第41話 人生初の寝落ち通話


 間違いでも引き返せない。


 その事実が僕の胸に鋭く突き刺さった。


 僕は、どうしようもなくなっていた。


 鈴音とキスをしてしまった手前、今まで通りの関係でいられるわけもなく、ましてや、やっぱりこの仮の恋人関係を終わらせようなんて言えない。


 しかし、あのとき鈴音から提案された仮の恋人関係、そして、求められたキスを拒むことは、僕には、できなかった。


 鈴音と本物の恋人になれる可能性、愛理と恋人になれる可能性、そして、ゆきちゃんの気持ちにちゃんと向き合いたいという気持ちのいずれも僕は、捨てることができなかったのだ。


「ああするしかなかったんだ……」


 僕は、言い訳がましく1人ベットの上で横になりながら呟いた。


 それから、僕は、現実から逃げるように先週から読みかけていた本を読み始めた。


 内容がうまく頭に入ってこないが僕は、ひたすら文字を追い続けていた。


 本を読み始めて数分後――


 スマホが着信音を鳴らした。


 僕は、ページをめくる手を止め、スマホに手を伸ばし、画面を確認すると――


『上条愛理』


 愛理からの着信だった。


 罪悪感のせいで気は進まなかったが僕は、電話を取った。


『――もしもし……? 聞こえるかしら……?』


 僕が電話に出ると、少しの間の後、愛理の声がスマホのスピーカーから聞こえてきた。


「うん……。聞こえてるよ……。急に電話なんてどうしたの……?」


 今日は、特に愛理と電話をする約束などなかったはずであったため、僕は、少し困惑していた。


『えっと……ほら……今日の部活の後、私が先輩に連行された件についてなんだけど……』


 ――あ、そうだった……。あれ、今日の出来事だったのか……。


 僕は、鈴音との間に起きた出来事があまりに印象的過ぎて、他の出来事を昨日のことのように感じてしまっていた。


「ああ……うん……。その件は、ほんとにごめん……。どうだった……?」


『えっと……まあ、特に痛い目を見たとかは、ないけど……。長時間拘束されたわ……』


 言われてみると、愛理の声から若干、疲れを感じる。


「そ、そっか……。お疲れ様……。今度、何かお詫びさせてもらうよ」


『ええ、そうしてちょうだい』


 どこか冗談交じりの声で愛理が言った。


『それよりも、デート場所が秀一君のことを第一に考慮してボウリングセンターになったんだけど……大丈夫かしら……?』


 正直言うと、僕は、10球投げれば8球はガターになるほどボウリングは、下手なため断りたい。


 しかし、今回、僕は、あくまで先輩と秀一のデートの付き添いという立場であるため、従うことにした。


「う、うん……。それで大丈夫……。秀一にも後で伝えとくよ」


『お願いするわ』


「うん。じゃあ、また月曜日にね……」


 僕がそう言い、愛理の返事を待ってから電話を切ろうとすると――


『待って……!』


 愛理が突然、電話を切り上げようとする僕を引き留めてきた。


「えっと……どうしたの……?」


 僕は、きょとんとしてしまった。


 そのまま、僕が返事を待つと――


『……して……どうして、最近、私のこと避けるの……? 何か嫌われるようなことしちゃったかしら……?』


 愛理の消え入りそうな声が聞こえてきた。


「え、あ、いや、僕が愛理のことを嫌いになるなんてありえないから……!」


 僕は、慌てて答えていた。


 どうやら、愛理は、僕が距離を計りかねて、どこか一線を引いていたことに気づいていたみたいだ。


 自分では、うまくできていたつもりだったがバレバレだったようだ。


『そう……。それならいいんだけど……』


 愛理の声色には、まだ不安の色が残っている。


「うん……。そんなことは、ありえないから安心してほしい」


 僕は、愛理の不安を拭い去れるようにできる限りの力を込めて言った。


『そう……。今週、ずっと不安だったから……』


 愛理がそう言うと、電話越しにほっと息をついたのが聞こえた。


「ごめん……今度から気をつけるよ。よかったらだけど、もう少し話さない……?」


 僕は、愛理によそよそしく接してしまっていた分話そうと思ったというのもあるが、それ以上に、愛理と話していて少し心が安らいでいるのを感じ、もう少し愛理と話していたくなった。


 前々から気づいていたが、やっぱり、僕は、愛理の声が特別好きみたいだ。


『ええ、いいわよ』


 それから僕たちは、中間テストが近づいてきている話やお互いに読んでいる本の話などをした。


 愛理ととりとめのない会話をしている内は、心を落ち着けることができ、僕は、うとうとし始めていた。


「それで、この本も面白くてさ……」


 僕は、眠気に抗うように、話続けようとした。


 すると――


 スマホのスピーカーから愛理の寝息が聞こえてきた。


 どうやら、愛理も眠くなってしまい、寝てしまったみたいだ。


 ――そういえば……ゴールデンウィークに出かけたとき、電車で愛理に寄りかかられながら一緒に寝ちゃったこともちゃんと鈴音に言った方がいいのかな……?


 今日、鈴音が帰り際にゆきちゃんとのことでキスを要求してきたことから、過去のことでもちゃんと話さなければいけないと推測できるが、今日、要求されたことを思い出すと、鈴音に、正直に愛理とあったことを話すことが少し怖くなった。


 ――この場合は、何を要求されるんだろう……?


 僕は、何を要求されるか見当をつけることができなかった。


 そもそも、2倍の行動がどのくらいのものを指すのかは、鈴音の匙加減で決まってしまう。


 僕は、このとき、自分がとんでもない契約をしてしまったことにようやく気づいた。


 しかし、そんなことに今更、気づいたところでもう手遅れだった。


 そんなことを考えている内に僕の眠気も限界を迎えそうになっていた。


 ――ああ……もう……電話切るのもめんどくさいや……。


 電話を切るためにスマホに手を伸ばすのも億劫だった。


 そして――


 愛理と電話を繋げたまま僕は、意識を手放した。


 これが僕の人生初の寝落ち通話になった。


***


 翌朝、僕が目覚めたときには、通話は切れていた。


 途中で目覚めた愛理が切ってくれたのだろう。


 まだ少し重たい瞼をこすりながらスマホを手に取り、確認すると――


『途中で寝ちゃってたみたい……ごめん』


 愛理からメッセージが届いていた。


『ううん……! 僕も、眠気に負けて電話切れなかったから……!』


 僕は、寝起きのせいか少しおぼつかない手つきでスマホに文字を入力し、愛理に返信した。


『ピロン!』


 すぐに愛理からメッセージが返ってきた。


『そう……。後、聞きたいんだけど、何か寝言とか言ってなかった……?』


 僕は、即座に返信した。


『何も言ってなかったし、僕も愛理が寝た後すぐ寝ちゃったから』


『そう。それなら、いいわ』


 僕は、その後、愛理のメッセージに猫がサムズアップしているスタンプを返信し、会話を終わらせた。


「ふう……」


 僕は、息をつくと、スマホをポケットにしまい、リビングへ朝食を取りに行こうとした。


 その瞬間だった――


『ピロン!』


 スマホがメッセージを受信したことを知らせた。


 ――まだ何か用があるのかな……?


 そんなことを考えながらスマホを取り出し、メッセージを確認すると――


『会いたい』


 鈴音からメッセージが届いていた。


 


 










 






 




 


 






 


 









 

 


 


 


 


 


 


 

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