第13話。心遥と夜空

 私は芽依めいと電車に乗って、街の方まで行くことにした。あの町に戻るまでは私が暮らしていた場所だけど、懐かしいという気持ちにはならなかった。


 駅に着いた時には既に日が暮れていた。


 夜になっても駅周辺は人通りは多くて、芽依は私の腕を掴んで離れないようにしている。そんな芽依に気を使う余裕はなくて、私は急いで来栖くるすを探すことにした。


 街の中で人探しなんて一日使っても不可能だった。それでも来栖が制服を着ていることを考慮すれば、来栖の行く場所はある程度絞ることは出来た。


「見つけた」


 人混みの中、年の離れた男の人と並んで歩いている制服姿の来栖を見つけた。とても、友達には見えないし、嫌な想像もしてしまう。


「この辺のお店って……」


「この街に住んでる人なら皆知ってる。夜のお店が集まっていて、休むような場所もある。ここまで言えば、芽依ちゃんでもわかるよね?」


「そんな場所で来栖さんは……」


 来栖はホテルには行かないと行っていた。だけど、こんな場所に居るということは思わせぶりだけでは済まないと思った。


 家に帰らず、来栖が自暴自棄になっている可能性もあった。そんな可能性を考えながらも、まだ私は来栖を連れ戻すべきか迷っていた。


「芽依ちゃん。私、帰るから」


「は?何を言ってるんですか……?」


「来栖ちゃんが生きてるなら、それでいいから」


 立ち去ろうとすると、芽依に腕を掴まれた。


「何のためにここまで来て……」


 私も芽依も来栖のことが心配だから、こんな場所までやってきた。だけど、私と芽依には来栖を助けられない理由があった。


「私も芽依ちゃんも、来栖ちゃんの友達じゃないでしょ?」


 友達じゃないから、救いの手を差し伸べない。当たり前のことを言ったからか、芽依は黙ってしまった。


「芽依ちゃんは来栖ちゃんが憎くないの?」


「……憎いですよ」


 芽依は何も感じないわけじゃない。


 私の言葉で芽依の本音が零れ出した。


「兄が起こした交通事故。そのせいで、私はクラスで仲間はずれにされて。いじめられて。来栖さんはそれに加わって……何も感じないなんて、嘘でも言えるわけないですよ」


 芽依が来栖の手を取りに行かないのは過去の恨みを今でも忘れていないから。芽依と来栖の間に出来た溝は簡単には埋められない。


「じゃあ、これでスッキリ出来る?」


「馬鹿なこと言わないでください。来栖さんがどれだけ自分を犠牲にしても、私の味わった過去は何も変わりません」


 きっと来栖は私と同じように罰を受けるべきだと考えている。だけど、芽依が言った通り、今の来栖がやっていることはただの自己満足で罪悪感から逃げようとしているだけ。


 私には来栖の考えがよくわかる気がした。


「芽依ちゃん。私のわがままに付き合って」


「いいですよ」


 私は芽依の手を強く握り、走り出した。


 話し込んでいたせいで、来栖の姿を見失ってしまったけど。走れば追いつける気がした。


心遥こはるさん、あれ」


 芽依に言われた方を見ると、さっき来栖の隣を歩いていた男の人がいた。今は隣に来栖の姿がなくて一人で歩いていた。


 私達は走って、男の人に近づいて回り込んだ。


「おじさん、さっきの女の子はどこ!」


「え……あーあの子なら、知り合いの人について行ったけど……」


 知り合い。この街に来栖の知り合いが居るのだろうか。ただの知り合いなら、これ以上追いかける必要はなかった。


 でも、私には嫌な予感があった。


「心遥さん、別々に探しましょう」


 芽依と別れて探すことにした。何かあればケータイで連絡を取り合うようにして、見失った来栖を探すことにした。




 一人で探し回っていると、建物の間で人が集まっているのが見えた。よく確かめてみれば、似たような見た目の男達が来栖のことを取り囲んでいた。


「この前はよくもやってくれたな!」


 来栖が男に顔を殴られた。


 でも、来栖は唇を噛み締めて我慢している。


 まだ来栖の問題は残っていた。男の人からお金を受け取って、そのことで逆恨みされて。今、来栖が殴られているのは、そんなことが積み重なったせいだ。


「顔はやめなって」


 でも、私は気づいた。男達に混ざっている、私と同じ歳くらいの女の子がいることに。


「来栖。今度は大丈夫よね?」


 このまま何もせずに見ているなんて出来ない。


 私は駆け出して、来栖に近づいた。


「来栖ちゃん!」


 声を出すと全員の視線が私に集まった。


「なにこいつ」


 高圧的な態度の女の子が私の前に出てくる。


「あ、えーと、どちらさん?」


「……佐々木ささき つむぐ


 私の疑問に来栖が答えてくれた。


「佐々木紡って……」


 昔、芽依をいじめていた人間。芽依の兄が佐々木紡の姉を事故で死なせてしまい、その復讐を佐々木紡が芽依に行っていた。


「もしかして、コイツ。来栖の友達?」


 佐々木紡の問いかけに来栖は答えない。


「まあいいわ。アナタ、財布を出しなさい」


「どうして?」


「このマヌケの代わりにお金を払ってもらうから」


 来栖は想像よりも大きな厄介事に巻き込まれているようだった。私がどうするか考えていると、もう一人。この最悪な状況の中に飛び込んでいる子がいた。


「心遥さん……来栖さん……」


 芽依は佐々木紡に気づいたのか、怯えた表情をしている。それでも来栖を助けたいからこそ、勇気を振り絞って来たんだと思う。


植崎うえさき。アナタよくも私の前に顔を見せられるわね」


「なんのことですか……?」


「アナタのわがままのせいで私が悪者になっちゃったじゃない」


 佐々木紡が手を伸ばして芽依の髪を掴んだ。それを見て私が動こうとしたけど、後ろに居た男に腕を掴まれて身動きが取れなくなった。


「そうだ。アナタ達も来栖と一緒に体を売るといいわ」


「……っ」


 私は少しくらい、佐々木紡の境遇に同情していた。だけど、目の前に居る人間は家族の死を利用して、金儲けをしているだけのクズだ。


 不愉快で気持ちが悪くて、怒りが溢れてくる。


 芽依と来栖が逆らえないのなら。


 私がこの女を殺してやる。


「来栖ちゃん……?」


 でも、私より先に動いたのは。


「来栖。なんのつもり?」


 来栖が佐々木紡の腕を掴んでいた。


「警察、呼んだから」


 よく見れば来栖の手にはケータイが握られていた。その画面には警察に繋がっている表示がされていて、冗談じゃないことはわかった。


 周りにいた男達がザワつき始める。


「で。呼んだからって、どうしたの?」


「紡さ。次、芽依に近づいたらヤバいって忘れてない?」


「……っ、来栖!」


 佐々木紡が来栖に掴みかかった。だけど、男達は焦っているのか、佐々木紡を引き離して、そのまま蜘蛛の子を散らすよう逃げ出していた。


 残されたのは二人分の戸惑いだけ。来栖の行動を理解出来る人間は、この場にはいなかった。


「ほら、行くわよ」


 来栖は私と芽依の腕を掴んで歩き出した。


「来栖ちゃん。あんなことして平気なの?」


「大丈夫よ。前々からアタシに金をたかってきてウザかったし」


 来栖に手を引かれている芽依はずっとうつむいたままだった。芽依にとっても、佐々木紡との再会は予想外だったはずだろうし、なんて声をかければいいかわからない。


「警察の人呼んだんじゃないの?」


「あれなら偽物の画面よ。時間止まってたでしょ」


「そうなんだ」


 適当に話をしても、芽依はダメそうだった。


「心遥」


「どうしたの?」


 道を抜けたところで、来栖が立ち止まった。そのまま私の前まで歩いてくると来栖は腕を大きく動かした。


「……っ」


 私は来栖に顔を殴られた。


 本気で殴られたわけじゃないのに痛い。


「アンタ。なんで自殺しようとしたの?」


「なんでかな……なんでだろうね……」


 来栖と顔を合わせたら怒られることはわかっていた。自殺することの重みを、私が知らないわけないのだから。


「アタシには心遥の考えがわからない」


 私は空を見上げた。


 綺麗な星が夜空に浮かんでいる。


 だけど、これじゃ足りない。


「ねえ。二人とも」


 来栖と芽依が私の顔を見てくる。


「今度さ、星を見に行こうよ」


 私と来栖、芽依。三人で星を見に行きたい。


 今はそんな気分だった。

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