第6話 永井さんとのお昼休み


 ――高校生活3日目の朝。


「やばい、眠すぎる……」


 今日から、授業の中には、本格的に授業内容に入るものがあるというのに僕は、今にも寝そうになりながら、下駄箱の前で靴を履き替えていた。


 寝不足の原因は言うまでもないが、昨晩の永井さんからのメッセージだ。


『明日のお昼休みに一緒にご飯を食べませんか?』


 この程度のことで舞い上がるなんて……と思う人もいるかもしれないが、僕にとっては、1年間片思いし続け、ようやく、2人きりでゆっくり話をし、距離を縮めるチャンスなのだ! 舞い上がらずには、いられなかった。


 もちろん、返信をして、お昼休みにご飯を一緒に食べることになった。


 しかし、了承した後、僕は、気づいてしまった……。


 ――待て、何話せばいいんだ? 


 どんなに考えても、無難な話の話題しか思いつかず、ああでもない、こうでもないと考えていたら――


 あっ……外が明るくなってきた……。


 僕は、一睡もすることができなかったのだ。


 昨晩のことを思い出してると――


「真琴、おはよう」


 後ろから声をかけられた。


 振り返ると、樹がいた。


「樹、おはよう」


「……すごいクマができてるが――一体……?」


 樹が、訝し気な顔で聞いてきた。


「――ちょっと一晩中考え事をしてたら、寝れなくてさ……」


 あくびをしながら答えた。


「全く……今日から授業なのに、大丈夫か? 第1回の授業から寝るのは、第一印象最悪だぞ?」


「だよねー……僕が、寝そうになってたら、後ろからどうにかして起こしてくれると助かる」


 とても迷惑なお願いを樹にすると、今回だけだからね、と、渋々、了承してくれた。


***


 教室に着くと、まだ、新学期ムードが抜けきっておらず、教室は、友達作りに躍起になる人たちで賑わっていた。


 しかし、僕は昨日と全く違う点を1つ見つけた。


 ――あれ? 永井さんの周りに誰もいないぞ?


 不思議に思って永井さんを見ると――


 ……寝てる。思い切り背中を膨らませたり、しぼませたりして寝ている。


 ――なるほど、これは、さすがにみんな話しかけにくい。


 新しい環境に来たばかりで疲れが抜けないんだろうな、などと的外れなことを僕は、考えていた。


***


 午前中の授業を幾度となく、寝そうになって、樹に後ろからシャーペンで背中をつつかれながら耐えていたら、気づけば、その時がやってきていた。


 そう――昼休みだ。


 樹に今日も秀一君と一緒に昼食べるけど来る?と聞かれたが、断りを入れ、僕は、永井さんに指定された空き教室に向かっていた。


 ――ここで、いいんだよな?


 不安に思いながら扉を開けると――


 既に永井さんがいた。


「ごめん、お待たせ」


「ううん、今来たばっかだから……!」と永井さんは言い、あの破壊力抜群の微笑みを向けてきた。


 ――あー、これ、やばいかも……僕は、無事に生きて教室に戻れるだろうか?


 大袈裟だが、ずっと片思いし続けている相手と2人きりで学校の空き教室にいて、落ち着いていられるやつがこの世にいたら教えてほしい。


「そ、そ、それならよかったよー――さ、さ、さっそく、ごはん、た、たべようかー」


 ――あああああああ! 噛みまくってるし、カタコトだし、しっかりしてくれ! 僕!


「霧崎君、緊張してる?」


 微笑みながら、永井さんが言ってくる。


「あ、う、うん。女の子と2人でご飯食べるの初めてだから……」


 ――うああああ……恥ずかしすぎる……。


 そう思っていると――


『そっか、初めてなんだ……』


 ボソッと永井さんが何か言ったのが聞こえ、永井さんを見ると、どういうわけか、永井さんがとても嬉しそうにしている。


 不思議に思って、何か言った?と聞くと、何でもないよと言われた。


 それから、僕たちは、お弁当を広げてご飯を食べ始めた。


「……」


「……」


 ――沈黙が流れていた。


 やばい、予想はしてたけど、マジで何を話せばいいか、全然わからない……。


 心の中で焦っていると、永井さんが口を開いた。


「霧崎君は、もう、何部入るか決めた?」


 永井さんが気まずさに耐えれなくなったのか、とりあえず当たり障りのない話題で会話を始めてくれた。


「めちゃくちゃ迷ってて……まだ、決まってないんだ。今日、同じクラスの樹ってやつと、放課後に部活見学行くつもりだよ」


「そうなんだね。いっぱい部活あるからね……! 迷っちゃうよね……!」


「う、うん。そうなんだよー」


 やばい、会話途切れる! 


 僕は、とっさに質問をした。


「永井さんは、もう決めたの?」


 僕は、緊張のあまり、相手に質問をして、相手に興味を示すというコミュニケーションの基本中の基本を忘れていた。寸でのところで思い出せた……。


「うん……! 演劇部に入ろうかなって……! 中学生のときに見た、演劇部の先輩たちがカッコよくて憧れたんだ……!」


 ――ん? 確か、演劇部って……?


『俺は、演劇部に入るつもり! 中学まではテニス部だったんだけど、高校では新しいことに挑戦したくて!』


 ――あ、そうだ、秀一君も演劇部って言ってたな。


 ――なんか……嫌だな……。


 あの爽やかなイケメンと永井さんが同じ部活で活動している姿を想像して、少し沈んだ気持ちになったが、杞憂だろうと無視した。


「霧崎君……?」


 永井さんの声で我に返った。


「ああっ! ごめん! なんでもないよ! ただ、演劇部は全国レベルで有名だから忙しいって、聞いたから、すごいなーって思ってたんだよ……! 永井さんなら、名女優になれるよ!」


 僕が、そう言うと永井さんは、ありがとう! と言い、微笑んできた。


 そして、また、沈黙が訪れた。


「……」


「……」


 ――やばい、マジで会話が続かない……。


 そう思っていると――


「ずっと、聞きたかったことあるんだけどいい?」


 永井さんが、微笑みを浮かべながらも真剣さを感じる表情で聞いてきた。


 思わず、ごくりと生唾を飲んだ。


「うん。いいよ」


 僕が、そう言うと――


「どうして、この高校に受かるために、夏期講習の時期とか、あそこまで勉強頑張れたの?」


 ……え? 何で、永井さんがそれを知っているんだろうと不思議に思っていると――


「ずっと、自習室で勉強頑張ってる姿見てたから気になっちゃって……」と永井さんは、続けた。


 ――え? 永井さん、僕のこと見ててくれたの? しかも、ずっと? など、疑問は絶えない。


 しかし、今は、質問に答えないと――


「どうしても、同じ高校に通いたいって思った人がここに行くって言ってたから、頑張ろうと思ったんだ……」


 そう答えると、永井さんが驚いた顔をしていた。


 そして、しばらく黙りこんだ後、永井さんが口を開いた。


「その、同じ高校に通いたいって思った人って……」


 そう、いいかけたとき――


『キーンコーンカーンコーン』


 昼休み終了5分前を知らせる予鈴が鳴った。


「……」


「……」


「教室……戻っろっか……?」


 永井さんが気まずそうに言った。


「そ、そうだね。戻ろう……」


 こうして、僕と永井さんの初めての昼休みは終わった。


 ――にしても……永井さん、何を言おうとしてたんだろう?


 永井さんが何を言おうとしていたかが気になって、午後の授業は、全く耳に入ってこず、放課後に樹と部活見学にも行ったが、上の空で、どの部活がいいかも決めることができなかった。


 メッセージで聞けば、済む話なのだが、なぜだかそれでは、ダメな気がしたので聞けずにそのまま一日を終えた。






 





 


 

 



 






 






 




 

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