El Alcalde 〜村長〜

平中なごん

Ⅰ 郷紳の子弟

 聖暦1570年代末、遥か海の彼方に未知の大陸〝新天地〟を発見したエルドラニア帝国は、この広大な未開の大地と海の植民地化を積極的に押し進め、世界最大の版図を誇る大帝国へと成長を遂げていた……。


 だが、そうした新天地のエルドラニア人社会から弾き出された他国の移民達の中には、生きるために海賊となって交易船を襲う者も少なくはなく、また、エルドラニアに対して脅威を感じるアングラントやフランクルなどの近隣諸国は、私掠船(※おおやけに海賊行為を認められた船)によってエルドラニアの海上輸送を妨害し、銀や砂糖などの新天地で産み出される莫大な富を奪うことで、経済的打撃を与えようと画策していたりもする。


 これは、そんな私掠船の船長となり、〝村長〟の通り名で名を馳せた男の半生の物語である……。





 エルドラニア本国が位置する旧大陸の北東、その海域に大アルビトン島という巨大な島が浮かんでいる……その島でアングラント、ピクトラントとともにアルビトン連合王国を形成するグウィルズ王国の、とある郷紳ジェントリ階級の家にヘドリー・モンマスは生まれた。


 郷紳ジェントリというのは騎士よりもさらに下の最下級の領主層で、いわば自らの土地を持つ有力な農民のような存在だ。


 だが、跡継ぎではなく、その郷紳ジェントリにすらなれるわけでもなかった彼は、大柄で体躯に恵まれていたこともあり、立身出世を夢見て十八の歳に新天地へ渡ることにした。


 当時、アングラントを中心とするアルビトン連合王国も、エルドラニアに負けじと新天地での植民地確保を狙っており、そのための兵士兼植民者を広く募集していたのである。


「父さん、母さん、そして兄弟姉妹達、僕は新天地で必ずや成功してみせるよ!」


 うまくいけば騎士にも大地主にもなれる……そんな夢を抱いて家族に別れを告げ、意気揚々と新天地行きの軍船に乗り込んだヘドリー少年ではあったが、現実はそんなに甘いものではなかった。


「くそう……ようやく玄関口にたどり着いたばかりだっていうのに……」


 ロープできつく縛りあげられ、他の仲間達同様、甲板上に転がされたヘドリー少年は、半壊した自分の船を傍に眺めながら、先行きの悪いこの船旅を苦々しげに呪う。


 新天地の海域へ入るやいなや、エルドラニアとは同君主国であるポルドガレ王国の軍人・ペデロ・カスガスの軍艦と交戦となり、あえなく船は撃沈されるとヘドリーは捕虜にされてしまったのである。


 その後、エルドラニアの新天地における最初の植民地・エルドラーニャ島よりもさらに一歩踏み込んだ海上に浮かぶハルバトゥース島へと、ヘドリーは仲間達とともに運ばれた。


「トゥース! おまえ達、自由の身になりたくば、この農場でしっかりと働くのだ!」


 ピンク色のジャーキン(※ベスト)を素肌に着た、筋肉ムキムキのペデロ・カスガスがヘドリー達を前に告げる。


 その島は無人島化していたものをペデロが拝領し、そこでコーヒーや砂糖なんかの大規模農場を経営していたのであるが、ヘドリー達捕虜は放免する代わりとして、五年契約の年季奉公をさせられることとなったのだ。


「フゥ〜…相変わらず暑ついなあ……でも、こうなっては運命を受け入れるしかないもんな……よーし! みんな今日もがんばろう!」


 吹き出す額の汗を手の甲で拭い、ヘンリーは仲間達に声がけをしながら、鎌片手に黙々とサトウキビの収穫に勤しむ。


 故郷とはまるで違う灼熱の南洋の島で、最早、奴隷とほぼ変わらない扱いの過酷な肉体労働……抱いていた夢とは真逆の地獄のような日々であったが、生まれつき体力には自信がある上に、幼い頃より郷紳ジェントリの息子として小作人の使い方をよく見てきたヘドリーは、図らずもここで才能を開花させる。


 他の捕虜達を指導して効率よく農作業をこなし、収穫量を順調に増やしていった彼はペデロの信頼を得ると、捕虜や奴隷達を監督するリーダー的役割にまで出世したのだ。


 まあ、だいぶ描いていた未来予想図とは異なる形となってしまったが、とりあえず新天地での成功を彼は収めたわけである。

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