第25話 アカウントバレ★

 欽治さんから無茶振りを言いつけられた翌日。

 私は朝食を頂いた後、コールだけで済まさずに成長途中のキャディの経過報告をしにテイマーダンジョンへと足を向けた。


 するとそこにも人の山。

 モンスターエッグを売り出す業者が出始めていた。

 敢えてテイマー向けと言う売り文句だ。


 一度卵を手にしてしまえば、どれを孵化させるかの裁量権はテイマーに一任される。

 選ぶ権利と言ってしまえばそれまでだが、それでは試練を与えたマザーが許すだろうか?

 

 このダンジョンの本質は、自身が産み落とした卵の親越えにあると私は踏んでいる。

 そうして認められることで一匹目、二匹目と増やしていく類だと思っていた。


 だが世論では、探索者は選ぶ立場にある。

 選べないのは不自由だ、という声が上がっている。


 今までのゲームなら容姿を選べた。

 それが出来ないのは違うのだそうだ。


 これもジェネレーションギャップというのか。

 生まれるまでの過程を丸っと無視して狙った成長だけ欲しがるのは早計だ。

 子育てを体験したことのない子どもだからこそ、無駄を嫌うのだろうね。

 私も人のことを言えた立場ではないが、同胞と思しき相手が切り売りされる場面をあまり見せたくなくて、キャディを連れてダンジョン支部へと歩みを進めた。


 事前に連絡先を交換したのが良かった。

 アポイントメントはその場に来てから通したが、スムーズに話が行き届いた。

 まぁ表面上は協力者だからね。

 情報提供者兼パトロンだ。悪いようにはされないだろう。


「笹井さん!」

「やぁ回転氏。その後、進捗の方はどう? 何回か孵化させられた?」

「足は生えましたよ」

「お、いいねぇ。私は口もついたよ」

「たった一日で凄いですね!」

「私としてはたった一日でこうまで情報が知れ渡るものかと驚いてるよ」


 ダンジョンの表に視線を向け、そこで違法な販売をしている業者へと辟易した顔を向ける。


「アレですか。アレはウチでやり始めた事業です」


 そうなんだ。どうりで売り子も堂々としてるわけだ。

 警察公認なら尚更だ。


 利益を欲してるのは知っていた。

 そのために情報を洗うことを勧めたのにこうも焦るとは、上司から圧力でもかけられたか?


「ふぅむ。あの卵を売れると踏んだ理由を聞こうか」

「売れる、と言うよりは生まれた生体のデータが欲しかったのです」

「自分たちでは手が回らず、協力者を求めたと?」

「あの、ダメだったですかね?」

「別に? 私はここの責任者ではないし、好きにしたらいいと思う。けど経験者から言わせてもらうと悪手かなと思っている。せっかく自分たちの成果を他人の手に委ねるんだ。自らもらえる報酬を破棄してるようなものだよ?」

「それをあなたに言われるのはちょっと……」


 まぁ、そうだろうね。

 報酬も成果も丸投げしてるのは他ならぬ私だ。

 私は別に生い先短い身だからいいんだ。

 けど年若い君たちがなりふり構わないって言うのは少し考えが甘すぎる。


 今はまだ警察がダンジョン事業を独占できてるけど、その情報の仕入れ先が警察以外に偏ると力関係なんて簡単にひっくり返るよ?

 ただのデータ提供者から強力なライバルになりかねない。


 勿論、優位性より安全性優先だと言うならダンジョン事業のトップがすげ変わろうと国民は文句を言わないだろうけどね。


 君たちの苦労や成果を他の誰かに掠め取られるかもしれないよ?

 そのことを仄めかしたらすぐに考えを変えてくれた。


 さっきまではただの雇われ従業員。

 しかし今度は警察の立場がなくなることを妄想して、事業委託の危険性を警戒してくれた。


 まぁ、ライバル企業の出現を予想できない脇の甘さでは取って変わられるのも時間の問題ではあるけどね。


「人手なんて同僚に頼んだらいいのに」

「管轄が違えば手柄もその管轄ごとに分けられるというのがお役所仕事というものでして」

「世知辛いねぇ」

「全くです。おかげで署内も連日ピリピリしてますよ」

「とはいえだ。情報そのものは出てるんだろう? 餌とかさ」

「餌、ですか? 初耳です」


「え、そうなの? てっきり既に……」

「つまり笹井さんは成長値の爆上げ法を発見していると?」

「アレってテイマーをセットしたら見えるもんじゃないの?」

「小官は漸くテイマーを所持したところでして……そのまま戦闘に入ってる間にピシリとヒビが入ったのです」


「それで一回目の孵化を終わらせたのか」

「はい。ですが笹井さんは違うと?」

「これ、君のアイテム詳細に映るかな?」

「エメラルドのかけら……って、性格設定まで可能なのですか?!」

「ちなみにこれ一個で成長値が1増える」

「…………」


 長い沈黙。どうやら回転氏はその数値を上げるためにそれなりの戦闘回数を繰り返したであろうことはその無表情の顔から察することができた。

 いや、同情するよ。


「そのかけらの入手情報は頂けるので?」

「テイマーの発展を願ってサービスしよう」

「まぁ、タダというわけにはいかんでしょうな」

「ですねぇ。そもそもそのダンジョンは今現在封鎖されてますし」

「ん!?」


 回転氏が「なんでそんな情報持ってくるかなぁ?」と言う顔をする。

 なぁに、情報が欲しくないの?

 それとも今すぐ使えてすぐに成長させられる情報が欲しかっただけ? 

 贅沢だなぁ。


「まぁとにかくだ。情報の提供としてこれらに採掘ポイントは見えない。これが一つ目の情報ね?」

「採掘ポイント無しなのによく見つけられましたね?」

「だから見つけたのは偶然さ」

「それで採掘場所は?」

「ダンジョンの床」

「ちょっとすいません、今なんと?」

「床」


 最初は聞き間違いだと思ったのだろう、しつこく聞いても回答が変わらないことに本格的に「何言ってるんだこの人」と言う目で見られた。酷くない?


「なんでダンジョンに行って床を掘ってるんですか、あなた」

「そんな引くほどのこと?」

「引きますって。まずその場所を掘ろうと思います? と言うかよく掘れましたね。武器だって弾き返しますよ? ちなみにグレードは?」

「Ⅲ」

「なるほど。ここでグレードアップしたスコップですか?」

「ご名答。ちなみに壁からはルビー、天井からサファイアだ」


 回転氏が天を仰いで顔に手をおいた。

 そんなにショックを受けることだろうか?

 それともまた別の意味でだろうか。


「理由は聞きません。結果出土したと言う証拠だけあればいいですから」

「聞き分けがいいね」

「屁理屈捏ねたところでダンジョンの中というのは常識が通じない場所ですからね。それと、採掘場所はお聞きしてもいいですか?」

「ウルフダンジョンだね」

「あー、寺井グループの? よく入れましたね」


 ロウガ君が警察関係者だと言ってたけど、現役警察官からも畏怖されてるとか一体何しでかしたのあの子?

 ゲーム内では兄弟にコンプレックス持ってる弟君てイメージだったのに。ところかわれば見え方も変わってくるものだなと思った。


「あの人とは顔見知りだからね。パターゴルフでよくご一緒するんだ」


 誘ってきたのはあの人だし、誘われて乗っかったのは私。

 もともとゴルフは接待でしかやってこない人間だからね、私は。


「あれ? 笹井さんて実はすごい会社の社長さんだったりします?」

「私は中小企業の勤め人だよ」

「ほんとうですかぁ?」


 なぁに、その疑いの目は。


「周りが勝手にすごくなっただけだよ。出会ったのだってVRゲームの中で、それまでは普通の人生さ」

「笹井さん、ゲームをやられてたんですね。ちなみにどんなタイトルですか?」

「君が知ってるかはわからないけど、Atlantis World Onlineというやつさ。そこで私は弱小クランのマスターをやっていてね。例の寺井グループの社長さんはそこのサブマスターをやってもらってる。そんな関係さ」

「待ってください、AWO……そして寺井グループの社長がサブマス? もしかしてあなたはあのアキカゼ・ハヤテですか?」

「お、私を知ってる人がいるとはね。最近はあんまり遊んでないのによくわかったね」

「……あぁ、じゃあ納得です」


 ねぇ、なんでそんなに疲れたような顔をしてるの?

 そして全てを諦めたような顔つきである。


「勝手に納得されちゃった。では二つ目の情報ね。これらの採掘は光苔や水晶と違って結構掘り進める必要がある。一メートル行くか行かないくらいかな? 床の方は二十センチ程度で出てきたね」

「道路拡張か交通整備規模ですよ、それでも」

「足場がツルツルして危なかったんだよ」

「それで掘るとか……あの動画は本当だったのか」

「動画って?」

「敵性生物、アトランティス人にツルハシアタック仕掛けたあのアーカイブですよ」

「ああ、アレね! 空の試練の!」


 大変だったんだよ、と武勇伝を語れば「マジなのかよ……」と言う反応が返ってくる。

 と言うかアカウントバレしてから随分と距離感が近くなったよね、回転氏。

 もしかして私の知ってる人だった?


「とにかく、笹井さんがどんな人物かわかりました。もしかして情報提供者って、クランの情報統括してた?」

「カネミツ君だねぇ。そのお父さんが私のクラスメイトなんだ。彼の職業は作家なんだけど、一本アニメ化したけど鳴かず飛ばずだったらしいよ?」

「アニメ化しただけ十分化け物ですよ」

「自費アニメでも?」

「とんでもねぇなって感想しか出てきません。アニメスタジオ設立するだけでも相当な額が動きますから」

「なるほど、すごかったんだ彼。でも流石にスタジオ設立まではしてないと思うよ?」


 しんみりと悪友の武勇伝に感想を述べれば、この人何もわかっちゃいねーなと言う顔を返された。

 昨今はアニメや映画は殆ど3D制作だ。

 回転氏曰く、その作品を知ってるかのような口ぶりで長井君を褒めていたからびっくりしている。

 真面目な警察官だと思ってたら、熱心なファンだったんだ。

 そりゃ驚くよ。


 と言うか話が大きく脱線してしまったな。

 脱線させたのは回転氏だが、それに乗った私も悪いか。


「ちなみに、今度うちの自治体でこんなのを開くつもりなんだけど」

 

 早速宣伝用のビラを撒く。


「自治体でダンジョンを盛り上げるイベントですか? ちょっと待ってください。確か笹井さんの自治体って……」

「桜町町内会だけど?」


 ちなみにAWO内でのクラン名もそれだ。

 メンバーさんが私の家族とご近所さんで構成されてるからね。

 そもそもクラン設立の背景もバザーか何かやりたいねって集まったのがきっかけだった。


「ああ……」


 まるでこの世の終わりだと言う顔をしていた。

 流石にリアルでそこまで暴れないと思うよ。

 ねぇ、キャディ?


「くぇ?(気安く僕に話しかけないでくれますか?)」


 そう言えばこの子は生まれたばかりであの人たちにアグレッシブさを知らないんだったな。

 その結果がこのクールな態度。

 私はすぐにでもエメラルドのかけらを採掘して、キャディの性格を元に戻して見せると固く誓った。

 取り敢えず採掘の許可取らないと。


 欽治さん、許可してくれるかなぁ?

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