異世界転生したら最強の女勇者に好かれた話

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異世界転生したら最強の女勇者に好かれた話


 ――どうしてこうなった。


「はっ、はっ……!」

 息も絶え絶えになりながら、元地球生まれ日本育ちの高校生だった少年は鬱蒼とした森の中で必死に足を動かす。

 まだ地球にいた数ヶ月前の登校中、居眠りトラックに突っ込まれたときには天に召されることを覚悟した少年だったが、果たして目を覚ました彼を待っていたのは剣と魔法のファンタジーワールドだった。

「このままじゃあ、すぐに追い付かれる……っ!」

 主に恋愛方面で灰色の青春を送っていた少年はこれ幸いとばかりに、異なる世界での新たな一歩を踏み出した。

 少年がまず地球にいたときとの違いに気が付いたのは、ここでは自分の能力値へ自由に経験値を割り振れる、ということだった。しかしこの世界の住人たちにそんな認識はないようで、もしかすると転生したとき少年だけに与えられたチート能力なのかもしれない。

 筋力や剣術、炎魔法に召喚魔法――と幅広いスキルがある中で、少年の目に一際輝いて見えたのが『恋愛運』という項目だった。

「はぁっ、ひとまずここに……はっ、隠れるしか……っ」

 少年は開けた空間にある小さな木造の廃屋に転がり込むと、きしんだ壁の隙間から息を潜めて外の様子を窺う。

 ……追手の姿はない、撒けたようだ。

 ふーっ、と少年は一息つく。

 そう、 すべては『恋愛運』のスキルを鍛え始めてしまったのが全ての始まりなのだ。

 とにかく彼女がほしい、年齢=彼女無し少年はその一心で最低限必要なフィジカル面の強化以外、全ての経験値を恋愛運に回した。

 その結果、たどり着くは恋愛運能力値マックス。獲得するはエクストラスキル『ラブコメ展開』、『変態紳士』、『ギャルゲー主人公』エトセトラ。

 道を歩けば魔物ジャーキーをくわえたケモミミ娘にぶつかっただけで懐かれる、教会に行けばお祈りするだけでエルフ修道女から気に入られる。

 あらゆる美少女とのフラグが乱立するこの状況に思春期真っ只中の青少年が浮かれないはずもなく。

 有頂天になっていた少年は気付かない。

 自分がいったいどれほど格の違うヒロインとのフラグを立てていたのかを――




「なにをそんなに慌てているんだ?」




 背後。耳元で紡がれる凛とした声。

 ビクゥッ! と、少年は口から心臓が飛び出しそうなほどの驚きを必死におさえつけながらも、跳ねるように距離をとって今まで逃げ隠れしていた声の主と相対する。

「お、女勇者さん、いつからそこに?」

「ん? キミがこの小屋に入るのが見えたから先に入って様子を見ていたんだ」

 因果関係が逆転している。少なくとも小屋を発見する直前まで少年は彼女の姿を視認できていない。

 さも当たり前といわんばかりの表情をした少女は、肩口まで伸びた金髪を揺らしながらせっかくとった距離を詰めてくる。

 そう、そんな規格外の身体能力を有する彼女こそ、この剣と魔法の世界において地上最強、天下無双との呼び声が高い『女勇者』だった。

 ひとたびオリハルコンの大剣を振れば大地は裂け、嵐が巻き起こる、まさに生きた伝説、歩くラグナロク、アマゾネス――

「それで?」

「はいっ!?」

「なにかから逃げている様子だったが、手強い魔物でもいたか? 一応ここに来る途中で豚鬼オーク単眼鬼サイクロプスの首をはねておいたが」

 それはあなたのことです。

 追いかけっこの片手間に大型魔物を討滅できる女勇者様バケモノ相手には口が裂けても言える言葉ではなかった。

「まあそんな些末なことはさておいて、だ」

 ぽん、と彼女の手が少年の肩に置かれる。

 こちらを真っ直ぐ見据える引き込まれそうなほど蒼い瞳は、しかしどこか昏さをたたえていて。

「今朝はまた一段と楽しそうにあのエルフシスターと話していたな」

 ミシィッ、と手が置かれているだけのはずの肩からおよそ人体から発するとは思えない効果音が奏でられた。

「それに獣人の娘とも仲良くジャーキー片手に歩いていたな」

 メキメキメキィッ……、とさらなる不協和音が肩から響いている。痛いものは痛いしなんなら激痛が走っているが、意外にも少年は声も発せず微動だにしていない。

 なぜなら彼は獲得しているからだ――最低限、『女勇者様のソフトボディタッチを耐え得るに』必要なフィジカル面の強化を。

「キミも罪な男だな。わたしの気持ちを知っていながら、他の女と一緒にいるところを見せつけるなんて」

 ぷくっ、とかわいらしく頬を膨らませてむくれているが肩の痛みは2倍増しになった。

「ダイヤモンドドラゴンと対峙したときですらこんな不安な気持ちになることはなかったぞ」

 全魔物の中で最も硬い鱗を持つといわれるドラコンを一刀両断できるあなたならそんな気持ち微塵も抱かなかったでしょうね。

「いやー、ははは。いつも言ってますけど、おれなんかじゃあ女勇者さんとはツリアワナイデスヨ」

「なにをいう、師弟ということもあるが、わたしたちは息もピッタリで相性ばっちりではないか」

 それはあなたの攻撃の余波で致命傷を負わないように行動パターンを必死こいて予想していただけです。

 そんな涙ぐましい努力を重ねていた少年と覇王こと女勇者、実はこの二人、少年がこの世界にきた当初からの師弟関係にある。

 チュートリアルなんてものはなく路頭に迷い魔物に襲われて窮地にいた少年を、どんな縁が結ばれたのか、さっそうと現れて助けてくれたのが女勇者だった。

 そしてこの世界での生き方をレクチャー、もとい体に――物理的に――叩き込んでくれたのだ。おかげでちょっとやそっとでは死なない体、そして恋愛運スキルをカンストさせるに足る経験値を手に入れたわけである……いっこうに攻撃系スキルが強化されないことを訝しがられてはいたが。

「キミはどうも体の強さばかり鍛えられてしまったようだが、攻撃手段を確立できればわたしに引けをとらない戦士にだってなれるだろう」

「買いかぶりすぎですよ、おれはしがない一冒険者ですってば」

 鮮烈なまでに強く凛々しい女勇者に、憧れなかったといえば嘘になる。

 彼女に好かれるため、強化していった恋愛運スキルをまったく利用しなかったかといえば、答えはノーだ。

 この世界で初めて出会ったのが女勇者だったため、少年の中で異世界の女性の強さに対する認識がだいぶこじれてしまい、現在の強靭なフィジカルにつながったわけだが――当然、恋愛運スキルの上昇に比例して他の女性との接点が増えるにつれ、女勇者が生態系の頂点に君臨していることが理解できた。

 だからまあ、自分は彼女に分不相応、不釣り合いだと思っているのは本当のところで、

「……そんなにわたしではダメか?」

「うっ……」

 しかし少年が抱えているのは、そういう類いの気持ちだけではないらしい。

 彼女に似つかわしくない弱々しい目で見つめられると、どうにも対応に困ってしまう。

 意を決して、少年は凶悪な魔物がひしめく森の奥を指差しながら、こう叫ぶ。


「あっ、いま誰かが魔物に襲われて助けを求めているかのような叫び声が聞こえた気が!!」

「なにっ、いま行くぞ!!」


 どばっ、と女勇者が飛び去った衝撃波に廃屋などひとたまりもなく、土煙が晴れたそこには開けた土地にぽつねんと佇む少年がいるだけとなった。

 そう、彼女は助けを求められれば全力でその場へ向かう、そんな心優しいまっすぐな性格の女勇者なのだ。

「……」

 どこかもの悲しい気持ちのまま、少年はこれから大量の魔物が駆逐森をあとにした。




 とぼとぼと拠点の町に戻った少年は雑踏の中、ある考えを巡らせる。

 ……潮時、なのかもしれない。

 せっかく極めた恋愛運スキルだったが、どうにも少年は居心地の悪さをぬぐえなかった。

 このスキルで自分に好意を抱いてくれた彼女たちの想いは、果たして本当の恋心なのか?

 恋愛経験がないがゆえに、判別をつけられない。

 恋愛経験がないからこそ抱く、後ろめたさ。

「……」

 すっ、と少年は自身の能力表示に意識を向ける。取得したスキル欄の片隅には、こんな一文が注釈されている。


『スキルキャンセル』――全てのスキルをリセットして初期値に戻すことができる。なお、これまでの経験値は失われて戻らない。


 特にメリットもなく使うことなどないと思っていたが、ことここに至って実用性が出て来た。

 これを設定したのが神なのか仏なのか知らないが、過ちを犯したら見直せ、という戒めなのかもしれない。

「くっ」

 さぁ、リセットの時間だ。

「ぐぎぎ」

 ゲームのセーブデータを消去するように。

「うぅ……」

 いかに後ろ髪を引かれようとも。

「うおおおおおっ」

 血涙を流すほど口惜しい能力であろうとも。

「ああああああぁっ!!」

 このスキルを抱えたままでは、自分はいつまでも前に進めないのだから!


 ピッ、と。


 これといった演出も感慨もなく、少年はありのまま、純粋な元地球生まれ日本育ちの高校生に戻ったのだった。

「……ほんとに変わったのか?」

 確かにどことなく体からたくましさが消えた気もするが、なにより確かめたいのは恋愛運スキルの効果だ。

 よし、と少年は冒険者ギルドへ足を向ける。

 顔馴染みで愛想のいい受付嬢のお姉さん、手始めに彼女と会ってどんなものか確かめてみよう――そんな軽い気持ちで件の年上お姉さまのもとへ向かったわけだが、


「なにか御用でしょうか」

「え、いやちょっと世間話に」

「依頼の受注ではないのですね」

「あ、はい」

「それでは仕事の支障になりますのでお引き取りを」

「ちょあの」

「お引き取りを」

「あ、はい」


 これが恋愛運スキルを失った代償なのか。

 右も左も分からない少年に懇切丁寧な心温まる対応をしてくれた頼れるお姉さんはどこに消えてしまったのだろう。

 恋愛運スキルがゼロの少年にはあれがデフォルトの対応ということか――いやむしろマイナスに振りきれていたような。

 はぁ、と冒険者ギルドを出た少年は嘆息する。

 これは自らが望んだ結果、だが次に女勇者と会ったときの態度を知るのが怖い。

 そう感じながら宿のあるほうへ歩きはじめようとした、そのときだ。


「おーい少年」


 どずんっ、と少年の目前に女勇者が垂直に降ってきた。心構えをする暇もない登場の仕方だがもうなにも言うまい。

「無事襲われていた行商人を助けることができたぞ、キミのおかげだな」

「あ、ほんとにいたんだ」

「ん?」

「いやナンデモナイデス」

 あれ、と少年は不思議に思う。

 まだ対面してわずかだが、今のところ女勇者の態度に変わったところは見られない。

「ん? どうかしたか少年」

「……あの、さっきまでと今でおれに変わったところとかあります?」

「む、そういわれると確かに覇気がなくなっているが」

 怪訝な顔をしていた女勇者だが、はっ、となにかに気付いたような顔をすると、


「そういえば、キミから感じていた妙に強力なスキルの気配がきれいさっぱり消えているぞ!」


「――え」

「精神に干渉する類いのものに近いと思っていたが、たまにキミの無意識下でもわたしに作用していてな。まあ、

 …………………………は?

 ということは、それって、つまり。

 今日まで少年と女勇者が過ごした日々は、ぜんぶ、なんのしがらみもなく。

 ありのままの二人で紡いできた物語だった?

「そっ……か、効か、ないんだ。てか、無意識 とかそういうのもわかるんですね」

「ああ、主に風呂のときとか!」

 ごめんなさい。

「あと着替えのときとかに多かったかな!!」

 すみませんぜんぶ意識下ですラッキースケベに憧れていたんです申し訳ございません。

 はぁーっ、と少年は肩の荷が降りて気が抜ける思いだった。

 でもこれで、目の前にいる女勇者に正面から向き合うことができる――少年がそんな風に考えていたときだった。

「ところで、だ」

 女勇者の声のトーンが一段低くなる。

 ずいっと顔を近づけてきた彼女の蒼い瞳は、どことなく昏さをたたえていて、

「さっきはずいぶんとまたあの受付にいる女と楽しそうに話していたな」

 どこからどうやって見ていたのか皆目見当もつかないが、彼女の目にはあれが親しげな会話に映っていたらしい。

「あの女にはキミにちょっかいを出さないようクギをさしていたつもりだったんだが」

 いやあの塩対応はあんたのせいだったんかい。

 というか、女勇者が嫉妬深いのは恋愛運スキルに関係なく素の性格だったらしい。

 だけど、まあ、それもいいか。

「仕方ない、キミがそんなに他の女が気になるといならわたしにも考えがある――」

「いえ、おれはあなたが好きです」

「――まず誰の目にも触れないところへ……なんだって?」

 なんだって? はこちらのセリフになりそうな発言を途中でやめた女勇者が聞き返してくる。

 まあ、彼女の気持ちを知っていながら待たせていたのだ。何度でも伝えるとしよう。

「おれはあなたが好きです」

「な、な、な」

 わなわなと震える少女の顔が真っ赤になる。

 彼女は少し潤んだ目をしながら、

「ほ、ほんとだな。嘘じゃないんだな」

「はい、おれはあなたが好きです」

「いまさら撤回しても遅いぞ! 他の女に目をくれるなんて許さないからな!」

「はい、おれはあなたが大好きです」

「……っ、少年!!」

 ばっ、と感極まった様子の女勇者が腕を広げて抱きついてくる。

 少年もアドレナリンが出ているためか、彼女を胸のなかに迎え入れようと恥ずかしげもなく腕を広げて待っていたのだが、ここでやたらと景色がスローモーションになっていることに気がついた。

 そして頭の中を流れるのは、彼女と過ごしてきた思い出の日々――いや、これではまるで走馬灯では?

 そう思い至ったところで、理解する。

「あ、」

 今の少年は、なんのスキルもない状態で。

 、純粋な元地球生まれ日本育ちの高校生でしかないということに。

 そんな吹けば飛ぶ紙細工のような少年にいざ抱きつかんと勢いよく飛びかかってくるのは、地上最強天下無双の女勇者様。

「わたしも大好きだぞ、少年!!」

 その言葉を最期に、晴れて恋人となった彼女の腕の中、少年の意識は途絶えたのだった。




 ――そして。

 この世界で並ぶもの無しとまで言われていた最強の女勇者に、肩を並べて戦える相棒が現れたという噂がまことしやかに流れるようになったのは、それから数年後のことである。

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