Ⅱ 私掠船長への道

 しかし、無論それしきで彼の野心が満たされることはない。


「どうもお世話になりました。契約年数が経ちましたし、そろそろこの農場をお暇しようと思いす」


 五年の年季が明け、二十三歳になったヘドリーはハルバトゥース島を後にすることとする。


「なあほんとに出て行くのか? いやあ、おまえ抜けるのは痛いなあ……給料上げるからさあ、もう一度よく考え直してみないか?」


 当然、ペデロにはしつこく引き留められたがヘドリーの意思は変わらない……じつは、彼が新天地に渡った本来の目的をかなえてくれそうな、あるウワサを耳にしていたのだ。


 それは、ハルバトゥースよりもさらに新天地の奥へと進んだ所にあるシャマンガルド島で、この島の中心であったプエルト・レアルの港をエルドラニアから奪取し、ようやくアングラントが新天地における橋頭堡を築いたというものであった。


 他のエルドラニアの植民都市に比べれば、プエルト・レアルはまたまだ未開の小さな町に過ぎないのだが、それでも後発のアルビトン連合王国としては大きな一歩である。


 しかし、ようやく奪取したとはいえ、いつエルドラニア軍が奪い返しに来るかもわからず、ここ最近、プエルト・レアルに駐屯するアングラント艦隊は、街を護るための水兵を募っているとヘドリーは小耳に挟んだのだ。


 五年越しにようやく本来の路線へ戻り、彼は退職金を元手に船を乗り継ぐと、早々にシャマンガルド島へと向かった。


「いや、その話は半分正解だが半分間違っておる……確かに兵力は欲しいところだが、今の我々には艦隊と呼べるほどの船もないし、兵を雇い入れるための財力もないのだ」


 しかし、苦労してプエルト・レアルの要塞までなんとかたどり着いヘドリーは、アングラント植民地総督を名乗る、ベランメート伯リッチー・キュート公なる人物からそう告げられる。


 赤いシルクのプールポワン(※上着)に白のオー・ド・ショースを履き、頭にはカールした白髪のかつらを被るという、一応はアングラントの役人を彷彿とさせる貴族風の男だ。


 ま、〝植民地総督〟とは名ばかりで、現状、新天地にアングラントの植民地はほとんどないに等しいのではあるが……。


「とはいえ、エルドラニアに本気で攻められては一日とて持ち堪えられないのもまた事実……そこで我々は、この新天地の海を荒らす海賊達を使うことにした」


 説明を続けるリッチー公は、さらに思いがけないことを言い出す。


「海賊を?」


「エルドラーニャ島の北に浮かぶトリニティーガー島を根城とする海賊達の中には、我がアングラントや君の故郷グウィルズ出身の者も多い……そんな彼らに国王陛下の名を以て敵国船拿捕だほを認める〝私掠免状〟を与え、掠奪した船と積荷は自由にしてよい代わりに、このプエルト・レアルに近づくエルドラニア船を討ち払ってもらおうという戦略だ。ついでに海賊行為による利益の数割も、私掠免状の使用料として上納してはもらうがな」


 怪訝な顔で聞き返すヘドリーに、リッチー公はそう解説を加える。


「ヘドリー君。我らが国王陛下のために働きたいというのであれば、君には二つの選択肢がある……ここの港に立ち寄る私掠船の船長と直接掛け合うか、あるいはトリニティーガーへ行って自分の乗る船を探すかだ」


 そんな選択を迫られたヘドリーは、しばし黙して考え込む……。


 そして、悩んだ末に彼は、ここプエルト・レアルで雇い主を探すのではなく、先ずはトリニティーガーへ渡ることを決心した。


 またもや描いていた路線からは少々外れることとなってしまったが、まあ、海賊も水兵も言ってみれば似たようなものだし、海賊になるのに異存はない。


 ただ、海賊の業界が如何なるものかをヘドリーはよく知らなかったし、どの一味の船に乗るのが正解かもよくわからない……だから、まずは本場・・へ行ってみて、〝海賊〟というものをよく知るところから始めようと考えたのである。


「そうか。ならば、トリニティーガーへ行く船に話をつけてやろう。期待しているぞ、ヘドリー・モンマス君。我らが祖国と国王陛下のために励みたまえ」


 こうして、事務的ながらも応援してくれるリッチー公に見送られ、トリニティーガー島へと向かったヘドリーは、そこでいよいよ海賊としての人生をスタートさせることとなった。


 最初の内は臨時雇いの船員に応募して海賊の仕事を学んでいたりしたが、やがてノウハウを身につけてそれなりの資金も貯めると、仲間を集めて小型のスループ船を購入し、独立して一味を構えるようになった。


 身分階級や徒弟制度、門閥などでギチギチに固められたカタギの社会よりも、こうした点で海賊の世界はなんとも自由だ。どの海賊船に乗るも降りるもすべては自分次第だし、実力さえあれば新規参入もそう難しいことではない……ヘドリーが当初抱いていたイメージとは異なり、図らずも〝海賊〟という職業にこそ、立身出世の好機チャンスが転がっていたのである。


 そんなわけで水を得た魚の如く海賊街道をまっしぐらで突き進み、自分達の船までも手に入れたヘドリーであったが、ここで思いがけずも農場での経験が多いに役に立つこととなる……。


 あの五年に渡る年季奉公で集団内の調停や人を使うことに慣れていたヘドリーは、仲間達からの人望も厚く、全会一致で船長に選出されたのである。


 ああ、ちなみに海賊は意外と民主的にも、船長や重要事案の決定に選挙が用いられている……。


「ああ、ええと……この度、船長に任命されましたヘドリー・モンマスです。皆さん、これからもどうぞよしなに」


 さすが郷紳ジェントリ出身だけあって生真面目な性格のヘドリーは、そんな腰の低い所信表明を仲間達の前で行うと、この後も真面目に海賊稼業を営んでいくこととなる。


 そして、晴れて海賊船の船長となった彼は、いよいよ私掠免状をもらいにプエルト・レアルを訪れたのであったが……。


「ほう。君がいまや船長か。しばらく見ぬ間に立派になったねえ、ヘドリー君……だが、私掠免状はそうやすやすと発行できるものではないのだよ。国王陛下の沽券にも関わるからね。それなりに実績のある海賊船の船長でないと」


 久々に対面したリッチー公からは、そう告げられてやんわりと却下されてしまう。


 まあ、確かにそれはごもっともなご意見だ。一介の船乗りから船長にまで登り詰めたといえ、海賊船は小さなスクーナーだし、まだまだヘドリーは名もなき新参の海賊の一人にすぎないのである。


「所詮は賊徒の類なれども、ようやく国王陛下のお認めになった公式な海賊の地位が手に入ると思ったのに……ああ、早く私掠船の船長になりたいものだ……」


 ヘドリーはひどく落胆し、ガッカリ項垂れながらプエルト・ルアルより帰還することとなったのであるが、そんな意気消沈した彼の耳に、海賊としてはなんとも魅力的な、とある情報がもたらされた……。 


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