第9話。心遥と花瓶
芽依の兄と会った翌日。
私は学校に行くことにした。
「
教室に入ると、
この前、それなりの失敗をしたと思ったけど。南奈は気にしないようにしているのか。また最初から関係をやり直そうとしているように見えた。
私は南奈を無視して、自分の席に行こうとした。
「え……?」
でも、私の視線に飛び込んできた光景に足を止めてしまった。
「心遥ちゃん、どうしたの?」
机の上に置かれた、花瓶。綺麗な花が顔を見せているけど、その役目は残酷なものだ。だけど、本当の問題は花瓶が置かれている場所だった。
最初、私の席に置かれていると思った。
だけど、その花瓶が置かれていたのは。
「
花瓶の下には落書きもされている。
思わず、目を背けたくなったけど。私の視界を遮ったのは南奈だった。南奈はこの事態に何も感じてないのだろうか。
「南奈さん……あの……」
「あ、やっと。私の顔を見てくれた」
南奈が異常なんだと思った。だけど、周りに目を向けた時、誰もが教室の中で起きている出来事を見て見ぬふりしているようだった。
「あれって、誰がやったの……?」
「さあ。誰だろうね」
もし、あんなことをされる人間がいるとしたら。
みんなのことを馬鹿にした私のはずだった。なのに私の席には何もされていない。南奈の態度を見る限り、席を間違えていることもなさそうだ。
私の考えがまとまらないうちに来栖が教室に入ってきた。来栖は真っ直ぐ席まで歩いて行くと、置かれていた花瓶を動かしていた。
「あの……」
傍を通った来栖に思わず声をかけてしまった。
「声かけないでって言ったわよね」
二人のやり取り。南奈に聞かれなかったとは思うけど。来栖の様子からして、この状況は当然であると告げられている気がした。
わからない。何がどうして、こうなったのか。
南奈に聞けば答えは得られるだろうか。
「南奈さん。ちょっと来て」
私は南奈の腕を掴んで、教室から連れ出した。
少し強引かと思ったけど、南奈は何も言わずについてきてくれた。そのまま、校舎から出ると人通りの少ない渡り廊下まで来た。
「あれって、どういうこと?」
腕を離して、私は南奈と向き合った。
「なんのこと?」
「とぼけないで。
私は南奈に一度花瓶のことを確認をしている。
「うーん。たぶん、ただの悪ふざけだよ」
「南奈さんがやったわけじゃないの……?」
「私は何もしてないよ。きっと、他の誰かが心遥ちゃんの為にやってくれたんだよ」
他の誰か。この前は私に敵意のようなものを向けていたクラスメイトが、今日になって私の為に来栖を害したとでもいうのだろうか。
いや。そもそも、あの日、向けられていた敵意は本当に私に対して向けられていたものだろうか。
「心遥ちゃんは来栖ちゃんの友達だった?」
「友達じゃないけど……」
「なら、どうして心遥ちゃんが気にするの?」
南奈の言う通りだ。私の行動には目的が伴っていない気がした。ただ、感情的に動いて、問題を解消しようとしていた。
「……橘花さん。なにかしたの?」
理由があれば納得出来る気がした。
「昔、クラスメイトをいじめてた」
「……っ」
あっさりと事実が明らかになったというに、さっきよりも私の疑問は深まった。来栖がクラスメイトをいじめていたという話を聞いて、私は色々と考えてしまった。
「たぶん、みんな。来栖ちゃんが転校生ちゃんをいじめようとしたから、怒ったんだと思うよ」
「だからって、あれじゃ……」
来栖がクラスメイトからいじめを受けている。
「因果応報って、やつじゃないの?」
私は、私が居なくなった後の来栖の過去を何も知らない。同情することが出来ないのは、来栖のやったことがどれだけ大きな問題なのか理解出来なかったから。
「なら、どうして。私は何もされてないの?」
あの自己紹介だと、私は敵を作ると思った。
「自己紹介のこと?あんなことで怒る人なんていないよ」
南奈の言葉を聞いて、来栖がやったことがちょっとやそっとじゃ済まされないことだとわかった。
でも、ここで私が来栖を庇ったら、それは来栖の味方をすることになる。そんなの来栖は望んでいないだろうし、それで問題が解決するかもわからない。
「なんだか、おかしいよ……」
こんな状況で来栖と
私のことだけじゃなくて、過去に起きた出来事も今の来栖の立場を作っている。それを正さなければ私の目的は果たされない。
「あのさ、南奈さん」
「どうしたの?」
「その橘花さんにいじめられてたクラスメイトの子って……今はどうなったの?」
原因を取り除けば解決出来る可能性はあった。
「知らない」
「知らない?」
「来栖ちゃんがクラスメイトをいじめてた話っていうのは。噂で聞いた人がほとんどだから。あ、でも。来栖ちゃん本人に確認した子がいて、いじめのことは認めてるよ」
南奈も噂で聞いたのだろうか。来栖本人が認めているなら嘘ということはない。後は噂を広めた人間が知れたら、そこから色々わかりそうだ。
「あ、そろそろ時間だよ?」
予鈴が鳴ったことで、これ以上話は出来ない。
「南奈さんは先に戻って」
「心遥ちゃんは戻らないの?」
「少し、やることがあるから」
私は南奈を残して、歩き出した。
教室には戻らずに私が向かったのは図書室だった。今朝から空いているかは微妙だったけど、それでも確かめることがあった。
「芽依ちゃん」
図書室から出てきた芽依に声をかけた。
本が好きな芽依なら、朝からでも出入りをしていると思った。
「心遥さん。何か用ですか?」
「芽依ちゃんは……来栖ちゃんが今、どんな目に遭ってるか知ってるの?」
もしも、来栖と芽依の寄りを戻せる方法があるとしたら、この現状を変えることだと思った。
「さあ。興味もありません」
芽依が図書室の鍵を閉めて、立ち去ろうとする。
「来栖ちゃん。いじめられてるんだよ」
私の言葉で芽依は動きを止めた。
「芽依ちゃんは何とも思わないの?」
「私には関係ありません」
芽依と来栖が喧嘩した理由は知らない。それでも芽依が来栖のことを何も考えないなんて、ありえない。
「来栖ちゃんがクラスメイトをいじめてたって話も聞いた。でも、だからって、来栖ちゃんがいじめを受けていい理由なんてないと思う」
私は想いを芽依に伝えた。
すると、芽依が私の傍に近づいてきた。
「本当に心遥さんは何も知らないんですね」
「芽依ちゃんは……そのクラスメイトって、誰のことかわかる?」
「ええ。よく知ってますよ」
芽依が私の瞳を覗き込むように見つめてくる。
「いじめていたクラスメイトの名前は
聞き覚えのない名前だった。ここが本当に田舎なら近所に住んでいる人の名前も覚えてられるかもしれないけど、私が小さい頃でもそれなりに大きな町だった。
「なら、いじめの原因は?」
芽依の手が私の胸に触れてきた。
「彼女の家族が人を殺したんですよ」
「人殺し……」
誰か人が亡くなっている。もし、それが来栖にとって親しい人なら、家族であるその生徒を恨むようなこともあったのかもしれない。
「心遥さんは、来栖さんのやったことが正しいと思いますか?」
「間違ってるよ。だって、本人には関係ないじゃんか」
芽依は私から離れた。
「私も。そう思います」
もう少しだけ芽依と話したかった。
だけど、廊下を歩いていた先生に見つかって、教室に行くことになった。
私の知らない過去が、まだ存在している。
その事実を知って、私は悔しいと感じていた。
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