第5話 同じクラスになったけど……
――高校生活2日目の朝。
僕は、意気込んでいた。
――今日こそは、自分から永井さんに声をかけるぞ!
なぜだか分からないが、ここにはいないはずの始の『どうせ、無理だからフラグを建てるな』という声が聞こえてきたが、無視しておいた。
なぜなら、今の自分は、声をかけようとするだけで、緊張で謎の動悸を起こしていた1年前の自分とは違うのだ。
――そう! 1年間の猛勉強により、精神力が鍛えられたのだ!
今に見てろ! と心の中の始に僕は、言った。
そんなことを考えながら下駄箱の前で靴を履き替えていると――、
「朝から何をニヤついているんだい?」
突然声をかけられたので、顔を上げると、中野君がいた。
「おはよう――中野君」
まだ、知り合ったばかりのため、一瞬、名前が出てこなかったのは、彼に内緒だ。バレたら『君は、恩人の名前を忘れる薄情者なのか……つくづく呆れる』と言われそうだ。
「今、気になる間があったけど、まあ、いいや。そんなことより、朝から校内をニヤニヤしながら歩くのは、気味悪がられるからやめておいた方がいいよ」
自分では、ニヤニヤしてたつもりはないが、どうやら、みなぎる自信が表情に出てしまっていったらしい。
「そ、そうだね。気をつけるよ」
「それと、男子に中野君と呼ばれるのは、苦手だから樹と呼んでくれるとありがたい」
――どういう苦手意識だ? それ? と思いながらもわかったと返答した。
そのまま、雑談を続けながら僕たちは、教室へ向かった。
***
教室へ着くなり僕と樹は、自分たちの席に着いた。
――にしても……永井さん、人気過ぎないか?
永井さんの周囲を見ると、既に女子たちがたくさんいて、永井さんを囲うように話しかけていた。
「すごいな、あの人……」
樹が永井さんを見て、言った。
「ああ……永井さんのことか……中学のとき塾が一緒だったけど、塾に入った初日のときもあんな感じだったよ」
あくまで、興味のないふりをして答えた。
「ふーん……君は、知り合いみたいだけど、話しかけないの?」
興味のないふりをして答えたはずなのに、樹は、なぜか僕が永井さんに興味のある前提で答えてきた。
「まあ、あれだけ人がいたら、普通に考えて、話しかけにくいでしょ」
「それもそうだね」と樹が納得した。
――樹は、観察眼に優れていそうだからしばらくの間は、気をつけよう。
そう考えていると――、
「「「中野君! おはよう!」」」
驚いたことに女子3人組が樹に話かけてきた。
――え? どゆこと?
「おはよう。3人してどうしたの?」と涼し気に答えていた。
それから彼女たちは1分くらい樹と雑談した後、去っていった。
「え? 樹いつ女子たちと仲良くなったの?」
「この前、君が帰ってすぐだよ。急に話しかけられて、連絡先交換した」
今まで、自分のことで頭が一杯であまり気にしていなかったが、確かに、よく見なくても、樹は背も高く、顔もそこらの俳優に負けないくらい整っていた。
「僕は、樹も永井さんと同じくらい人気な気がしてきたよ……」
「別に、俺は普通だよ」
特に特別何もないと言いたげな顔をして言ってきた。
「えぇ……」と僕は、ただ困惑するしか無かった。
***
時は過ぎて、昼休みになっていた。
昼休みこそは、永井さんに話しかけようと思っていたが、相変わらず永井さんは、大人気で、話しかけられそうになかった。
――あれ? 今、思い返すと、もしかしなくても、これ、塾で永井さんに話しかけなかった理由と同じじゃない?
自分が全く成長していないことに気がついてしまった。
心の中の始がため息をついたのが分かった。
そんな風に落ち込んでいると――、
「さっき体力測定で仲良くなった同じクラスのやつと昼一緒にする約束したんだけど、来る?」と樹に声をかけられた。
特に断る理由もなかったし、交友関係も広げたかったので、了承した。
***
樹に連れられて、校舎外のベンチに行くと、樹と一緒に昼を食べると約束していた男子が既に待っていた。
――待て待て、樹とは系統が違うけどまたもやイケメンですか……。樹が文学系のイケメンなら、彼は、テニス部にいそうな体育会系のイケメンだな……などと考えていると樹が彼に声をかけていた。
「ごめん、待たせたね」
「ううん、全然! 今来たばっかだから」と彼は、愛想よく答えた。
そして彼が僕を見るなり――、
「俺は、渡辺秀一! 樹から話は聞いてるよ! よろしくね!」と、とてつもなく爽やかな笑顔を見せながら僕に言ってきた。
「あっ、霧崎真琴です。よろしく」
――樹のときは、必死だったから大丈夫だったけど、初対面の人が相手だとめちゃくちゃ緊張してしまう……これがコミュ力の差か……と実感させられた。
「挨拶も済んだみたいだし、早速昼にしようか」と樹が言った。
***
3人でベンチに座って、弁当を食べながら話していると、クラスのグループチャットの話題になった。
当然、僕は、さっきまで、クラスに連絡を取れる知り合いが樹しかいなかったのでそのグループの存在を知らなかった。
「良かったら、2人とも招待しようか?」と秀一君が言う。
「ぜひ、お願いしたい」
「俺は、もう入ってるからいいよ」
――は? 今、樹なんて……?
樹は、気にした様子もなく、弁当に入っていた唐揚げを食べている。
僕の少し不機嫌になった顔を見て、秀一君は――、
「まあまあ、樹も新しい環境に慣れるのに必死だったんだよ。きっと、そうだよ」
――いや、絶対そんなことないだろ……と言いかけたが、秀一君のフォローを無下にするのは良くないだろう。
「秀一君がそういうなら……」と渋々引き下がることにした。
そうしてるうちに、秀一君が僕をグループチャットに招待してくれた。
グループチャット騒動が一段落した後、樹が口を開いた。
「そういえば、部活どうするかは決めてるの?」
――そうだった……部活もしっかり選ばないとだった……。
完全に忘れていた僕をよそに、秀一君が答える。
「俺は、演劇部に入るつもり! 中学まではテニス部だったんだけど、高校では新しいことに挑戦したくて!」
――いや、やっぱりテニス部だったんかい! 顔的にそうかなって思ってたけど。
心の中でツッコミを入れた。
「真琴は?」と樹が聞いてくる。
「うーん、まだ、迷ってて……」
全く考えてなかったと言うと『また君は、そういって重要なことを……』と言われそうだったので嘘をついた。
「じゃあ、俺と明日部活見学回らない?」と樹がありがたい申し出をしてくれた。
「助かる」
「ん、じゃあ、明日はそういうことで――そろそろ時間だし、教室に戻ろうか」
樹の一声で、お開きになり、僕たちは、少し急ぎ足で教室に戻った。
***
――今日は、なんだか疲れたな……。
永井さんに中学生のときと同じ理由で話しかけられなかったことへの自己嫌悪や新しい環境に身を投じていることによって生じる疲れで、家に着いたときには、かなり疲弊していた。
明日は、樹と放課後に部活見学に行くことになってて帰りも遅くなるだろうから、今のうちに休んでおこうと思っていると、ピロン! とスマホが鳴った。
確認してみると――、
『永井鈴音さんに友達追加されました』と表示されていた。
「えっ? どういうこと?」
自分が秀一君にクラスのグループチャットに入れてもらったことなど、驚きと興奮のあまり思い出すことができなかった。
「マジでどういうことだ……? これ?」
さらに、通知は続いた――。
『クラスのグループから追加しました! 永井です! 突然ごめんね』
――ああ……そうだった。グループチャットに入れてもらったんだった。
少しずつ、状況を理解してきた。
そして、そんな僕をよそに、トドメの通知が届いた――。
『明日のお昼休みに一緒にご飯を食べませんか?』
脳が3秒程、機能を停止した。
「はぁぁぁぁっ!?」
思わず部屋で近所迷惑も考えず、絶叫してしまった。
下の部屋に居た母親がうるさいっ! と怒鳴ってくる声が廊下を響いたが、僕の耳には全く入らなかった。
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