episode2 作戦会議

 コーセーさんがパンと手を叩き注目を集める。

「それじゃあ、作戦会議といこうか」

 作戦会議。つまり、ヒマリさんをいかにして守るか考えるということだ。皆の顔に緊張が走る。

「文化祭まであとニ週間ある。それまでにこの予告状を贈ってきた犯人を特定したい。最悪、特定は出来なくても、候補だけは何人かに絞っておきたいね。というわけで、ヒマリの周辺人物に聞き込み調査を行いたいと思う」

 コーセーさんは指を一本立てた。

「一つ。ヒマリに恨みを持ってそうな人物。つまり、昨年卒業した遠藤さんたちだ」

 いわゆる「島崎の乱」で遠藤さんたちは厳しい処罰を喰らうことになった。大学進学などにも多大な影響があったことだろう。動機は十分だ。すると、藤原先輩が手を挙げる。

「それじゃあ、遠藤さんたちのことは私が調べるわ。元クラスメイトたちに聞けば何か分かるかもしれない」

「そうですね。それでは頼みます」

「ええ、任されたわ」

 遠藤さんの元クラスメイトが仲間にいるのは心強い。遠藤さんはもうこの学校にいないので、情報収集が一番困難なのだ。コーセーさんは二本目の指を立てる。

「二つ。生徒会。あまり身内を疑いたくはないだろうけど、身内が一番犯行に及びやすいのは言うまでもない。動機の面でも、実行可能性の面でもね」

 たしかにその通りだ。とはいえ半年間共に仲良くやってきた人たちだ、あまり疑いたくないのが本音だ。そう思っているとコーセーさんが僕とヒマリさんに優しく微笑ほほえみかけた。

「これは僕が行くよ。身内には話しにくいこともきっとあるだろうから。それに、ヒマリやシオンはあまり行きたくないだろう?」

 僕は感謝の気持ちを込めてお辞儀した。こういうところがコーセーさんが愛される所以ゆえんなのだろう。そしてコーセーさんは三つ目の指を立てる。

「三つ。ヒマリの同級生。まあ、これが一番可能性が低いと思うんだけど……」

「どういうことですか?」

 俺が訊ねるとコーセーさんは苦笑いした。ヒマリさんは頬を膨らませながらそっぽを向いている。どうしたのだろう?

「ええと、これはアカネとシオンに任せようかな?」

「了解です」

「オーライ」

 俺とアカネさんが了承すると、ヒマリさんが駄々をこねるようにして言った。

「えー、私はお留守番?」

 子供っぽい仕草をするヒマリさんは、なんだか小動物のような愛らしさがある。コーセーさんはまるで保護者のような慈愛に満ちた目で四つ目の指を立てた。ヒマリさんは両手をあげて喜ぶ。

「四つ。シオンたち生徒会メンバーの同級生。つまり、1年生だね。本当の狙いはヒマリじゃなくて、君の側にいる後輩たちかもしれないだろう? 会長を襲撃すると見せかけて、後輩を襲撃する。ありえない話じゃないと思うんだ」

 なるほど。例えば俺を襲撃することが狙いということか。もし俺が狙いなら、劇中はヒマリさんの側にずっといるはずだから、まさに格好かっこうの的だな。そう考えて俺は思わず苦笑いする。全員に役割が与えられたところで、コーセーさんはまたパンと手を叩き注目を集めた。

「さて、分担は決まったね。今日はもう遅いし、帰ろうか。明日以降、各自で動いて、今週の土日には意見を持ち合おう。それじゃあ、解散」

 各々が荷物を持って帰宅の準備をすると、藤原さんが「あら」と言った。

「ヒマリさん、もしかして個人企画でギター弾くの?」

 ヒマリさんはギクッという顔をしながらギターケースを背負う。

「ええ、その、まあ」

「そうなの。ヒマリさんがギター弾いてるところ、まだ見たことなかったから楽しみだわ。絶対見に行くわね」

「えっと、その、ありがとう、ございます……」

 爽やかな笑みを浮かべる藤原先輩の顔を見てガックリ肩を落とすヒマリさんの肩を叩き、俺は個人企画申し込み用紙を渡した。ヒマリさんは大きなため息をつき、渋々申し込み用紙に名前を書いた。


「ヒマリ、じゃあね」

「おつかれー」

「アカネちゃん、コーセーくん、バイバーイ」

 二人に手を振って別れを告げると、俺とヒマリさんは二人きりになった。俺たちは帰る方向が一緒なのだ。ヒマリさんは徒歩、俺は自転車だが、俺は自転車を引きながら歩く。俺はこの時間が何より好きなのだ。

「シオン、ごめんね。巻き込んじゃって」

 ヒマリさんは申し訳なさそうに謝る。部室では勝手に振る舞っているが、根はやはり真面目で優しい人だ。

「いいえ、そんな。むしろ、俺が王子様役でよかったんですか?」

「いいよ。シオンってなんか王子様っぽいし。まあ、私のほうがお姫様とは程遠いんだけどさ」

 俺は首を横に振った。心の中ではブンブン振り回している。俺にとっては最高のお姫様だ。ヒマリさんは照れくさそうに笑った。

「ところで、その……文化祭当日は誰と回るんですか? やっぱり同級生のお友達ですか?」

 俺がたずねると、ヒマリさんは突然立ちどまり、少しするとしゃがみこみ頭を抱えた。

「わ、忘れてた……」

 忘れてた? 友達に声をかけ忘れたのだろうか? ヒマリさんは真っ青になりながら自らの片手を見つめる。手が激しく震えている。

「どうする!? アカネちゃんとコーセーくんのデートに水を差すのは忍びないし、生徒会の後輩たちはみんな同級生と回るだろうし、そうなるとやっぱりクラスメイト? えっと、ええっと……」

 ……指が一本も上がらない。コーセーさんがさっき、同級生が犯人の可能性が一番低いって言ってたのは、もしかして……

「もしかして、友達いないんですか?」

「知り合いはたくさんいるもん!」

 ヒマリさんは涙目で俺をにらみつける。ああ、なるほど。いわゆる、人間関係が広く浅いタイプの人か。いや、この感じだと、相当浅いみたいだが……項垂うなだれるヒマリさんに俺は手を差し伸べた。

「よかったら、俺と一緒に回りませんか?」

 ヒマリさんの目に光が差し込んだ。ヒマリさんは俺の手をとり立ち上がると、目を輝かせながら俺に感謝した。

「シオン、ありがとう! お陰でぼっちにならずに済んだ! 君は命の恩人だよ!」

 俺は余裕そうに微笑ほほえみを浮かべているが、内心パニック状態である。まさか本当に一緒に回れるとは。友達の誘いを断った甲斐があった。それに、今握られている柔らかく小さな手の感触に、俺の心臓は破裂しそうだった。その上、正面を見れば、満面の笑みを浮かべながら上目遣いで俺を見つめるヒマリさんがいる。俺は思わず目線をそらした。

「ええっと、その……楽しみ、ですね」

 ヒマリさんは弾ける笑顔で大きくうなずいた。

「うん!」

 俺は断腸の思いでヒマリさんの手を離し、また歩き出した。ヒマリさんも軽い足取りで歩き出す。前方の空を見ると、夕陽は真っ赤に激しく燃えていた。



 

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