第25話 浅草遠征 前編


『ピピピピ!』


 スマホの耳障りな音が聞こえた。


 ――ああ……朝か……。


 そう認識したが、僕は、また目を瞑ってしまった。


 昨日は、普段より少し早めに寝たが、ここ最近の疲れが取れ切れていないのか、気温の急激な変化に体がついていけていないのかは、わからないが、体が重すぎて起きようという気になれなかったのだ。


 僕はスマホに手を伸ばし、アラームを止めた。


 ――ダメだ……後少し……。


 僕は、睡魔に抗うことができず再び意識を手放した。


***


 僕は、浅草にいた。


 しかし、どうも様子がおかしい。


 周囲には、東京の街だというのに僕と愛理しかいない。


 それに、昨日、お風呂上りにチラッと見た天気予報によれば清々しい程の晴れということだったのに、なぜか空の色も今にも、雨が降り出しそうな程暗くなっていた。


 ――この状況は、一体なんなんだ……?


 僕が、そんなことを考えていると――


 愛理の顔がみるみるうちに青ざめ始めていた。


「愛理? どうしたの?」


 この理解の追いつかない状況の中、意外にも、僕は能天気な声で愛理に声をかけていた。


 そんな僕を見て、愛理は呆れた顔をしながら僕の手を取り、走り出した。


「え、ちょっ……! 愛理……!?」


 突然走り出した愛理に、散歩途中に犬が突然駆け出して慌てふためく飼い主のように引っ張られていると――


「ねえねえねえねえ! 待ってよぉ……! 楽しく一緒に写真撮ろうよぉ……!」


 少し離れたところから、聞き慣れた恐怖心を掻き立てる声が聞こえてきた。


 なぜか、外にいるはずなのにトンネルにいるかのように声が反響している。


 ――ほんとに一体なんなの!?


 状況をうまく呑み込めていないが、ただ1つわかることがある。


 ――とにかく全力で逃げないとやばい……!


 僕と愛理は走るペースを上げた。


「2人とも待ってよぉ……そんなに逃げられちゃうと、私嫌われてるのかなって思っちゃう……。悲しいよぉ……」


 しかし、声は僕たちに段々迫っている。


 このままじゃ、追いつかれてしまう。


 そう思った時だった――


 僕たちの目の前に、曲がり角が見えた。


 ――これは、行くしかない!


 愛理もどうやら同じことを考えたみたいで、曲がり角を曲がった。


 そして、物陰へ隠れた。


 僕も愛理も、息も絶え絶えで今にも倒れそうな顔をしていた。


 ――なんとか撒けたか……?


「あれ……? 2人ともどこ行っちゃったんだろ……見失っちゃったぁ……」


 そんな声がどこからか聞こえてきて、僕と愛理はほっと息をついた。


 すると――


「なーんてね……! 真琴君、愛理ちゃん……つーかまえたー……! あは!」


「うわあああああ!!」


 僕は、そう言ってベットの上で飛び起きた。


 心臓がありえない速度でバクバクと鼓動している。

 

 僕は、今、自分の置かれている状況を真っ先に確認した。


 視線を落とすと、今、僕は自室のベットに居てパジャマを着ている。


 ――そうなると、今のは夢か……。


 僕は、安心してホッと胸を撫でおろした。


 ――さてと、夢だとわかったし準備を始めようかな……。


 そう思って、スマホに手を伸ばし、何か連絡が来ていないか確認すると――


『11時32分の電車に乗るから、もし同じ電車だったら車両合わせて一緒に行きましょ』


 愛理からのメッセージが通知一覧に表示されていたため、瞬時に、僕は、自分の乗る電車がどのくらいで愛理の最寄駅までかかるかを計算した。


 ――多分、時間的に同じ電車だな……。


 僕は、その時重大なことに気づいてしまった。


『10時3分』


 スマホの時計を見て僕は、血の気が引くのを感じた。


 愛理と同じ電車に乗るためには、後20分程度で家を出なければならない。


 しかも、その電車を逃したら浅草に着くのは、時間ギリギリか、乗り換えがうまくいかなかった場合、遅刻もありえる。


 僕は、その事実に気づくと、ありえない速度で着替えや寝ぐせ直しを済ませ、歯磨きをして家を飛び出した。


***


 ガタンゴトンと音を立てながら走行する電車の中で、僕は肩で呼吸をしていた。


 ――なんとか間に合った……。


 そして、席に座ってスマホを取り出し、スマホのスクリーンに文字を入力し、愛理にメッセージを送った。


『2号車の2番ドアのところに乗ったよ』


 メッセージを送ると、すぐに『了解』と返事が返ってきた。


 そのまま、電車に揺られて数十分後――


「おはよう……。体の調子はもう大丈夫かしら……?」


 愛理が電車に乗るなり僕を見つけて隣の席に座ってきた。


 ――そういえば、愛理とは昨日、電話で少し話したけど倒れた日から1回も会ってなかったな……。


「おはよう……! うん……! もう大丈夫だよ、すっかり元気……!」


「そう、それならよかったわ……! 倒れたときは、すごく心配したんだから……」


 愛理が少し目を伏せながら言った。


 ――そうだ、愛理も僕が倒れたとき救護活動を手伝ってくれたんだった。


 光瑠君がふんわりとだが、愛理も救護活動を手伝っていたと言っていた覚えがある。


「あ、そうだ! 月曜日は倒れた僕を助けてくれてありがとう……! ほんとにお騒がせしました……」


 僕が深々と頭を下げると――


「何でそれを知ってるのよ!?」


 愛理は少し驚いた顔をしていた。


「あれ……? 知ってたらまずかった……? 光瑠君がそんなことを言ってたから……」


 とてもありがたい行動だし、誰かが倒れたときすぐに対処できるなんてすごいと思う。


 そのため、知られちゃまずい理由なんてないはずだ。


「まずくはないけど……。なんか、恥ずかしいじゃない……? 言わないでって言ったのに……」


 愛理は少し恨めしそうな表情を顔に浮かべた。


「ほんとにありがたいから、そんなこと言わないで……! 倒れた人を前にして冷静に対処できるなんて滅多にできることじゃないと思うし……!」


「そ、そう……。あなたがそう言うなら……うん……。どういたしまして……」


 まだ少し恥ずかしそうにしながらも、愛理は、はにかみながら微笑んだ。


 そうして、会話も特になくボーっとしていると――


 電車が急停車した。


 僕は、不穏な予感を感じられずにはいられなかった。


 ――この時間に、こんな場所で急停車なんてあれしかないだろ……


 血の気が引いていくのを感じる。


『――ただいま、4駅先の駅にて人身事故が発生したとの情報が入りました。これを受けて上下線ともに全線運転見合わせとさせていただきます』


 車掌さんからアナウンスが入った。


 やはり、僕の予感は的中してしまった。


 ――これじゃ、遅刻は免れないぞ……?


「さっちゃん先輩って最寄駅どこか知ってる……?」


 僕は、少し震えた声で言った。


「確か……自転車通学だから……」


 愛理も少し泣き出しそうな声をしていた。


 ――そうなると、この路線を使うのは間違いないはずだ……!


 僕は、さっちゃん先輩もこの運休に巻き込まれている可能性に懸けようと考えた。


 しかし、そんな希望はすぐに打ち砕かれた――


 ポケットにしまっていたスマホの振動を感じた。


 愛理も僕と同時にスマホを取り出した。


 ――いやいや、まさかね……?


 そう思いながらスマホを確認すると――


『おはよー! 今日もいい天気でよかったよ! 私は、少し早く着きすぎたからお昼でも食べて待ってるからね! 遅刻厳禁だよ! いかなる理由も認めません!』


 さっちゃん先輩から想定していた中でも最悪のメッセージが届いた。


 ――うん、詰んだ……詰んだね……。


 僕は、感情というものが心から抜けていくのを感じた。


 ふと、愛理を見ると――


 もう既に、顔に絶望に満ちた表情が浮かんでいた。


「どうする……?」


 僕の問いかけに愛理は――


「そうね……とりあえず迂回ルートを探して、少しでも早く着くように行きましょう……」


「うん……そうしよう……」


 一瞬、いっそのこと今日はバックレるという考えも浮かんだが、そんなことをすれば、次に学校に行ったときどうなるかわかったものじゃないため、とりあえず浅草へ向かう方がまだマシだろう。


 しばらく、迂回ルートの中でも最短で浅草に行けるルートを探していると、急停車していた電車が乗客を1度降ろすために次の駅へ向かった。


 電車を降りて、僕と愛理は改札へ駆けながら――


「最短ルートを使うとなると、タクシーを使うことになるけど大丈夫……?」


「ええ……! 背に腹は代えられないわ……2人で半額ずつ出しましょ……!」


 やはり、高校生にタクシーは少し痛い出費だが、やむを得ないだろう。


 僕と愛理はお互いに頷きながら、改札を出てタクシーに1直線に駆け込んだ。





 








 












 


 




 


 

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