2話 アルラウネとツバメ

 プロテアは俺より早く起きていて、ブーケの花の悪くなった部分を取っていた。

 面倒を見ると言っていたのはこういう事だろう。


「おはよう」

「うん。おはよう」


 朝からしゃきしゃきしているプロテアの方から挨拶してきた。

 花を扱う手際の良さは、体の大きさこそ違うが彼女を思い出させる。


「ツバサはこのお花を取っておきたい?」

「どうして?」


「食べ頃になったら食べてもいい?」

「食べるのか」


「ええ。お花は主食なの」

「なるほどなあ。食べてもいいよ」


 嬉しそうに安堵している。


 花瓶に飾ると最後は燃えるゴミになるので、食べる方がかえっていいかもしれない。

 彼女も捨てるたびに少し悲しそうだった。


 彼女がいたらプロテアと仲良くしただろう。やはり勿体無い。


 一週間かけてプロテアがブーケを全て食べた。


「これでいいか?」


 仕事帰りに買った花束を見せるとプロテアが喜んで花に駆け寄る。


「とっても綺麗ね」


 おいしそうとは言わないようだ。しばらく花を眺めて愛でている。


「これを見てたのか」


 プロテアはインターネットで世界の植物を調べて気に入った物を印刷する遊びをしている。キーボードを慎重に歩き回って入力する姿が可愛い。


 オーストラリアと検索した痕跡を見つけて悲しくなる。


「早く花瓶にいけないと」


 プロテアが一本を抱えて花瓶に挿す間に俺が残り全てをいけた。


「これにする」


 プロテアは終わりが近い花から食べる。


「今日は豪華なのね」


 いつもよりスーパーで多く買った惣菜とビールの缶に注目された。やはり気になるよな。


「プロテアに花束を買ったら俺も色々食べたいと思って」

「じゃあ今夜は二輪食べようかしら」


 プロテアは花びらを一枚一枚千切ってから丁寧に巻いて食べる。

 花びらと茎を交互に食べる。

 人が漬物を摘む頻度で花の中央のおしべやめしべを食べる。


 俺はいつもと違いパスタサラダを食べる。俺の好物ではない。


 花束を選んでいるとどうしても思い出してしまった。


「オーストラリアに帰ろう」


 プロテアが驚いて食べかけの花びらを落とした。


「結婚前のお嫁さんがいなくなったら王子様が心配している」

「でも、もう諦めたかもしれない」

「そんなはずがない!」


 一生気にするはずなのだ。


「プロテアはどうしてそう思うんだよ」


 プロテアが花をテーブルに置いて俺に向き直った。


「もともと身分が違う。私は花の世話係だったから。王様と王妃様は許してくださったけど、好ましく思わない人もいた。他の人を貰うかもしれない。それを望む人は確かにいる」


「でも肝心の王子様は? 例え結婚できなくても生きていると知りたいんじゃないのか?」


「王子様が他の人と一緒になっていたら、辛くて」

「もしそうなら他の所へ移ればいいよ。またここに戻るか?」


 無言のプロテアはしばらくして俺が食事を再開すると、控えめに花を食べた。


 二輪食べると言ったが結局一輪しか食べず、プロテアは花瓶に戻した。俺はビールを開けない事にした。


「本当にいいの? オーストラリアに行くには時間もお金もかかる。私のために?」


「調べていたんだな」

「……ええ」


 プロテアが俯く。そんなに小さく俯かないで欲しい。最後の彼女を思い出す。


「俺もオーストラリアに行ってみたいと思っていたんだ。ついでだよ」


 本当に前から思っていた。彼女がオーストラリアに行きたいと言っていたからだ。


「大丈夫?」

「一ヶ月後でもいいか?」

「ええ」


 嬉しそうだが前面に押し出さず、控えめに佇んでいる。


「三泊四日がいいかな。ネットで調べるのを手伝ってくれるか?」

「分かったわ」


 できる事があると喜んだ様子でプロテアは嬉しそうな姿をようやく表した。

 言葉の表現ではなく本当に花が喜んでいる。

 なんで彼女はここにいないんだろうな。


 こうして、俺達は一ヶ月後にオーストラリアに行くため準備を始めた。



「また後で」

「暗くて狭いけど頑張れよ」

「大丈夫!」


 プロテアはキャリーの中にブーケごと入った。蓋が閉まる直前まで手を振り合った。


 オーストラリアへ。


 海の上の雲の塊のさらに上を鉄の羽で飛ぶ。

 まるでおやゆび姫を送るツバメだ。

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ブーケの中のアルラウネ 左原伊純 @sahara-izumi

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