時の扉を開けて
その日の放課後。部活を終えた俺は、マホ子の部屋に来ていた。
一応、何時でも来て良いとマホ子から言われてはいたのだが、よく考えたら、マホ子の部屋に入るのは、随分とご無沙汰な気がする。
壁に飾られているのが某ロボットアニメのポスターだったり、本棚にアニメの原画集や設定資料集があったりと、今時の女子高生らしさの欠片もない部屋だが、それでも“女の子の部屋”には違いない。妙にドキドキしてしまう。
勉強机に並べられた1/24スコ◯◯ドックの◯◯レットレンズが、俺に熱い視線を突き刺していた。
「ゲホッ、ゴホッ……」
緊張のあまり、むせる。
気持ちを落ち着ける為に、本棚にあった某アニメ監督の演出ノートをパラパラとめくりながら、見せたい物があると言って、部屋から出ていったマホ子を待つ……ソワソワしながら、携帯の時計を確認していた時だった。
「およふぃとあらふぁ、ほくはんじょう!」
マホ子がココアシガレットをくわえて戻って来た。
それからマホ子は「ネー君も食べる?」と言って、俺にココアシガレットを手渡すと……
「ヘヘヘ……これを見せたかったの!」
そう言って、テーブルに紐で縛られた封筒の束を置く。
封筒の数は……20封くらいだろうか?
「これって……?」
「昨日、ママと物置の整理をしてた時に見つけたんだけど、幼稚部の卒園式の時に貰ったんだよ」
「じゃあ、昨日言ってた、家の用事って?」
「そろそろ物置を整理しなきゃって話はしてたんだ。だから、ね……」
「全部、しっかり読まないとね」
「そうだね。皆からの気持ちだから……」
マホ子が封筒の束を優しく撫でていた。その姿に思わず見惚れてしまう。
そんな俺に、気付いているのかいないのか……
「それでね。ネー君に渡したい物があるんだけど……」
マホ子はそう言うと、真新しい封筒を俺に手渡した。
「これって?」
「その、ネー君にはね、あの日、お手紙を渡せなかったから……ネー君が大人になったら開けて欲しいな、なんて……」
マホ子が照れくさそうに、少し舌を出して微笑む。
「ありがとう。でも大人になったらか……何時になるか分からないな……」
「それは、成人式の日とかでいいんじゃない?」
「いや、法的にはそうかもしれないけど、20歳になったからって、自動的に大人になれる訳じゃないだろうし……」
某ロボットアニメのポスターを見詰めながら言う。
朽ちた主人公機も、格好良いとは思うけれど……
「そっか。じゃあネー君が大人になるまで、私、待ってるから!」
「ありがとう……」
それから「お茶でも淹れてくるね」と言って、マホ子が再び部屋を出た。多分、気恥ずかしかったのだろう。
再び、手持つ無沙汰な感じ(それと、ドキドキして落ち着かない感じ)になってしまった俺は、なんとなくテーブルに置かれていた封筒の束を見詰めていた。
(そこで、ふと気付く……)
封筒と封筒の間に、ノートの切れ端のような物が挟まっていた。
「何だ、これ?」
悪いとは思ったが、つい気になってしまい、切れ端を確認する。
「……これって、人の顔か?」
線が掠れている上に、紙が劣化していて、よく分からないが、人の顔のように見えなくもない。
「でも、シミュラクラ現象かもしれないしなあ……」
部室にあった天井の染みを思い出す。人間は、本能的に、逆三角形に配置されている3つの点を見ると、それを『人間の顔』だと錯覚してしまうらしい。
そんな(ちょっと前にテレビで聞き齧った)無駄知識を思い出しつつ、改めて切れ端を確認する……
「上の方に、何か文字が書いてあるな……」
例によって、文字が掠れていて、ほとんど読めなかったが、そこには、こう書かれていた。
『わた……り…うの…おと……ち』
「何のこっちゃ……?」
結局、切れ端の事はよく分からないまま、俺は、マホ子が淹れてくれたお茶を飲むと、屋根伝いに自分の部屋へ戻った。
bundle of letters 完
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