第11話 メッセージ
牧玄弥は一つ息を吐くと、ヒマリの顔を見た。彼女の顔には
「でも、マシロ先輩は屋上にはいなかったんですよね?」
僕の言葉で意識を取り戻したかのように、牧玄弥は僕の方を向き、自嘲しながら
「お前はなんでもお見通しだな。屋上に行ってもマシロはいなかった。野球場の上も見たが、何も分からなかった。途方に暮れた俺は、ただ屋上から立ち去るしかなかったんだ」
牧玄弥の手は激しく震えていた。彼は震える手で膝を押さえつけた。
「もしかしたら、マシロは俺の計画に気づいていて、俺を恨んでいるんじゃないか? だから屋上来なかったんじゃないか? ……そう思うと、夜も眠れなかった。怖くて、マシロに声をかけることも出来なかった。そして、俺が
牧玄弥の目は涙で充血していた。彼は涙を拭うとヒマリの方を向いた。
「ただ、一つだけ確かなことがある。アイツが死んだのは、俺のせいだ。ヒマリ、本当にすまなかった」
姉を愛し、そして殺した男を前に、ヒマリは必死に言葉を探しているようだった。ヒマリは膝の上の拳を強く握りしめた。憎悪と
「牧先輩。マシロ先輩のメッセージを見に行きませんか?」
僕がそう言うと、アカネは
「見に行くって、どこによ」
僕は指を鳴らして、人差し指を上に向けた。
「屋上にさ」
吉川先生が鍵を開け、僕たちは屋上に入った。僕は野球場がよく見える場所まで歩いていった。皆も僕についてきた。アカネは手すりにもたれかかりなが皮肉を言った。
「まったく、雲ひとつないわね」
僕はアカネの目線の先を指差す。
「ああ。だからよく見えるだろう? マシロ先輩のメッセージが」
ヒマリが「あっ」と呟いた。
「
アカネも理解したのだろう、目を少し細めながらマシロ先輩のメッセージを眺めた。
僕たちの目線の先で、真っ赤な丸い夕陽がメラメラと燃えていた。マシロ先輩が生前ひた隠しにしていた恋心が、彼女の
「きっとマシロ先輩は『屋上事件』の真相を知っていたんだと思います。でも、牧先輩を恨んではいなかった。ただ、悲しかった。ずっと愛し続けた幼馴染が、
牧玄弥はまさに落ちようとする夕陽を眺めながら、膝から崩れ落ちた。
「マシロ先輩はきっと、透明な体に宿る
「透明なあなた」を、牧玄弥を、輝く夕陽が赤く染める。純白な少女の赤い恋心は、黒く染まった男の心を明るく照らした。男の背後に伸びる
「それにしても、マシロ先輩はなんで手紙を2つに分けたのかしらね。それに、片方だけに本名を書いて。いったい何がしたかったのかしら?」
「ああ、そのことか。長い方の手紙を書いたのはマシロ先輩じゃないよ。ほら、先月に一度だけマシロ先輩が部室に来たことがあっただろう? その時に、別の人が書いた長い方の手紙を読んで、それを受けてあの手紙を追加したんだ」
アカネとヒマリは目を丸くして僕の方を見た。そして二人で顔を見合わせた後、大声で叫んだ。
「はあ!?」
僕は思わずたじろぐ。声が大きいうえに息ぴったりだ。いつの間にこんなに仲良くなったのだろう?
「だって、『真っ白な私より』って書いてあったじゃないですか!」
「名前に白が入ってるのはマシロ先輩だけじゃないよ」
そう言って、僕は吉川先生を見た。いや、白秋先生言うべきか。吉川先生は扉の前で今にも逃げ出そうとしている。
「ヨ、ヨ、ヨ、ヨッシー!?」
アカネは吉川先生に詰め寄る。完全に逃げるタイミングを失ったようだ。僕は一つ
「春の鳥な 鳴きそ鳴きそ あかあかと
ハッとした表情を見せるヒマリとは対照的にアカネは眉を
「北原白秋の歌さ」
まだ理解出来ないアカネのためにヒマリが現代語訳をする。
「『春の鳥よ、どうか鳴かないでくれ。家の外の草を夕陽が赤々と染めるこの夕暮れに』という意味です。自分と同じ名前の俳人の歌を手紙の冒頭に用いたんですね。さすが国語教師です」
「さすが」と言われ、吉川先生の顔が少し緩んだ。この人はむしろ感情が読み取りやす過ぎる。
「なるほど。それにヨッシーなら米に放課後に屋上を掃除するから、『いつでも待って』いることは可能よね」
僕は
「そして、『あなたと同じ高校に行くと決まったとき』っていうのは、まさか勤務先が一緒になるとは、って意味だろうね」
「ってことは、『透明なあなた』って……」
僕らは一斉にショーコ先生、いや
「なるほど。
ショーコ先生は吉川先生を見た。吉川先生は穴があったら入りたいとでも言うように、顔を赤く染めもじもじしている。
「吉川くん……」
吉川先生の背中をアカネがポンと叩いた。ヒマリも吉川先生の顔を見てコクンと
「ショーコ、本当は大学にいたときに言うべきだったんだけど、臆病な僕はどうしても言えなかったんだ。でも、同じ高校で勤務することが決まって、僕は腹を決めたんだ。絶対に君に告白するって。でもやっぱり怖くて、手紙なんていう方法に逃げちゃった。いつまで経っても君は屋上に来ないし、僕のことなんかどうでもいいと思ってるんじゃないかって、そう思ってた……だけど、もう逃げない。ショーコ、君のことがずっと好きだった。僕と付き合ってください」
吉川先生は勢いよく頭を下げた。側にいたアカネの
「ごめんなさい。私、彼氏いるの」
申し訳なさそうにするショーコ先生の前で、吉川先生は崩れ落ちた。アカネが背中をさすってやる。
ヒマリは一つ大きなため息をついた。
「告白はお早めに、ってことですね」
そう言ってヒマリは吉川先生を冷めた目で見下ろした。いや、あれはアカネを見ているのだろうか? アカネの手が少しの間止まったような気がした。
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