第1話(1)針の筵
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「また会うことになるとはね……」
「い、いや……」
緑のメッシュの女性が呟く。山田は恐縮する。
「どうぞ、座って」
「え、えっと……」
「座りなさい」
「は、はい……」
緑メッシュの迫力に圧され、山田は席に座る。
「しかし……」
緑メッシュがその対面に座り、山田を見据える。
「はい……」
「今朝がた以来ね」
「そ、そうですか?」
「ええ、そうよ、君が我が社の社員に電車で痴漢行為をして……」
「そ、それは!」
「まさかビデオ通話している女を狙うとは……大胆不敵ね」
「いや、それは……」
「あの後、だいぶボコボコにされていたようね」
「ま、まあ……」
「それで社員の溜飲は下がったのかしら? 君を警察に突き出したりはしなかったようね」
「えっと……」
山田は頭を軽く抑える。
「ところが、君は今ここにいる……」
「はい……」
「もしかして……」
緑メッシュが顎をさする。
「はい?」
「逆恨みってこと?」
「え?」
「だいぶ筋違いだと思うのだけど……」
「い、いや……」
「まあいいわ、商売敵に恨まれるのは仕事柄慣れているから……」
「ちょ、ちょっと!」
山田が立ち上がろうとする。
「座っていなさい!」
「は、はい!」
山田はまたも迫力に圧され、席に座る。
「……おかしな行動を取ったらすぐ通報がいくようになっているから……」
「え?」
「周りを見てみなさい」
緑メッシュが部屋のいくつかの場所を指し示す。山田は周囲を見回す。
「カ、カメラ⁉」
「そう、君のことは逐一記録させてもらっているから」
「記録……」
「万が一のときの為ね」
「ど、どうして……」
「うん?」
「どうして俺と会うつもりに? 追い返すなりなんなりすれば良かったのに……」
「……興味が湧いてね」
「興味?」
「うん、痴漢で捕まった若い男のお礼参りってどういうことをしてくるのかと思って」
「い、いや、それは……」
「お礼参りだって⁉」
「うおっ⁉」
部屋に別の女性が勢いよく入ってくる。その女性はミディアムロングでウルフカット、カラーリングは水色で、上を黒いジャケット、下はジーンズを身に着けている。顔は緑メッシュの女性とよく似ている。
「マリ……アンタ、いちいちやかましいのよ……」
緑メッシュがため息交じりで注意する。
「それはそうなるだろう! 危機感足り無さすぎなんだよ、エメ姉は!」
水色ウルフがすかさず反論する。
「余裕の表れよ、社長たるもの、何事に対してもドンと構えていないと……」
「だからって、お礼参りなんて穏やかな話じゃねえよ!」
「高校時代を思い出して、血が騒いだ?」
「! だからアタシは元ヤンじゃねえ!」
「冗談よ」
緑メッシュが笑みを浮かべる。
「ったく……ってお前!」
「!!」
山田を見た水色ウルフがビシっと指を差す。山田はビクッとなる。
「あら? お知り合い?」
緑メッシュが首を傾げる。
「知り合いじゃねえよ! こいつ、今日の昼、トパ姉のバイトしているラーメン屋で無銭飲食をしてやがったんだよ!」
「ほう……」
「しかも、逃げるときにどさくさ紛れに、通行人の女に抱き着いてやがったんだぜ!」
「それはそれは……また懲りないわねえ、君……」
「いや、それもですね……」
「ちょっと黙っていて」
「あ、はい……」
緑メッシュの迫力に三度圧され、山田は黙り込む。
「それで? 警察に突き出されたの?」
「いや、追いかけてきた店員やら、他の通行人やら数人ともみくちゃ状態になったところまでは見ていたんだが、アタシも急な用事があったからな、そこから先は知らねえ」
緑メッシュの問いに、水色ウルフが答える。緑メッシュが視線を山田に戻す。
「でも、君はここにいる……また警察に突き出されなかったのかしら? 運が良いわね」
「い、いや、なんというか……」
「段々と君への興味が増してきたわ」
「は、はあ……」
「おかしいかしら?」
「おかしいわよ」
「!」
山田たちが視線をやると、部屋にいわゆる姫カットの女性が入ってきた。基本は黒髪ロングだが、主に毛先の部分に紫色が入っている。服装はとてもガーリッシュである。顔立ちは緑メッシュと水色ウルフによく似ている。
「なんでこいつがこんなところにいるのよ……」
「あらら? お知り合い?」
緑メッシュが紫姫カットに尋ねる。紫姫カットが鼻で笑う。
「そんなわけないでしょう。さっき、ウチらのストアイベントで騒ぎ起こしたんだから」
「騒ぎ?」
「女性ファンへの痴漢行為よ、同姓のファンなんて貴重なのに……彼女がトラウマで来られなくなったらどうしてくれるのよ。なんでここにいるのか知らないけれど、警察呼んでよ」
「!!!」
紫姫カットの言葉に山田の顔色が変わる。緑メッシュが端末を手にしたその時……。
「イエーイ♪ 緊急生配信!」
「‼」
またまたまた別の人物が部屋に入ってきた。
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