第26話 浅草遠征 中編

 

 僕と愛理は、浅草に着くなり、さっちゃん先輩と合流する場所に駆け出した。


「今、時間は……!?」


 愛理が息を切らしながら言った。


 僕が走りながら、手に持っているスマホを確認すると――


 先輩から、愛が重たい彼女から届く連投メッセージの如く、メッセージが届いていた。


 しかし、読んでも仕方ないため僕は、時刻だけを確認した。


「1時8分……!」


 もしかしたら、このくらいの遅れなら情状酌量の余地があるかもしれないなどと、淡い期待を抱いた。


「そう……8分遅れ……とにかく、できるだけ急いできたことを精神誠意謝りながら伝えるしかなさそうね……」


「――そうだね……。後少しで待ち合わせ場所だけど……」


 そんなことを話している内に待ち合わせ場所に近づいていて見知った姿が見えてきた。


 しかし――


 ――なんか、周りの人が先輩を避けているような……?


「ねえ、ママ? あの人なんか怖いよぉ……」


「こら! 見ちゃいけません」


 通りががった親子が不審者を見たときのテンプレのような会話をしていた。


 おそるおそる僕たちは、先輩に近づいた。


 すると――


「真琴君と愛理ちゃん遅いなぁ……。やっぱり私のこと嫌いなのかなぁ……? ああ……悲しいなぁ……。楽しみにしてたの私だけかぁ……」


 先輩が無表情で呪詛のように呟いていた。


「あの……さっちゃん先輩……すみません……。遅れました……」


 声を少し震わせながら、先輩に声をかけた。


「あ、真琴君と愛理ちゃんだぁ……」


 先輩が、張り付けたような笑顔を浮かべながら顔を上げた。


 ――あ、これ、予想してたけどやばいやつだ……。


「「……」」


 僕たちは、見えないはずの禍々しいオーラを放つ先輩を前に何も言うことができなかった。


 そんな僕たちを他所に――


「ねえねえ、2人はどうして遅れたのかな……? 怒らないから言ってみてよ……!」


 先輩は相変わらず、張り付けたような笑顔を浮かべ続けている。


 ――いやいや、絶対怒るやつじゃないですか……。


 僕がそんなことを考え、理由を言うのをためらっていると――


「えっと……電車が遅延して……」


 愛理が口を開いた。


「へー、何時の電車に乗ったの……?」


「11時32分の電車です……」


 愛理がそう言うと、先輩から張り付けた笑顔が消えた。


「それだと、ここに時間内につける最後の電車だよね……? 私たちが使う電車ってよく遅延するから、少し早めに出ようとか思わなかったのかな……? ねえねえ、私が今日何時の電車に乗ったか知ってる……? 8時半の電車に乗ったんだ……学校よりは、遅いけどちゃんと早めの電車に乗ったんだ……」


 ――そう言われると何も言い返せない。


「すみません……僕たちの考えが甘かったです……」


「ちゃんと謝れて偉いね……! でも、今回の遅刻はちょっと許せないなぁ……」


 先輩は再び張り付けたような笑顔を浮かべた。


 ――やっぱり、怒るんじゃん……!


 僕が、心の中で先輩にツッコミを入れていると――


「うん……! 今回は、お仕置きが必要かな……!」


 先輩が、作った満面の笑みを浮かべながら言った。


「「ひいっっ!」」


 僕たちは、同時に後ずさった。


「大丈夫だよぉ……痛いことはしないから……。ただ、ちょっとお仕置きするだけだよ……?」


 先輩がだんだんと距離を詰めてくる。


 僕たちは、じりじりと音を立てながら後ずさり続けた。


 そして――


「逃げるわよ……!」


 愛理が僕の手を引いて、突然走り出した。


「え、ちょっ……! 愛理……!?」


 突然走り出した愛理に、散歩途中に犬が突然駆け出して慌てふためく飼い主のように引っ張られた。


「何かあったら、先輩と鬼ごっこでもしようって言ってたのはあなたでしょう……!?」


 ――あれ、本気にしてたの!?


 昨日、電話で話したときは、冗談で言ったつもりだが愛理は、本気にしていたみたいだ。


 心の中で苦笑していると――


 ――あれ……? この展開……?


 僕は、この状況になぜか既視感を覚えていた。


 ――この既視感は一体……?


 なぜ既視感があるのかを必死に思い出そうとしていると――


「ねえねえねえねえ! 待ってよぉ……! なんで逃げるの……? すぐ終わるから……ね……?」


 後ろから、先輩が追いかけてきているみたいだ。


 ――距離的には、結構離れているな……!


「愛理! 少しペースを上げよう!」


「え、ええ……!」


 そのまま一気に僕たちはペースを上げた。


「2人とも待ってよぉ……!」


 かなり遠くから先輩の叫ぶ声が聞こえる。


 どうやら、先輩はカメラなど大きな荷物を持っているためあまり早く走れないみたいだった。


 そのまま、しばらく走り続けていると――


 僕たちの目の前に、曲がり角が現れた。


 ――この曲がり角……やっぱりどこかで……?


「ここで曲がって、物陰に隠れるわよ……!」


 愛理がそう言った瞬間――


 ――あ、これ、今朝見た夢に似ている気が……


 そのことに気づいた瞬間、僕は思い出した。


 ――この曲がり角はダメだ!


「愛理! ここはダメだ!」


 僕が必死に呼びかけると――


「何言ってるのよ!? いいから行くわよ!」


 愛理は、僕の手を強く引いて、曲がり角に入り、僕たちは、物陰に隠れた。


 僕も愛理も、息が絶え絶えで今にも倒れそうだった。


 さらに――


「ご、ごめん……! 咄嗟のことだったからつい……」


「う、うん……大丈夫……。こちらこそごめん……」


 僕と愛理は物陰に隠れるために思い切り密着していた。


 愛理の呼吸音が耳元で聞こえる。


 ――なんか、これダメなやつな気がする……。


 僕は、先輩に追われている最中にも関わらず浮かんできた雑念を振り払い、平常心を保とうとした。


 すると――


「あれ……? 2人ともどこ行っちゃったんだろ……この曲がり角に入っていったの見えたんだけどな……見失っちゃったぁ……」


 そんな声が近くから聞こえてきたため、僕と愛理は息を潜めた。


 しばらく経って――


「曲がると見せかけて、人混みに紛れ込んで、あっちに戻ったのかな……?」


 そんな声が聞こえた。


 そして、45秒くらい経った後、僕が物陰から顔を出して確認すると、先輩の姿は見当たらなかった。


「ふう……撒けたみたいだよ……」


 僕が今朝見た夢とは違う結果になった。


「ええ……よかったわ……。なんだか、私たち、今日は走ってばっかね……」


 確かに思い返してみると、今日は走っていた記憶しかない。


 僕に関しては、夢の中でまで走っていた。


 僕は、そのことがおかしくなって――


「くっ……あはは! あはははははっ……!」


 思わず笑い始めてしまった。


「も、もう、私だって変に思ったけど、我慢しているんだから……わ、笑わないでちょうだい……ぷっ! あはははは!」


 愛理もつられて笑い始めた。


 ひとしきり僕たちは、笑い終えると――


「ふう……こんなことをしている場合じゃないわ……」


 愛理がこほんと咳払いをし、話を続けた。


「この後、どうする……?」


 このまま浅草にいるのは、先輩と出くわす可能性が高い。


 ――そうなると……。


「今から、スカイツリー方面にでも行こうか? そこで、電車に乗って別の場所に行くか、そのままスカイツリーのあたりを散策するか……どっちかがいいと思うよ……」


 僕が、そう言うと――


 愛理の顔が急に恐怖に染まった顔になっていた。


「愛理……?」


 僕が呼びかけると――


「2人でずいぶん楽しそうなお話してるんだね! 私も混ぜてよー……!」


 背後から声がした。


 僕は、背筋に凍る物を感じながら振り返った。


「さ……さっちゃん先輩……」


「うん! 2人のことが大好きなさっちゃん先輩だよぉ……! それにしても、逃げるなんてひどいよー……もっとお仕置きしなきゃいけなくなっちゃったじゃんかー……」


 感情のこもっていないニコニコとした笑顔を浮かべながら先輩が近づいてくる。


 僕と愛理は、逃げようとするも、さっき全力で走ったせいで限界が来ているせいか、恐怖のせいかはわからないが動くことができなかった。


 そして――


 「真琴君、愛理ちゃん……つーかまえたー……! あは! お仕置き終わったら楽しい遠征にしようね!」


 さっちゃん先輩が作ったような満面の笑みを浮かべながら僕たちの腕を掴み、僕たちを人が比較的少ない場所に連れて行った。


 その後、僕たちがどんなお仕置きを受けたかは、語りたくもない。


 


 




 








 








 




 




 


 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る