第4話(3)アイドルになる
「そうなれば早く準備だ! 時間も限られている、まず衣装に着替えて!」
「え!」
「振り付けを頭に叩き込んで!」
「え‼」
「リハーサルに入って!」
「え⁉」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
アメジストがスタッフを制止する。
「何だい? アメジストちゃん?」
「か、彼は男の子ですよ⁉」
「そんなことは知っているよ!」
「女性の代わりは無理があるでしょう!」
「無理は承知の上さ!」
スタッフは力強く頷く。
「いや、そんなはっきり頷かれても……女性の中に男性がいたら浮くでしょう⁉」
「彼は後列の方だからそんなに目立たないはずだ!」
「そうは言っても!」
「意外と細身だしね、長身の女性で通るはずだ!」
「か、体つきはそうでも、顔立ちが……」
「ルックスもそんなに悪くない! ステージ映えする!」
「映えたら駄目じゃないですか!」
「照明チームに伝え、彼には極力ライトが当たらないようにする!」
「そ、それもどうかと思うのですが……振り付けはどうするのです⁉」
「今から覚えてもらう!」
「今から⁉ 時間が無さすぎます!」
「彼なら出来る! 大丈夫だ!」
スタッフが右手の親指をグッと突き立てる。
「ど、どこから来るのですか、その自信は⁉」
「代理とはいえ、なかなか気の付く子だという話は聞いている!」
「そ、それとこれとは……」
「アメジストちゃん、時間が無いんだ!」
「それは分かっています!」
「こうした無用な問答をしている時間も惜しい!」
「必要な問答だと思いますが⁉」
「君、やってくれるね?」
スタッフが山田に尋ねる。
「え、えっと……」
山田は困惑する。
「このライブが成功するかどうかは君にかかっていると言っても過言ではない!」
「いや、それは過言でしょう⁉」
アメジストが声を上げる。山田が腕を組む。
「俺にかかっている……」
「なにを考え込んでいるのよ、あなた!」
「アメ、天翔さん……」
山田がアメジストを見つめる。
「な、なによ……」
「このライブはあなたにとって大事なステップの一つなんですよね?」
「! ま、まあね…」
「ならば、ここで躓くわけにはいきませんよね?」
「そ、それはそうだけど……」
「よし!」
「えっ⁉」
山田がパチッと自らの両頬を叩き、スタッフの方に向き直る。
「俺……アイドルやります!」
「ええっ⁉」
「おおっ! やってくれるか!」
「はい! ステージ上でキラキラと輝いてみせます!」
「バックダンサーが輝いちゃうのはおかしいから!」
「その意気だ!」
「いや、その意気だ!じゃないでしょう!」
「それでは衣装に着替えてくれ!」
「分かりました!」
「わ、私を無視しないでよ!」
アメジストの叫びも空しく、山田をバックダンサーにするという無謀な――しなくていい――チャレンジが始まってしまった。
「着替えました!」
「! い、意外と似合うわね」
バックダンサーの衣装に着替えた山田を見て、アメジストは驚く。
「すね毛は薄い方なんで助かりました!」
「そ、そういう情報は良いから! 早くメイクをしてもらいなさい!」
「はい!」
「って、何を促しているのよ、私は……」
「……メイクしてもらいました!」
「! へえ、なかなか似合っているじゃないの……」
「はい! なんだか新しい境地が開けたような気がします……」
山田が自分の頬を抑えてうっとりとする。
「そ、そんな暇はないわ! 振り付け確認よ!」
「あ、はい!」
「……確かにルックスは悪くないわね……って、何を言っているのよ、私は……」
「……振り付け覚えました!」
「は、早いわね⁉」
「コツを掴めば意外と……」
「そういえば運動神経がめちゃくちゃ良いんだっけ……ダンスセンスもそれなりに持ち合わせているっていうことかしら……」
「天翔さん! ラスト曲のリハーサルだそうです!」
「あ、ああ、はい! って、なんで私が引っ張られているのよ……!」
リハーサルはつつがなく終わり、迎えたライブ本番も無事に終わった。山田はバックダンサーをほぼ完璧にこなしてみせた。山田がステージ袖で満面の笑みで、アンコールを終えたアメジストを迎える。
「お疲れ様でした!」
「すごい充実感を得ているわね……」
「え?」
「なんでもないわ、お疲れ様……」
「はい、お疲れ様でした!」
ライブの片付け終了後、帰りのタクシーにアメジストと山田が乗る。
「……」
「アメジストさん、打ち上げは参加しないで良いんですか?」
「夜の過度な飲食は美容と健康に良くないわ……明日も早いしね」
「明日?」
「ええ、少年役のオーディションがあるの」
「少年役?」
「色々な役柄を演じられるのがこの声優という職業の醍醐味……とはいえ、これまで女の子役しかしてこなかったから、どうアプローチをしていいものか迷っていたのよ」
「はあ……」
「その迷いが吹っ切れたわ、今日のあなたのパフォーマンスを見てね」
車窓の外をムスッと眺めていたアメジストが山田の方を見て、ニコっと笑う。
「お、お役に立てたようなら、なによりです……」
山田が戸惑い気味に呟く。
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