【超短編】メニューにない炒飯と変わらないもの

茄子色ミヤビ

【超短編】メニューにない炒飯と変わらないもの

 母が嫌いだった。

 今になって思うと父がいない分の愛情を注ごうとした結果、歪んでしまっていたのだと思う。

 ただ当時の僕にはそれが耐えられなくて学校を卒業すると同時に家を飛び出した。 

 調理師学校に入ったのも手に職をつけるため、この計画の実行のためだった。 

 母方の祖父とはこっそり連絡を取り合っており、家を出た当初の母は半狂乱になっていたと聞いたが「アイツのためにも、お前は正しい選択をした」と言ってくれた祖父の言葉は本当に嬉しかった。

 しかし社会に出て、僕は本当に甘やかされて育ってきたのだと思い知った。

 学校で学んだ「調理の正しい手順」なんて現場では通用しないと、初めて働いた居酒屋の先輩に丁寧に教えられたが、自分の小さなプライドを守るため「こっちの方が正しい」と意固地になった僕を可愛がってくれるような先輩は1人もいなくなった。

 そして気付けば「決まった工程で決まった味を作り続けるなんて料理人の仕事じゃない!」と、妙なプライドを振りかざすようになり…僕はバイトを転々とするようになった。


 料理人は決まった味を、決まった美味しい味の料理を作るのが仕事だ。

 調理は腕だけじゃなく目と人間関係も重要だ。

 季節によって食材の種類や状態も違い、食材を届ける業者の目利きの精度、業者から舐められていたら質の悪いものを回されるたりする。

 そんな中美味い料理を作るのが俺たちの仕事だ。


 そう僕に教えてくれたのは今の店長だった。

 

 ここで働いてから3年。きっかけはバイト募集の張り紙を見かけ、無職だった僕は「この汚い町中華ならすぐに雇ってくれるだろう」という舐めた気持ちだった。

 しかし店長のマツモトさんは年齢不詳の爺さんで、昔ながらのべらんめぇ口調の指導が厳しく僕は初日に辞めようと考えていた。

 しかしこれまた年齢不詳の店長の奥さんが、それを完璧に制御していた。

「ばっかやろう!塩加減なんて指で覚えんだよ!」

「グラムで言ったげなさいよ!あんたの濃い時あるって皆さん言ってんのよ!ねぇ?」

 と、奥さんが常連さんに会話を振って盛り上がるのも楽しかった。

 正直調理よりも、この環境のおかげで僕は働くことが苦じゃなくなっていった。

 また奥さんが体調を壊して休んでしまうときもあったが

「うるせぇのが居なくて今日は良いやな!」

 と、それはそれで機嫌が良かったり、また最高に機嫌が悪かったりするのも面白くて、僕は毎日を楽しく働くことができた。

 

 そしてその日はやってきた。

 この店に母と祖父がやってくるのだ。

 あまり深く僕の過去の話を聞かなかった二人に、ふとこの店に流れ着いた経緯を話したことがきっかけだった。常に適度に距離感を保ってくれる二人は有難かったが、どこか寂しく感じていたことが理由だったと思う。

 勝手に寂しくなって二人に胸を内を聞いてもらい、タダで店を貸し切りにしてもらったのだ…僕の甘ったれ今になっても治っていない。

 そして僕の話を聞いて、今回の事を提案してくれたのは意外なことに店長だった。

「店の何か作ってやりゃ~お前のこと分かってくれんだろ!呼べ呼べ!」

 と提案してくれたのだ。


 母には怒られるのだろうか?悲しまれるのだろか?呆れられるのだろうか?


 僕は腰のエプロンを巻き直した。店長たちは店に二つしかないテーブルの1つに座り、角に置かれたテレビを見ている。

 そして建付けの悪い引き戸が開かれ…祖父と母が入ってきた。


 僕は鍋を振るって母の分の炒飯を作っていた。

 もちろん祖父の餃子も平行で作りながらだ。

 母が決めあぐねていたら提案しようとしていたのも炒飯だった。

 そして、もし炒飯を作ることになったら味付けは店のものではなく…昔食べた母の味付けを再現すると決めていた。火力が強くてぱらりと仕上がってしまいそうになったが、なんとか母の炒飯を再現することに成功した。


 食べ終わった母は泣いていた。

 あの時の私はどうかしていたと。あれからカウンセラーに通って、自分がいかに干渉し過ぎていたかを反省した、と…そして当時のあんな私が育てた息子が、こんなに立派に育ってくれたと泣いていた。しかし

「でも今度はお店の炒飯食べさせて。お母さんの味覚えてくれてたのは嬉しかったけど」

 と母が言った瞬間、店長に火が点いた。

「ばっかやろう!勝手に店のメニューに無いもん作るんじゃねぇ!百年早ぇんだよ!」

 といつものように丸めた新聞紙で僕のケツを叩いてきた。そして

「たけるちゃんに何するんですか!!!!!!!」

 続いて母が大噴火した。

 店長に掴みかかろうとした母を祖父が羽交い絞めし「すまん」と口を動かした。

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