Ⅲ 集積地への大遠征

「グランナダール?」


「へえ。内陸のおっきな湖のほとりにある街でさあ。周辺の鉱山で採れる銀や大農場の収穫物は、すべてそのグランナダールって街に一旦集められて、そこからさらに海沿いの大きな港へ運ばれてくんですよ」


 当時、ヘドリーは新天地の北の大陸と南の大陸を結ぶ地峡に位置する、ニカワカワと呼ばれる地方の沖合で主に活動していたのであるが、襲った船の奴隷の中にこのニカワカワ出身の原住民がいて、その原住民からこんな話を聞かされた。


「俺もなんとなくそのウワサは聞いたことがある。かなり内陸だが、そんなエルドラニアにとっては重要な都市があるらしい……」


 その話に、ヘドリーの一味の一人も思い出したかのようにそう言って頷く。


「産物の集積地か……それは襲撃すればかなりの儲けになるな」


 それがただのウワサではないとわかると、ヘドリーも俄かに興味を抱き始める。


「だが船長、ニカラカラはほんとに内陸だぞ? 行くには川を遡ってくしかなく、大きな帆船じゃまず無理だ。その上、街はエルドラニアの軍勢が護ってる。難易度が高すぎるぜ」


 しかし、また別の一味の者がその難しさについても指摘する。


「うーむ……しかし、成功すれば海賊としての名を上げ、私掠免状を得るための条件が満たせるかもしれん……このままチマチマやっていてもいつ認められるかわからんしな……」


 それでも私掠免状の入手を急ぐヘドリーはその魅力に抗しきれず、彼の心は揺れに揺れる。


「あ、あのう……よろしかったら川を上るの案内いたしましょうか? それに襲撃してくれるんなら兵士も頭数揃えられると思うんですが……」


 するとその時、例の原住民の奴隷がおそるおそる手を上げ、思いがけずも協力を申し出る。


「なんと!? 見知らぬ土地ゆえ案内は助かるが、その兵士のあてというのはいったい……」


 予想外の協力者登場に、ヘドリーは目をまん丸く見開いて聞き返す。


「同じ故郷の仲間達でさあ。多くの者がグランナダールでも奴隷として厳しい生活を強いられておりやす。もしもグランダナールを皆さんが襲撃してくれれば……」


「なるほど! ならば絶対無理な仕事というわけでもなさそうだ……これは一つ、賭けてみる価値はある……よし! やろうみんな! 我らの名を新天地の海に轟かすのだ!」


 思わせぶりな言い方をする原住民ではあったが、それですべてを理解したヘドリーは、一か八かその大仕事に挑むことを決意する。


 こうしてヘドリーとその一味は、一見、身の丈には合わないエルドラニアの重要都市グランナダールへの遠征をすることとなったのだった。


「さすが新天地。どんな野獣が現れてもおかしくないような景色だな……」

 

 河口近くでスループ船を降りたヘドリー達は、数艘のカヌーに乗り換えるとホァンホァン川を遡ってニカワカワ湖を目指す。


 このだだっ広い大河の左右にはこんもりとした熱帯雨林が生い茂り、原住民の話では白黒の毛をしたクマのような珍獣がいるとも云われている。


「皆、武器はしっかり隠しておけよ? この川はエルドラニアのヤツらも頻繁に往来してるんだからな。怪しまれれば作戦は台無しだ」


 その川を、ヘドリー達は植民者の漁師やエルドラニア商人のフリをして、なるべく目立たないようにゆっくり遡上してゆく……例の原住民が水先案内に立ってくれたため、一向は順調に船を進め、難なくニカワカワ湖まで到達することができた。


「よーし! 私は先に行って準備を整えておく! 日が暮れたら夜陰に紛れて湖を渡れ! 全員到着次第、いよいよお勤め開始だ!」


 さらにヘドリーはニ名の精鋭と原住民を連れただけの、少人数でニカワカワ湖を横断するとグランナダールの街へ潜入し、密かに奴隷達の間を回って絶好の機会が訪れたことを知らせる。


 そして、夜半……他の者達も対岸からやって来ると、ついにヘドリーによる奇襲作戦が始まった。


「全員、突撃ぇぇぇーき!」


 カットラス(※海賊が好む短めのサーベル)を振り上げ、景気付けの短銃を夜空にぶっ放ちながら、ヘドリーを先頭に一味の者達はエルドラニアの総督府へと突撃してゆく。


 生真面目で礼儀正しい性格ながらも、体躯に恵まれたヘドリーは戦闘でも勇猛果敢な働きを見せる。


「て、敵だ! 敵襲ーっ! 敵襲…うぐあっ

!」


「い、いったいどこから…うぎゃあ!」


 まさかの襲撃に、油断を突かれた駐留軍の兵士達は瞬く間に恐慌状態へと陥った。


「怯むな! 賊は少数だ! 数では我らに部がある!」


「全員、放てーっ! クソ! こんなことなら総督府を要塞化しておくべきだった!」


 それでも徐々に迎撃体制を整え、反撃を始める駐留軍ではあるが、常時、海賊の脅威に晒されている海沿いの都市とは違い、内陸のグランナダールに堅固な要塞がなかったのもヘドリー達に味方する。


「みんなーっ! ついにこの日がやって来たぞーっ! 奴隷生活とはおさらばだーっ!」


「俺達は自由だーっ! エルドラニアの悪魔達を殺せーっ!」


 そして、事前の打ち合わせ通りに襲撃を合図として、一斉蜂起した原住民の奴隷達が、この戦いの行方を決定的なものとした。


「もうダメだーっ! みんな大聖堂へ逃げ込めーっ! 必ずや神がお守りくださるはずだぁーっ!」


「おお、神よ! どうか我らを守りたまえーっ!」


 一転して多勢に無勢となった駐留軍の兵士や街の住民達は、小高い丘の上に建つプロフェシア教会の大聖堂へと立て籠り、その堅固な石造りの壁と神の威光によって、ヘドリー達襲撃者から身を守ろうとする。


「よし! ここまでだ! 我らの目的は殺戮ではない! 積めるだけのお宝を積んだら早々に撤収するぞ!」


 邪魔者が大聖堂へと逃れ、街の中が空っぽになってしまうと、ヘドリーは声を張り上げてそう仲間達に号令をかける。


 別にグランナダールの街を征服しに来たわけではないので、敵対する力さえ削げれば、それでもう充分なのだ。


「急げーっ! いつまた反撃してくるかわからんぞーっ!」


「積載量は限られてるんだ! なるべく金目のものを積み込めえっ! 特に銀だ! 銀!」


 反撃が止んだ隙に、ヘドリー達はカヌーに掠奪した荷物をありったけ積み込み、早々にまたニカワカワ湖へと皆で漕ぎ出す……カヌーなので収穫はそれほど多くはなかったが、それでも彼らを満足させるのに有り余るほどのものであった。

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