第8話。心遥と植崎
同じ毎日が繰り返されるとは限らない。
それが私にとっては今日という日で。
それに
「冷蔵庫の中は……って、勝手に使ったら小鞠が困るかな……」
私は夕飯を食べる為に外に出ることにした。
コンビニに行ったら、
まだ日が暮れていないから、懐中電灯を使わなくても問題ない。家からしばらく歩いて、目的のお店に足を運んだ。
お店の中に入ると、すぐに目に入った人物がいた。奥の席に座っていても、かなり目立つ。
似合わないヒゲのはえた若い男性。酒を飲んでいて、気力のようなものを感じられない。次第に頭の中で悪口しか思いつかなくなったところで女性が現れた。
「お好きな席にどうぞ」
「あ、はい……」
よく見れば、私と同じ歳くらいの女の子。同じクラスには居なかったと思うけど、高校生くらいには見えた。
私は近くの席に座って、メニューを確かめることにした。ご飯のお金は純蓮から貰っているし、変にお金を余らせても純蓮に何か言われそうだった。
「決まった?」
そんなに悩んでいたわけじゃないけど、女の子から声をかけられた。
「おすすめって、ありますか?」
「これ」
女の子が指さしたのは一番高いメニューだった。
「なら、これで」
「本気?」
「それなりに」
注文を受けた女の子が離れて行った。高いと言っても、払えない金額じゃない。私は注文が届くまでケータイの操作をして、待つことにした。
「お待たせしました」
しばらくして、料理が運ばれてきた。だけど、それはメニューの名前とは明らかに違うものだった。
「これが一番安くて一番美味しいおすすめ」
最初は嫌な人かと思ったけど、私の意図を汲み取った上で対応をしてくれた。働いている人の余裕なのか、私は少しだけ自分が惨めに思えてしまった。
女の子が離れたところで、私は静かに食べることにした。店の中にはテレビもあるみたいだけど、酒を飲んでいるあの人は見る気はなさそうだ。
久しぶりに一人での食事。もう慣れてしまったと思ったけど、最近は純蓮やレンと一緒に食事をしたせいか一人で食事をする寂しさを思い出してしまった。
そんな寂しさを押し込むように、ご飯を口の中に詰め込んだ。むせてしまいそうになりながら、私のささやかな憧れだった外での食事は何事も無く終わった。
「ごちそうさま」
私はレジでお金を払って、帰ることにした。さっと同じように女の子が私の対応をしてくれる。
「どうだった?」
味の感想を聞かれているんだと思った。不味くても不味いとは言えないと思うけど、私の感想は決まっていた。
「美味しかったよ」
「なら、よかった」
お店を出て行こうと、出入口の扉に手を伸ばした瞬間。私が触れるよりも先に扉が開いた。向こうには男の人がいて、先頭にいた人が私の顔を見ていた。
「
この展開を予想してなかったわけじゃない。
私のことを知っている人と偶然にも鉢合わせてしまう可能性。それが来栖や
「すみません。急いでいるので」
男の横を通り抜けようとしたら、腕を掴まれてしまった。
「ちょっとくらい時間あるだろ。もうすぐ他の奴らも来るから、待っててくれよ」
「離してください……」
「みんな、心遥ちゃんに会いたがってたぞ」
やっぱり、大人なんて嫌いだ。
いつも子供の声は大人には届かない。
「……っ」
次の瞬間、掴まれていた腕が自由になった。
何が起きたのか、すぐには理解出来なかったけど。男の腕を掴んでいる人物の姿を見て、少しだけ状況が理解出来た。
「嫌がってるのがわからないか?」
奥の席で酒を飲んでいた男が私を助けてくれたようだった。先程までの気力のない姿とは違っていて、明らかに攻撃の意志を感じられた。
「お前には関係ないだろ。飲んだくれ」
また私の腕を掴まれそうになった。それを寸前で避ければ、私は酒の男に近づき。その背中に隠れることにした。
「心遥ちゃん、どうして……」
「おじさん、怖いです」
「……っ!そいつは人──」
私達の間に割り込んできた人物。それは店員の女の子だった。
「あのさ。騒がしい」
「ナナちゃん、俺はただ……」
「これ以上騒ぐなら出禁にする」
随分と若い人に見えたのに大人に対しても一歩も引かない様子だった。だけど、お互いに引くつもりはないのか、沈黙が長引いてしまう。
「ナナ。俺は帰る」
「なんで?」
「いちいち聞くなよ」
酒の男が出て行くところを、私も後を追って外に出ることにした。
外に出れば、これ以上男の人を頼る必要もなくなるけど。お店から少し離れたところで、酒の男が立ち止まった。
「もういいだろ」
私に話があるのかと思ったら、そんなことはないようだ。私とは顔を合わせようともしなかった。
「どうして、助けてくれたんですか?」
酒の男が胸元のポケットからタバコを取り出していた。
「ただの嫌がらせだ」
タバコにライターで火をつけようとしているけど、中々つきそうにない。そのうち火をつけることを諦めていた。
「あの連中に絡まれたくないのなら、飯屋に来ないほうがいい」
「今日はたまたまです」
「そうか。だったら、次は気をつけろ」
酒の男が私の前から立ち去ろうとする。
「あの……」
「なんだ?」
「私達、どこかで会ったことがありますか?」
酒の男は私の顔を覗き込む。
「その顔。見覚えがあるな」
私も、この人の顔には見覚えがあった。
「お前……もしかして、苗字は
「そうですよ」
彼は顔に手を当て考えるような素振りをする。
「俺の名前は
「……っ」
その苗字を聞いて、よくやく思い出した。
「芽依ちゃんの……お兄さん?」
植崎 芽依。同じ苗字だから、間違いはない。
「そうか。やっぱり、心遥だったか」
芽依の兄とは昔に顔を合わせたことがあった。あまり話したことはなかっと思うけど、お互いに忘れていたようだ。
「私のこと忘れてたんですね」
「当たり前だ。何年前のことだと……」
植崎は私の顔を見つめてくる。
「お前、芽依と話をしたか?」
「すっかり嫌われてましたよ」
「違う。その話じゃない」
私が芽依から聞いたのは来栖と友達じゃなくなったという話だけ。だけど、その話とも違うような気がした。
「私と芽依ちゃんはもう友達じゃないですから。何も聞いてませんよ」
「そうか……」
植崎が周りを見る。
「心遥。今日、俺と話したことは忘れろ」
「どうしてですか?」
「さっき、店に来たヤツらが騒いでただろ。俺は少し前に問題を起こしてから、周りからあまりよく思われていない」
そんなやんちゃをするような人には見えないけど。
「なら、どうして。私のことを庇ったんですか?」
「……言っただろ。普段、俺のことを見下しているヤツらに対して、心遥を使って嫌がらせしただけだ」
植崎は私の前から立ち去ろうとする。
「最後に一つだけ教えてください」
私の言葉で植崎が立ち止まった。
「芽依ちゃんは……今、幸せだと思いますか?」
それは兄である彼に質問をしている。
昔、彼と芽依は仲のいい兄妹だった。喧嘩をするようなところを一度も見たことがなく、それは今でも変わらないと思っていた。
「不幸かどうかは俺にはわからない」
植崎が私に顔を向けた。
「ただ、芽依は……俺のことを恨んでいるはずだ」
深い悲しみを感じるような彼の表情。吐き出された言葉は彼が抱えている後悔にも似た苦悩が伝わってくるようだった。
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