第33.5話 私にできること(永井鈴音視点)

 

 私、永井鈴音は焦っていた。


「あれから、霧崎君と全然話せてないな……」


 私は、家の自室でぽつりと呟いた。


 そう、霧崎君とゴールデンウィーク中に水族館に一緒に行って以来、全くと言っていいほど話せていないのだ。


 そんな私に引き換え上条さんは、席替えで霧崎君の隣の席を獲得し、毎日のように会話をしている。


 さらに、上条さんと霧崎君が付き合っているという噂まで流れ始めているという情報を同じ部活の谷口さんから聞いた。


 それは傍から見れば、霧崎君と上条さんがそれほど親密に見える証明だ。


 私を焦らせるには十分すぎた。


 ――噂が嘘なのは知ってるけど……。上条さん、絶対、霧崎君のこと好きだよね……。


 あの様子を見るに上条さんが霧崎君のことを好きだと断定するしか選択肢はない。

 

「はあ……上条さんいいなあ……」


 ――私も教室で霧崎君と話せたらいいのに……。


 私は、霧崎君の近くの席になれなかった自分を恨めしく思った。


 この時点で私と上条さんの間には、かなりのディスアドバンテージが生まれてしまっている。


 ――今はとりあえずできることをしよう!


 私は、霧崎君に迷惑がかからない範囲でコンタクトをとれるようにしようと決めた。


***


 翌朝、私は、霧崎君を学校のベンチで待ち伏せしていた。


 朝、偶然出くわしたクラスメートと会話して教室に行く流れは至って自然だろうと考え、私は行動を起こした。


 しかし――


 待てど暮らせど霧崎君は現れない。


 もう既に登校時間まで後10分を切っている。


 ――もしかして、また遅刻かな……?


 この前、霧崎君と渡辺君が揃って遅刻してきたことを思い出した。


「はあ……」


 私は、ため息をついた。


 ――今日は、ダメそうだな……。


 このまま霧崎君を待ち続けていると、私まで学校にいるのに遅刻してしまいそうだったため、教室に向かうことにした。


***


 教室に着くと、近くの席になった友達たちに声をかけられた。


「鈴音ちゃんおはよー! 今日は遅かったね」


「ね! いつも早くに来て予習とかしてるのに珍しいよね」


「あはは……昨日、夜更かししちゃったからちょっと寝坊しちゃって……」


 私はぎこちなく言い訳をした。


「うちのクラスの遅刻キャラは、渡辺君と霧崎君だけでいいって!」


 友達の1人が苦笑いしながら言っていた。


 ――霧崎君と渡辺君、まだ1回しか遅刻してないけどね……。


 私は苦笑しつつもそうだねと返事をした。


 すると――


 廊下の方から足音が聞こえてきた。


 そして――


『ガララッ!』


 教室のドアが開く音がした。


 ドアが開くと同時に霧崎君が足早に自分の席に向かっていった。


 ――間に合ってよかった……。


 私は、なぜか霧崎君が登校時間に間に合ってホッとしていた。


 そのまま、霧崎君のことを見ていると――


 上条さんと霧崎君が会話を始めた。


 ――うう……羨ましい……。


 やはり、席が遠いのはディスアドバンテージだと思い知らされた。


 私が、そのまま霧崎君たちの様子を眺めていると――


 後ろの席の吉井さんが会話に入った様子が見受けられた。


 ――吉井さんが会話に参加してる!?


 私は衝撃を受けていた。


 私の勝手な印象だが、吉井さんはいつも休み時間に本を読んでいる物静かな印象、いわば、クールビューティーな女の子という印象があったからだ。


 そんな吉井さんが興味深げな顔をしながら霧崎君たちと話しているため、私もその会話内容が気になり、霧崎君の近くの席の葵ちゃんにメッセージを送ろうとしたが――


 葵ちゃんは、規則的に背中を膨らませたりしぼませたりしながら机に突っ伏して寝ていた。


 ――葵ちゃん……! こんなときに……。


 私は、どうにか聞き耳を立てて3人の会話を聞こうとしたが、教室の喧騒が邪魔して聞き取ることができなかった。


「はあ……」


 私がため息をつくと――


『キーンコーンカーンコーン』


 登校時間を知らせるチャイムが鳴った。


「よーし、じゃあ朝のホームルーム始めるぞー」


 寺川先生の一声で教室が静まり返った。


 そのまま私は、3人が何を話していたのかが気になっていたが、先生の話に耳を傾けることにした。


***


 私は、朝のホームルームの後も霧崎君に話しかけるチャンスがないかずっと注視していたが、チャンスは1度も訪れず、気づけば部活が終わる時間になっていた。


「永井さんお疲れ様……! ゴールデンウィーク後半あたりの1日練のときは絶好調だったのに最近また元気ないよね……? 大丈夫……? 俺たちでよかったら話聞くけど?」


 渡辺君が爽やかな笑顔を浮かべながら谷口さんと一緒に近づいてきた。


 最近、なぜだかはわからないが、渡辺君がこうしてよく話かけてくれる。


「う、うん……! 大丈夫……! 最近、夜更かし気味でね……あはは……」


 霧崎君と話せなくて悩んでいますなんて、クラスで上条さんと同等に霧崎君と親しいと思われる渡辺君には口が裂けても言えない。


「そっか……ちゃんと寝るんだよ……? まあ、この前、真琴と一緒に遅刻した俺が言うことじゃないか!」


 渡辺君が少しおどけながら言うと――


「そうだよ! 秀一が言えることじゃないね! 永井さん、ちゃんと寝るんだよ」


 谷口さんが微笑みながら言った。


「そう言うまみだって、あの日遅刻したでしょ……」


 渡辺君が苦笑いしながら言った。


「ぐぬぬ……秀一め……余計なことを……」


 私は、そんな2人の幼馴染特有の親しいやり取りを微笑ましい気持ちで眺めていた。


 ――葵ちゃんと光瑠君と話しているときの私みたいだな……。


 私は、誕生日の日以来、3人で話せていないことを思い出し、久しぶりに3人で会いたいなと思った。


「それじゃ、私たちは先に帰るね! 永井さんはちゃんと寝るんだよー!」


「うん! また明日ね!」


 私がそう言うと、渡辺君と谷口さんは部室を後にした。


 ――さてと……そろそろ私も帰ろうかな……


 私は、練習で使った道具の片づけを済ませ、帰り支度を始めた。


***


 部室を後にするとき最後になったため、私は、部室の鍵を職員室に返しに向かっていた。


 すると――


「失礼しましたー」


 霧崎君が職員室から出てくるのが見えた。


 そして――


 私は思わず隠れてしまった。


 ――何で私隠れたの!? 話しかける絶好のチャンスだったのに……!


 明らかに今のは、霧崎君に話かける絶好のチャンスだった。


 私が自分の勇気のなさに頭を抱えていると――


 吉井さんが教室の方から歩いてきて、霧崎君に鞄を手渡したのが見えた。


 そして――


 霧崎君が先に進む吉井さんを追いかけ、一緒に階段を下っていった。


 ――ええええええ!? どういうこと……?


 私は、霧崎君と吉井さんが2人でいることが不思議で仕方がなくて呆然としてしまった。


「永井……? 何してるんだ……?」


 職員室から出てきた寺川先生が私に話しかけてきた。


 その声で私は我に返った。


「あ、部室の鍵を返しに来たんですけど……」


 私が、そう言うと――


「おお、そうか。先生が返しておくからもう行け」


 そう言うと、寺川先生が私の手から鍵を取り、職員室に戻っていった。


 ――2人を追いかけよう!


 私は、足早に階段を下りて下駄箱に向かった。


***


 少し足早に街頭に照らされた夜道をしばらく歩いていると、霧崎君と吉井さんの姿が見えてきた。


 ――なんとか、追いつけた……!


 クラスメートなんだし、普通に話しかけて一緒に帰ればいいのに私は、尾行まがいのようなことをしていた。


 2人の後をつけていると会話内容は聞こえないが、楽し気な声が聞こえてきた。


 ――うう……私も霧崎君と話したい……。


 今まで何度言ったかわからなくなってきたセリフを頭の中で繰り返した。


 ――いっそのこと、ここはもう話かけちゃおう!


 霧崎君と話したいという気持ちが抑えられなくなり、人気の少ない路地に入ったところで、歩を早めて霧崎君たちとの距離を一気に縮めようとした瞬間だった――


 吉井さんが霧崎君に抱き着いた。


 ――え……どういうこと……? これ……?


 私の脳が機能を停止した。


 その後も吉井さんは霧崎君にしばらくの間抱き着いていた。


 吉井さんが霧崎君から離れて、2人が再び歩を進め始めたのを見て、私は我に返り再び2人の後を追った。


 吉井さんと霧崎君は、まだ知り合って間もないはずだ。


 ――2人は席替えをするまでは接点なんてなかったはずなのに、あれじゃ、まるで……


 私はその先のことを考えることができなかった。


 否、考えたくなかった。


 そうしてぼんやりと霧崎君と吉井さんの後ろ姿を眺めていると――


 霧崎君が立ち止まった。


 直観的にまずいと思い、私は咄嗟の判断で物陰に隠れた。


 物陰の隙間から様子を見ると、霧崎君が後ろを振り返っているのが見えため、これ以上は尾行できないと判断し、しばらくこの場に留まることにした。


***


 数分が経って、霧崎君と吉井さんの姿が完全に見えなくなっていた。


 近くを走る車の走行音がいやに虚しく頭に響く。


 私は、そのまま呆然と歩き続けていた。


 ――2人は付き合っていないはず……きっとあれは、私の見間違いだよ……それか、これはリアルな夢だよ……。


 私は、そう自分に言い聞かせ続けた。


 そのまま歩いていると、自分の頬に涙が伝ったのを感じた。


 ――ああ……これは夢じゃないんだ……。


 涙が頬を伝ったことで、私はこれが現実だと思い知らされた。


 ――まだ2人が付き合っているとは言いきれないけど……。


 私は、2人が付き合っていない可能性に懸けようとしたが、付き合っていなかったにしろ、数日であんなに距離を詰めることができる吉井さん、そして、既に霧崎君と親密な仲を築いている上条さんに勝てる気がしなくなってしまっていた。


 ――あの2人を相手に私にできることなんて、何もない……。


 そんな風に自信喪失した私は思わず呟いていた――


「初恋、諦めようかな……」







 






 


 




 





 


 


 




 


 


 








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