホッと胸を撫でおろしていると、これでもかとジャンプをしながら谷口さんが存在をアピールしていた。


「珍しい3人組だね……?」


 鈴音が僕たち3人を不思議そうな顔で見ていた。


「実は、前に3人でなりゆきだけど登校したことがあってね」


 秀一が鈴音に説明を始めていた。


「へー! あ、もしかして、あの遅刻したときの……?」


「そうそう! あのときさ……」


 秀一は、完全に鈴音との会話にのめりこみ始めていた。


 僕は、ずっと話続ける秀一を前に会話に入り込む余地がなく、2人の様子をボーっと眺めていた。


 そんな風にぼんやりと眺めていると――、


「ねね、霧崎君」


 谷口さんが僕に耳打ちしてきた。


「えっと……何かな……?」


 僕は、嫌な予感がして、思わず肩を上げてしまっていた。


「秀一が永井さんのことを好きなのは知ってるよね……?」


 どうやら、僕の嫌な予感は当たっているようだ。


「う、うん……。それで……?」


「この後、私がこの4人で一緒に帰る流れにするつもりなんだけど、帰るときは秀一に永井さんとたくさん会話してほしいから、霧崎君は私とできる限り会話してくれないかな……? 後、できたら今後も何かあったら秀一と永井さんの仲を取り持つのに協力してくれたら嬉しいなって思ってるんだけど……」


 僕にとって悪魔のような要求だった。


 しかし――、


「うん……。わかった……。できる限りね」


 ここで断るのはあまりに不自然なため、僕は断ることができなかった。


 ――うまくやるしかない……。僕は、鈴音を選ぶと決めたんだ……。こんなことで狼狽えてはダメだ。


 いくら秀一でも鈴音は譲れないという覚悟を一瞬、揺さぶられたが、僕は心の中で再度強く覚悟を決めた。


「ありがとう……! それじゃ、頑張ろう……!」


 小声で谷口さんが言った。


 谷口さんとの会話が終わると――、


「よーし! せっかくだし、今日は4人で帰ろう! 永井さんと霧崎君もいいよね……!? もちろん、秀一も!」


 谷口さんが早速行動に移った。


「もちろん!」


 そう言う秀一の表情は心なしかいつもよりも明るく見えた。


 ――本当に秀一も永井さんのことが好きなんだな……。


 秀一の見たことのない表情を見て、僕は思った。


 しかし、僕は鈴音を譲るつもりなんてない。


 改めて、そう自分に言い聞かせ――、


「僕もいいよ」


 僕は谷口さんとの協定通り、4人で帰ることを了承した。


 僕が了承した後、鈴音をふと見ると――、


「うん……! いいよ」


 鈴音はそう言いながら、秀一たちに気づかれないように頬を膨らませ、残念そうな顔を僕に向けてきた。


 ――残念だけど、こればっかりは仕方ないよね……。


 僕は、2人で帰っているところを秀一たちに目撃されるよりはマシだと思うことにした。


「よし! じゃあ、帰るぞー!」


 谷口さんはそう言いながら手を高く上げ、自分の下駄箱へズンズンと歩いて行った。


「俺たちも行こうか」


「「うん」」


 僕たちの会話が終わり、静まり返った校舎に僕、鈴音、そして秀一の足音がバラバラに鳴り響いた。


 


 



 






 


 


 

 


 


 

 


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