Ⅱ. 革命

第壱話 4枚のカードと3枚のチケットと2人の少女


「革命」

 アカネちゃんは自信満々で4枚のカードを出したかと思うと、今度は渋面じゅうめんをつくってうなった。

「……パス」

 そう言うとアカネちゃんは満面の笑みを浮かべて最後のカードを叩きつけた。

「あがりっ!」

 ガッツポーズをしたかと思うと、今度はがっくり肩を落とした。まさに百面相ひゃくめんそうだ。

「……アカネさん、何してるんですか?」

 扉の前で立っている私を見て、アカネちゃんはさも当然かのように言い放った。

「何って、一人大富豪だけど」

 友達がいない人の末路を眼の前にして、私は背筋が凍るような気がした。「一人大富豪」。まるで独身貴族みたいな響きじゃないか。私は数十年後のアカネちゃんを想像する。三十路みそじをとうに過ぎても独身の彼女は、仕事終わり、死んだ魚のような目で、生ビール片手にバラエティ番組を見ながら薄ら笑いを浮かべている。恐ろしい妄想によって私の背筋は完全に凍結してしまった。

「ヒマリ、なに一人で百面相ひゃくめんそうしてるの?」

「アカネさん、強く生きてください。寂しいようでしたら、時々私が遊びに行きますから。最近では生涯独身の女性も増えてきているようですし、きっとなんとか生きていけますよ」

「勝手に生涯独身にしないでくれる? っていうか、私、彼氏いるんだけど」

 そう言ってアカネちゃんは苦笑いを浮かべているコーセーくんを指さした。そうだった。この人、友達いないのに彼氏いるんだった。約2週間ほど前、正確に言えば7月7日に、私の姉の墓前ぼぜんでアカネちゃんとコーセーくんは目出度く結ばれたのだ。天国の姉もカップル誕生に一役買えて満足していることだろう。

「というか、生涯独身になりそうなのはどっちかと言うと貴女のほうじゃない?」

 我が心臓を射抜いぬかんとする鋭い指摘に思わず私は狼狽うろたえる。

「し、失敬ですね。何を根拠にそんなこと言うんですか?」

「だって友達も彼氏もいないでしょ?」

「えっと、その……と、友達がいないと言ったのは大昔の話で、今はちゃんといますよ、アハハ……」

「じゃあヒマリ、大富豪のルール知ってる?」

「よく知らないですけど……」

 質問の意図が全く分からない。大富豪と友達になんの関係があるのだ。それと、なんだかコーセーくんがすごく気の毒そうな顔でこっちを見てくる……

「どうして?」

「どうしてって、そりゃあ、一緒にやる相手がいないか……あっ」

貴女あなた、本当に友達いるの?」

「スイマセン、イマセン」

 私は机に突っ伏した。どうやら独身貴族の有力候補なのは私の方らしい。一人夕食に秋刀魚さんまをつまむアラフォーの私が見える。これなら喜々として一人大富豪をしているアカネちゃん方が百倍マシか。そう思っていると、アカネちゃんは私の頭をポンポンと叩いた。

「そんなに落ち込むことないわ。人生を楽しくするのに友達や彼氏が絶対必要というわけじゃないでしょ? たとえ一人ぼっちでも、『革命』は起こせるんだから」

 アカネちゃんは6と書かれた4枚のカードを見せると、白い歯を見せて笑った。


 落胆している私の気分を変えるためか、コーセーくんは話題転換を試みる。本当に気遣いが出来る人だ。

「そう言えばヒマリ、この前、僕たちに何か渡したいものがあるって言ってたよね?」

 ああ、そうだった。私はかばんの中から3枚のチケットを出し机の上に置く。

「ライブのチケット?」

「ええ。姉が自殺する一週間前にくれたものです。友人が出るライブのチケットを貰ったんだけど、用事があって行けそうにないから貰ってくれって。……今思うと、自殺するからいらなくなったということだったんでしょうね」

 暗い顔の私を励ますように明るい口調でコーセーくんは言った。

「じゃあお姉さんの分まで楽しんで来なきゃね」

 私は少し微笑ほほえんでうなずく。

「そうですね。というわけで、残りの2枚のチケットをお二人に受け取って欲しいんです」

 するとコーセーくんは私に気を使うように、

「でも、本当に僕たちが貰っていいの? 部活仲間とはいえ先輩後輩なんだし、同級生の友達と一緒に行ったほうが……あっ」

 塞がりかけた傷跡が真っ赤に染まった。意識が遠のく。大量出血で死にそうだ。薄っすらと透明のポストが見える。その前にたたずんでいるのは……お姉ちゃん。私の目元に涙が浮かぶ。お姉ちゃん、やっと会えたね。これからは二人で仲良く暮ら……

「コーセー、大変! ヒマリが死にそう! 人工呼吸してあげて!」

 アカネちゃんの声で現実に引き戻される。人様の彼氏に初キスを奪われてたまるか。私が意識を取り戻すとコーセーくんが肩をで下ろした。まるで誤って私を殺しかけたみたいな反応だ。私は一つ咳払せきばらいをする。

「とにかく、お二人も一緒にライブに行きましょう。ライブは8月6日に大阪のライブハウスで開催されます」

「つまり、夏休みに大阪旅行ってことね。悪くないわね」

「大阪かぁ。遠いけど、日帰りで行くの?」

 私は机から身を乗り出し、興奮気味に言った。

「なんと! そのライブに出る姉の友達が宿をとってくれるそうです! なんでもその人の親戚が大阪で宿を営んでるそうで、私がライブに行くことを伝えたら、格安で泊めさせてくれることになりました!」

「ということは……1泊2日! 最高じゃない! 灰色の夏休みに革命が起きたわ!」

 アカネちゃんが思わず椅子から立ち上がった。コーセーくんの目にも喜びの色が見える。

「じゃあ、8月6日の9時に名古屋駅集合ということで。ライブと旅行を目一杯楽しんで、灰色の夏休みに革命を起こしましょう!」

 アカネちゃんとコーセーくんが「おー」と言って拳を挙げた。


 ところで「革命」といえば、姉の一件を通して、アカネちゃんと私の人間関係に大きな「革命」が起きた。アカネちゃんには彼氏が、私には二人の友人が出来たのだ。去年まで灰色に染まっていた私たちの夏休みはカラフルに彩られることだろう。

 しかし、私たちは本質的には何も変わっていないような気がする。現に、アカネちゃんは4枚のカードで「革命」を起こして一人大富豪なるものを楽しんでるし、私は3枚のチケットを前に友人の少なさを嘆いている。きっと、本当の意味での「革命」とは、人間関係の変化などではなく、自分自身を変化させることを言うのだろう。「たとえ一人ぼっちでも、『革命』は起こせるんだから」というアカネちゃんの言葉は、案外間違いではないのかもしれない。「革命」とは環境の変革のことではなく、どこまでも自分勝手な自己変革のことなのだ。

 そんなことを思いながら、楽しそうにスマホで大阪の観光地を調べているアカネちゃんを眺めていると、ふとコーセーくんと目が合った。コーセーくんが私に優しく微笑ほほみかける。そう言えば、私は彼のことをよく知らないような気がする。彼は2人の少女を前にして、いつもどんなことを思っているのだろうか? 彼の人生に「革命」は起きているのだろうか? 彼の目元が少し寂しそうに見えた。

 

 


 





 


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