第44.5話 甘えは捨てろ 中編(高梨萌々香視点)
私、高梨萌々香は、後悔していた。
――いくらムカついたからとはいえ、ぶつのは、よくなかったな……。
私は、1人、駅近くの商店街をぼんやりと歩きながらため息をついた。
しかし、そうは、思いつつも、ああせずには、いられなかったと正当化する声が自分の中で強くなった。
――いやいや、3人と同時にいい感じになって、誰にしようか選びたいなんて我儘にも程があるでしょ……?
先輩が煮え切らない態度を取るのは、いつものことと言えば、そうなのだが、あの態度は、やはり、1人の女子として許せなかった。
そんな風にあれこれと考えながらぼんやり歩いていると――
「あっ……」
前から歩いてきた高校生くらいの少女とぶつかった。
そして――
お互いにぶつかった衝撃で、しりもちをついてしまった。
「ごめんなさいね……。ちょっとぼんやり歩いてたわ……」
私にぶつかられた少女が立ち上がるとすぐに私に手を差し伸べてきた。
「い、いえ……。こちらこそ、すみません……」
私は、女の子の手を取って、立ち上がった。
「ケガとかは、ないかしら……?」
少女が心配そうな顔をしながら言った。
「はい……。私は、大丈夫ですが……。そちらは……?」
「私も大丈夫よ……。ケガがないならよかったわ」
微笑みながら少女が言った。
――この人、めちゃくちゃ可愛いな……。
そう思いながら、少女をジロジロと見ていると、私は気づいてしまった。
「服汚れちゃってませんか!?」
私は、少女が着ている服がかなり汚れてしまったことに気づき、慌てて聞いた。
「ああ、これならその辺で買えるから大丈夫よ……。気にしないで?」
ケロッとした顔をして、少女が言った。
「いやいやいや……! そういうわけには、いきません! 今から、それ買えるなら買いに行きましょう!」
私は、声に圧を込めて言った。
「ほ、ほんとに大丈夫よ……?」
私の圧に少女が若干引き気味に言った。
「街を歩くのに、そんな風に汚れた状態の服を着てちゃダメです! こういうときに限って見られたくない人に見られたりするもんですから!」
私は、さらに圧を強めた。
「いやいや、本当に悪いから……」
少女は、完全に困ったという表情を浮かべたが、私は、お構いなしに手を引いて歩き始めた。
「このまま行かせるなんて私の気が落ち着かないので! それで、どこのお店で買ったんですか?」
「――ここをちょっと歩いた先にあるお店で買ったんだけど……」
少女は、諦めたようだ。
「ああ、あそこですね! わかりました!」
私は、そう言うと、その店へとぐいぐい少女を引っ張った。
***
「おお……。これも、可愛いですねー……! あ、こっちも!」
私は、店で服を持ってきては、少女に合わせていた。
「えっと……なんか目的がズレてないかしら……?」
少女が怪訝な顔をしながら言った。
「いやあ……。お姉さん、すごく可愛いから色々合わせてみたくなっちゃって……!」
私は、完全に楽しくなっていた。
もう既に、目当ての服は見つけ、買い物かごに入れているが、私は、あまりのモデルの良さにもう1着くらい買ってあげたいと熱が入ってしまっていた。
「あ、これなんてどうです……? すごく似合うと思うんですけど……?」
私が、黒の大人っぽい印象の服を持っていくと――
「えっと……そこまでしてもらうのは、悪いわ……」
少女が完全に困り果てていた。
その少女の困り果てた表情で押しつけがましくなってしまっていたことに気がついた。
「すみません……。ちょっと楽しくなりすぎちゃってました……。迷惑でしたよね……?」
私が我に返り、声のトーンを落として言うと――
「ううん。一方的に貰ってばかりは、性に合わないだけで迷惑とかそういうわけじゃないわよ……? だから、お互いに服を選んでプレゼントしあうってことでどうかしら……?」
少女が微笑んで言った。
――なんだ、この天使は……? 私が男だったら付き合いたいわ……。
「それでお願いします!」
「じゃあ、私もあなたに似合いそうな服探してみるわね」
私は、突然、始まった見知らぬ美少女とのショッピングデートに胸を躍らせ始めた。
***
それから数十分が経って、私たちは、服を買い、店を出て、駅の方へ歩いていた。
「いやー! ほんとに楽しかったです……! 実は、今日、人と喧嘩しちゃって気分が悪かったんですけど、おかげでハッピーな1日になりました!」
私は、真琴先輩と喧嘩したことを忘れるくらい見知らぬ美少女とのデートを楽しんでいた。
「そう……! それならよかったわ……! こちらこそ、おかげさまでいい買い物ができたわ……!」
少女も満足気な顔で言っていた。
「いいえ! こんな可愛い人の服を選べることなんて滅多にないですし! 私がしたかっただけですので! お気になさらず!」
私がそう言うと――
「本当にありがとうね。今度、他の人もいるけど、好きな人と一緒に出かけることになってて、服選びに迷ってたから、本当に助かったわ……! 今度のデートで着ていくわね」
少女は、満面の笑みでそう言って、鼻歌を歌っていた。
「そ、そうなんですか……! それは、よかったです!」
――は……? こんな超絶美少女とデートできるとんだ幸せ者が世には、いるのか……。
私は、世の不平等を感じた。
私がそんな風に、その幸せ者を羨ましく思っていると――
前方から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「もう端っこまで歩いたけど、何か食べたいのあったか……?」
「うーん……あるにはあるけど……。正直、結構価格設定高くてびっくりしてる……」
「だよな……? ここ、こんな高い店しかなかったっけ……?」
――この声……。真琴先輩と始先輩じゃ……?
だんだんと先輩たちの後ろ姿が近づいてきたため、少女の後ろに隠れた。
「どうしたの……?」
不思議そうな顔をして、少女が聞いてきた。
「あ、えっと……あの人たち、さっき私が喧嘩しちゃった人たちなんです……」
私が小声で指を差しながら言うと――
少女が驚いた顔をしていた。
「どうしました……?」
私は、きょとんとしてしまった。
私がきょとんとしている内に、少女は、ズンズンと先輩たちの方へ歩いて行った。
そして――
「霧崎君……?」
少女がなぜか先輩の名前を呼んだ。
――え……。なんで先輩の名前を知っているんだろ……?
私は、困惑しつつも、顔を出すタイミングを見失いそうだったため――
「どうも……。さっきぶりです……」
私は、そう言いながら、少女の後ろから顔を出した。
私が顔を出すと、真琴先輩は、一時停止ボタンを押されたかのように固まってしまった。
一方で、始先輩は、見知らぬ人物の登場に狼狽えているようだ。
「「「「……」」」」」
その場の全員が状況をよくわかっていないのか、沈黙を貫いていた。
その沈黙が10秒くらい続いた後――
「えっと……何で愛理と萌々香が一緒に……?」
真琴先輩がはっと我に返り、おそるおそる口を開いた。
「まあ、なりゆきで……色々あったのよ……」
目の前の愛理と呼ばれた少女が真琴先輩と会話を始めた。
――え……? 今、真琴先輩……愛理って……?
私の聞き間違いでなければ、今、真琴先輩は、私の前にいる少女のことを愛理と呼んだ。
真琴先輩が愛理と呼ぶ人物は、おそらく……。
「上条愛理さん……」
私は、ボソッと呟いた。
私の呟きが聞こえたのか――
「え……? なんで私の名前を……?」
驚いた顔で上条さんが私に聞いてきた。
「あ、よく真琴先輩が上条さんのことを話してるので、それで!」
私は、慌てて答えた。
「そうなのね……。何か変なこと話してないわよね……?」
上条さんは、そう言うと、訝し気な顔を真琴先輩に向けていた。
「いやいや、部活のこととか話してるだけだよ……!」
私は、会話をする上条さんと真琴先輩を呆然と見ていた。
――本当に上条さんじゃん……。てか、マジで可愛いじゃないですか……。
まさかの事態をようやく理解し始めると――
『今度、他の人もいるけど、好きな人と一緒に出かけることになってて、服選びに迷ってたから、本当に助かったわ……! 今度のデートで着ていくわね』
上条さんがさっき言っていた言葉を思い出した。
――あれ……? これ、上条さんの好きな人って真琴先輩じゃ……。
私は、目の前の頬を赤らめながら真琴先輩に向き合う上条さんを見て、気づいてしまった。
――とんだ幸せ者は、あんたかい! どんな徳を前世で積んだんですか?
私がそんな風に真琴先輩を羨ましく思っていると――
「あの……よかったらだけど、この4人でご飯食べない……?」
上条さんが顔を真っ赤にしながらも遠慮気味に言った。
――あ、これ、上条さん、真琴先輩とまだ一緒にいたいだけだな……?
私は、上条さんのわかりやすい表情とそれに気づいていない様子の真琴先輩を見て、少しおかしくなっていた。
私がそんなことを考えていると――
「――僕は、いいけど……」
真琴先輩は、やはり私とのことを気にしているのか一瞬、躊躇った様子を見せたが、上条さんからの提案ということもあるのか、思いのほか早く了承していた。
そして――
「俺もいいが……。萌々香は、どうだ……? 今日、あんなことあったし……」
始先輩は、私と真琴先輩のことを気にしているみたいだ。
――まあ、そうですよね……。まだ、1時間ちょっと前に起きた出来事ですしね……。
普通、まだ1時間とちょっとしか経っていないのに、あのような出来事を気にしないなんてできないだろう。
事実、私も、かなり気にしている。
しかし――
「ダメかしら……?」
上条さんが上目遣いで私のことを見ていた。
――ああ……こんなのダメって言えないです……。
「上条さんに免じて行きます……!」
こうして、私と真琴先輩と始先輩、そして、上条さんの4人という全く予想していなかった4人組でご飯を食べることになった。
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